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48 元悪役令嬢、いきなりプロポーズされる

 今日も無事に(?)放課後を迎えることができた。

 なんだかんだで両手いっぱいに受け取ってしまった花束をウィレムに持たせながら、メリアローズはできるだけ他の生徒たちが少ないルートを通って帰路に着こうとしていた。


「王子の牽制があっても……やるやつはやりますね」

「ほんとに嫌になるわ……」


 王子とリネットがメリアローズに群がる生徒たちを牽制してくれたおかげで、今日は多少は穏やかに学園生活を送ることができた。

 だが、それでも負けじとメリアローズに猛アタックを仕掛ける者は存在するのである。

 まったく、貴族の癖に王子の意に添わぬ行動を取るとは、とんだ命知らずね……とメリアローズは呆れてしまうほどだ。


「そんなに、マクスウェル家の名前って魅力的かしら」

「……それだけじゃないと思いますけど」

「えっ?」

「いえ、まぁ国一番の貴族ですからね」


 やっぱりそうよね、とメリアローズは嘆息する。

 迷惑なほどに群がってくる求婚者。だが彼らは別にメリアローズに恋をしているわけではなく、ただメリアローズの背後にあるマクスウェル家に取り入ることが目的なのだ。

 その事実が、ますますメリアローズの心を重くしていたのだ。


「……結局私って、公爵家に生まれたってことだけが取り柄なのよね」


 以前、隣国に追いやられたルシンダに言われた言葉が蘇る。


 ――所詮、公爵家に生まれただけの女


 結局のところ、彼女の言う通りなのかもしれない。


「……メリアローズさん」


 だが、思考がずぶずぶと沈み始めた頃、静かにウィレムに呼びかけられメリアローズははっと足を止めた。

 見上げれば、真剣な顔でこちらを見ているウィレムと目が合い、メリアローズは思わずどきりとしてしまう。


 別に頼んだわけではないのだが、ウィレムは護衛と称して可能な限り、こうして学園内でメリアローズに付き添ってくれている。

 バートラムに「荷物係」と揶揄されても、いくら他の女生徒に誘いを掛けられても、彼はこうしてメリアローズの傍にいてくれる。


 今更ながら、メリアローズはそれが彼の負担になっているのでは、と気づいてしまった。


 ウィレムは「王子の取り巻き役」という役目から解き放たれ、自由になったのだ。

 いつまでも悪役令嬢役をやっていた時の名残で、メリアローズがこき使ってはいけないだろう。


「……あなたも、無理に私に気を使わなくていいのよ。別に、マクスウェル家の力を使って圧力をかけるような真似はしないから」


 悪役令嬢メリアローズは、どうやらそのような悪事を働く人間だと思われていた。

 まさかとは思うが、ウィレムも心の底ではそう思っているのでは……と、メリアローズは心配になってしまう。

 なんとなくウィレムの顔が見られずに俯いていると、はぁ、とため息をつく音が聞こえメリアローズは思わず身を固くした。


「……まだそんなこと言ってるんですか」


 どこか呆れたような、冷たい声色に体がこわばってしまう。

 だが、次の瞬間くすりと笑われて、メリアローズは思わず顔を上げる。

 すると、優しい瞳でこちらを見ているウィレムと目が合い、メリアローズは自身の頬に熱が集まるのを感じた。


「確かに、悪役令嬢メリアローズはただ公爵家に生まれただけの、高慢で嫌な奴だったのかもしれません。でも――」


 ウィレムはそこで一度言葉を区切ると、優しくメリアローズの肩に触れる。


「でも……本当のあなたは違う」


 そのまま、肩に流れた髪をさらりと指で梳かれ、メリアローズは思わずびくりと反応してしまった。

 ウィレムから目が離せない。

 思わず一歩足を引こうとしたが、背後は壁だった。

 いつの間にか、廊下の壁とウィレムの間に、閉じ込められたような形になっていたのだ。


「本当のあなたは、誰よりも努力家で、お人好しで、高潔で……」

「ゃ、やめなさい……」


 自分でもはっきりと自覚できるほどに、顔が熱い。

 これは、こんな恥ずかしげもなく褒められているからか、それとも……そう言ってくれる相手が、彼だからだろうか。

 今までどんな美辞麗句を並べて口説かれても、笑って聞き流すことができていたのに。

 それなのに……今は彼の言葉が耳から入り、そのまま心に染みわたり体を熱くしていくような気すらした。


 思わずぎゅっと目を閉じてうつむくと、そっと頬に触れられてメリアローズの鼓動が大きく跳ねた。


「それに……誰よりも綺麗だ」

「ななな、なに言ってるのよあなた!!」

「見た目だけじゃなくて、その心も」


 ウィレムの綺麗な翡翠色の瞳が、はっきりとメリアローズを射抜いている。

 段々と彼の顔が近づいてきて、その瞳に映る自身の姿がはっきりしていくのを、メリアローズは息が止まりそうになりながら見つめることしかできない。


「……メリアローズさん、俺は」


 近い近い近い――!!

 と叫ぶこともできなかった。


 もう、すぐ。

 鼻先が触れ合いそうな距離に、互いの吐息を感じるほどに。

 すぐそこに、彼がいるのだ。


 そして、ウィレムが次の言葉を口にしようとした瞬間――



「メリアローズ様!!」



 廊下の向こうから響いてきた声に、ウィレムは慌てたようにメリアローズから身を引いた。


 ――今のは、何だったの……?


 まだドキドキと高鳴る鼓動を感じながら、メリアローズは慌てて声を掛けられた方へと振り向いた。

 そこには、真新しい制服に身を包んだ男子生徒が息を切らして立っていたのだ。

 メリアローズはその青年に見覚えがあった。


「あなた……リード伯爵家のジェイル?」


 リード伯爵家は昔からマクスウェル家と親しくしている家で、遠い親戚でもある。メリアローズはそこの跡取り息子であるジェイルとも何度か顔を合わせたことがあったのだ。

 一歳年下の少年であるジェイルは、幼い頃からメリアローズのことを「メリア姉様」と呼び慕ってくれた。

 弟や妹という存在に憧れていたメリアローズは、よくジェイルを可愛がったものである。

 ここ数年は会っていなかったが、思わぬ再会にメリアローズは顔をほころばせた。


「えぇ、お久しぶりです、メリア姉様」

「あなたもこの学園に入学したのね!」

「はい、やっとメリア姉様に追いつくことができました」


 昔はメリアローズの後ろに隠れておどおどしていたジェイルだったが、今の彼は身長も伸び、堂々たる姿を披露していた。

 メリアローズは、幼い頃から知る少年の目覚ましい成長に目を細める。


 ジェイルはそんなメリアローズの元に歩み寄ると、いきなり強くその手を取り、握り締めたのだ。


「ジェイル!?」

「おいっ!」


 驚くメリアローズや、その隣で慌てるウィレムのことなど気にせず、ジェイルはどこか熱っぽい瞳でメリアローズを見つめている。

 昔はメリアローズより小さかった少年も、今やメリアローズを見下ろすほどの背丈の美青年に成長していた。

 その変化に、メリアローズは思わずどきりとしてしまう。


「ずっと、お会いしたかった……メリア姉様」

「そ、それはよかったわね……」

「こうしてあなたに追いつくことができたら、お伝えしたかったんです」


 戸惑うメリアローズの眼前で、ジェイルは嬉しそうに口を開いた。



「ずっと、お慕いしてました……メリア姉様、僕と結婚してください!!」



 結婚。

 結婚……?

 結婚………!!!!?!?!?



「え、ええぇぇぇ!!?」

「はあぁぁぁぁぁぁ!!!!??」


 放課後の校舎にメリアローズとウィレムの素っ頓狂な叫び声がこだまし、残っていた生徒たちは一様に「またか」と肩をすくめたのだった。

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