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51 元悪役令嬢のパーフェクト淑女レッスン

 ――マクスウェル公爵邸の一角にて


「さぁ、それじゃあレッスンを始めるわよ」


 メリアローズがそう告げると、緊張したような面持ちでソファに腰かけていたリネットとジュリアがごくりと唾をのみ込んだ。


 ユリシーズ王子に見初められ、リネットは王子の婚約者となった。ゆくゆくはこの国の王妃となるのである。

 だが、リネットはどうにもそのことに不安を抱いているようなのだ。

 メリアローズにもその気持ちはわからなくもない。

 リネットも伯爵家の令嬢であり、それなりに淑女としての教育は受けているであろうが、王妃となればそれに加えて桁違いの能力が要求されることは間違いない。


「メリアローズ様のような完璧な淑女になるにはどうすればいいんでしょう ! 」

 と涙ながらに訴えられてしまっては、メリアローズも一肌脱がざるを得なかったのである。

 メリアローズ自身は幼いころから公爵令嬢として厳しい教育を受けており、それなりの作法や知識は身に着けていると自負している。

 いつもメリアローズを支えてくれているリネットのために、協力は惜しみたくない


 というわけで、とりあえず当面の目標ができたことで、メリアローズの心は燃え上がった。

 ここ最近、ジェイルや他の者の求婚騒動に振り回されていたこともあって、何か一心に打ち込めるものが欲しかったのだ。

 かくして、メリアローズによるリネットのための「淑女育成計画」が始動したのである。

 ちょうどリネットと二人でそのことを話していた時に、通りがかったジュリアが自分も参加したいと言い出したので、今日はメリアローズ、リネット、ジュリアの三人でレッスンの開始と相成ったのであった。


「これで私もメリアローズ様のような立派なレディに……!」

「わぁ~、このケーキおいしいですね!!」


 静かに決意の炎を燃やすリネットと、のんきにケーキを頬張るジュリアを見て、メリアローズはくすりと笑みをこぼす。

 完璧な淑女、立派なレディ、などと言われるのは恥ずかしいが、自分がそう思われているというのは、どこか誇らしいのも確かだったのだ。


「よし、ケーキを食べたら始めるわよ!」

「「はい、メリアローズ様!!」」


 昼下がりの屋敷にはつらつとした少女たちの声が響き、通りがかった使用人はその微笑ましい空気に心を和ませたのだった。



 ◇◇◇



「それでは、まずは基本から」


 ぱちん、と扇子を閉じてそう告げると、緊張した様子で立っていたリネットとジュリアはしゃきっと佇まいを直した。


「やっぱり、何といっても第一印象が大事よ。そして、たいていの人はまず中身よりもまず外見に目が行くの」


 何といっても視覚からの情報は絶大だ。

 メリアローズもそのことを念頭に置いて、悪役令嬢時代はしっかりと外見から悪役令嬢になりきっていたものである。


「外見って言うと……ドレスやお化粧ですか?」


 そう言ったジュリアににっこりと笑いかけ、メリアローズはたん、と一歩足を踏み出した。


「そうね。それも大事よ。でも……そんなものはいつでも取り繕えるわ」


 ドレスや化粧、装飾品など……淑女を飾り立てるもの。

 それらの場に合った選び方や着こなし方は、もちろん大事だ。

 だが、そんなものは土壇場でも何とかなるものである。


「ダンスパーティーの日にあなたもドレスアップしたでしょう」

「はい、夢みたいでした……!」

「ドレスや装飾品は用意すればそれでいいのだし、化粧だって得意な人に任せるのが一番よ。それ以上に大事なのが……立ち居振る舞いよ」


 静かにそう告げると、リネットとジュリアが緊張したように息をのんだのがわかった。


「どれだけ綺麗に外見を飾り立てたって、下品な振る舞いをしていれば興覚め、それで終わりよ。真の淑女は、立ち居振る舞いにこそ気を配るべきだと私は思うわ」


 仕草、表情、立ち方、歩き方、その他もろもろ……これらはドレスや宝石と違い、その場で簡単に身に着けることはできない。

 自身の内側から醸し出されるものであるのだ。


「だから、私のレッスンではここに重きを置こうと思っているの。どうかしら?」

「素晴らしいです、メリアローズ様!」

「すっごぉい……。なんかもう自分が淑女になったような気がしてきました……!」


 反応は上々。

 メリアローズは手ごたえを感じ口角を上げた。


「それでは、まずは立ち方から始めましょうか。シンシア!」

「はい、メリアローズ様!」


 控えていた侍女のシンシアに呼びかけると、彼女はぱちん、と音を立てて指を鳴らす。

 その途端、部屋の外に待機していたメイドが、何冊もの本を手にして現れたのである。


「まずは、その本を頭に乗せ、優雅な立ち方を意識しなさい」


 言われたとおりに、リネットもジュリアも本を頭に乗せぴしっと立ってみせている。

 だが、一冊、また一冊と本を増やしていくと、だんだんとその余裕が崩れ始めていくではないか。


「わ、わわっ……ひゃあ!」


 三冊の本を乗せたところで、おっかなびっくり立っていたジュリアはバランスを崩し本を床に落としてしまった。

 その本を拾うのを手伝ってやりながら、メリアローズはくすりと笑う。


「最初はみんなそんなものよ。気を落とさないで」

「はいっ! 頑張ります!!」


 リネットはさすが伯爵家の娘というだけあって、優雅な立ち方はメリアローズも感嘆するほどだった。

 ジュリアの方は危なっかしかったが、持ち前の運動神経の良さで少し練習すれば、中々さまになっているようである。


「よし、では次の段階に進むわよ」

「はいっ!」

「……その本を落とさないように、優雅に歩いて見せなさい」


 その場に立っているだけならまだしも、本を頭に乗せたまま歩くとなるとバランスを取るのが難しいものである。

 これにはジュリアも、リネットも苦戦しているようだった。

 ここはお手本を見せるべきね、とメリアローズは控えていたシンシアを呼び寄せる。


「私がやってみせるわ。積んで頂戴」

「何冊にいたしましょうか?」

「4冊……いいえ、5冊よ」

「「5冊!?」」


 リネットとジュリアが驚嘆の声を上げるのを、メリアローズはすがすがしい気分で聞いていた。

 今こそ、長年の修行の成果を見せるべき時なのだ……!


 メリアローズが5冊の本を頭に乗せたまま、優雅なウォーキングを披露すると、リネットとジュリアはわっと色めき立った。


「す、すごい! あんなに積まれた本が微動だにもしていないっ……!」

「5冊もの本を頭に乗せてあんなに優雅に歩けるなんて……さすがはメリアローズ様ですわ!!」


 大興奮するリネットとジュリアの称賛を一心に受けながら、「私もまだまだ捨てたものじゃないわね」と、メリアローズは悦に入ったのだった。


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