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50 元悪役令嬢、当て馬に愚痴をこぼす

 今すぐには返事を求めない、といった通り、ジェイルはメリアローズが困るほど付きまとってくるようなことはなかった。

 だが、彼は機会があるたびにメリアローズに声をかけ、公爵邸には日々メリアローズへの想いを連ねた手紙や花束が届くなど、細やかなアピールを欠かさないのだ。

 ジェイル自身は伯爵家の跡取りであり、今やまばゆく成長した好青年だ。

 ほかにいくらでも相手はいるだろうに、何故私に……とメリアローズは少し困惑してしまうのだった。


「なるほど、お前も隅に置けないねぇ」

「まったく、疲れるわ……。いっそまた悪役令嬢になろうかしら」

「ほぉ、今度は誰をいびるんだ?」

「そうね……あなたなんてどうかしら」


 やけになってそう言うと、目の前でメリアローズの愚痴を聞いていた青年――バートラムがおかしそうに笑う。

 その明らかに他人事な態度に、メリアローズは悔しくなって頬を膨らませた。

 王子やリネットの目をかいくぐった求婚攻撃に疲れたメリアローズが例の作戦会議室に逃げ込むと、何故かバートラムもこんなところでくつろいでいたのだ。

 メリアローズが仕舞いこんでいた菓子を勝手に開けているところが気になったが、愚痴につき合わせる代わりに許すことにしたのである。


「ところであなた、ジュリアを放っておいていいの? うかうかしてると横からジュリアを掻っ攫われるのではないかしら」

「メリアローズ、時間が解決してくれることもあるんだよ」


 そう言って、バートラムはさりげなく視線を逸らした。


「……あなた、もしかして本命にはうまくアタックできないタイプなのかしら」

「うるせぇ、ほっとけ」

「あらぁ」


 これは格好の遊び道具を見つけたと、メリアローズは口角を上げる。

 学園一のプレイボーイと名高いバートラムも、どうやら本気で好きになった相手には慎重になりすぎるあまり、うまくぶつかっていけないタイプのようだ。

 メリアローズの見立てでは、ジュリアも素直になれないだけでバートラムを慕っているようだが、この二人もなかなか遠回りをしているようだ。

 どうにかうまく引き合わせる方法はない物か……と考え、それより今は自分のことだとメリアローズは嘆息する。


「あのジェイルって新入生、お前にべた惚れみたいだな。この前公衆の面前で告白されて、お前が好きだからって断ってたぜ」

「えっ!?」


 バートラムがニヤニヤしながら告げた言葉に、まさかそんな出来事があったとは露知らず、メリアローズは絶句した。

 あのおどおどしていたジェイルがそんな大胆な行動を取るとは……メリアローズの知らない数年の間に彼には随分な変化があったようである。


「お前も罪作りだよなぁ。まぁそのおかげでジュリアに寄ってくる奴も少なくなって安心なんだが」

「まったく、私はまだまだジュリアの盾ってわけね」


 悪役令嬢として秘かにジュリアを守り、悪役令嬢が終わってもジュリアに寄ってくる虫を引き付ける役割を負わされるとは。

 ため息をつくメリアローズを見て、バートラムはふと真面目な顔をした。


「……メリアローズ」

「何よ」

「今の状況から解放される方法、教えてやろうか」


 そんな方法があるのか、とメリアローズが驚いて目を見開くと、バートラムは意味深に笑う。



「手っ取り早く、相手を選ぶことだな」

「…………それができたら苦労しないわ!」



 劇的な解決法があるのかと思いきや、バートラムが告げたのは当たり前のことだったのでメリアローズは脱力した。

 確かに決まった相手ができれば、よほどの命知らずでもない限りはメリアローズを諦めるだろう。

 だが、一番の難題はその相手選びだというのに。


「なんでだよ。お前だったら選びたい放題だし、家柄でも顔でも一番好条件を選べばいいだけだろ」


 確かに、バートラムの言うことも一理ある。

 メリアローズもこれが傍観者の立場だったら、同じようなアドバイスをしていただろう。

 だが、実際に自分が当事者になってみると……


「でも、そういうのって――――が、ないじゃない」

「何がないって?」

「その、だから……恋のときめき、とかがないって言ってるのよ!!」


 口に出した途端に恥ずかしくなり、メリアローズはやけになってそう叫んだ。

 バートラムは驚いたように目を丸くした後……大声で笑ったのだ。


「何よ! あなたが言ったんじゃない! 恋をしなきゃわからないことがあるって!!」


 ジュリアに本気になってしまったバートラムを咎めた時に、彼はメリアローズにそう言った。

 その言葉は、今もメリアローズの心の奥底に染みついており、このままではいけないと囁きかけているのだ。

 それなのに……真剣な悩みを笑われるとは!

 メリアローズは憤慨した。


「あはは! お前は可愛いな!!」

「な、なによっ! そうやって誤魔化そうとして――」

「いやいや、あいつがほっとけないのもわかるわ」


 一体何の話を、と口を開きかけた時、対面に座っていたバートラムが立ち上がった。

 そのまま彼は、メリアローズのすぐ隣に腰を下ろし、馴れ馴れしく肩を抱いてきたのだ。


「ちょっと――」

「……メリアローズ」


 耳元で囁かれて、つい反射的に肩が跳ねてしまう。



「教えてやろうか、恋愛のあれこれを。……手取り足取り、な」



 肩を抱いていたのとは別の手が、つぅっとメリアローズの手の甲をなぞる。

 その柔らかな刺激に、ぞくりと背筋が震え……メリアローズは不埒なバートラムの手をつねりあげた。


「いてててて!」

「まったく……私をからかう暇があるなら、少しでもジュリアに弁解したらどうなの!?」


 本命以外にこんなことをしているから、ジュリアもバートラムに対して素直になれないのだろう。

 本当に、器用なのか不器用なのかわからないものだ。このバートラムという青年は。


「いや……当て馬になりきってた時は自然にできたんだが、今はなんか、こう……」

「学園一の色男も形無しね! その内本当にジュリアを誰かに持っていかれるのではなくって?」


 くすくす笑うと、バートラムはあからさまに不貞腐れてしまった。

 ジュリアがバートラムに関することでだけ態度を硬化させるように、彼もジュリアに関してだけは、ポーカーフェイスを繕えないのだろう。


 ――……本当に、「恋」ってものは厄介ね。


 何故か愉快な気分になって、メリアローズは二人の未来を想ってくすりと笑った。

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