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47 元悪役令嬢、爽やかではない朝に苦労する

「メリアローズ様、おはようございます!」

「今日も麗しい……」

「是非この薔薇の花束を受け取ってください。もっとも、貴女の美しさには敵うはずもありませんが……」

「ここで一曲!『メリアローズ、マイ、スゥイート……』」


 また始まった……と爽やかな朝の空気とは対照的に、メリアローズの気分は落ち込んだ。

 ここは学園の正門。そう、まだ正門をくぐったばかりなのである。

 それなのに、メリアローズを待ち構えていたかのように……いや、実際に待ち構えていたのだろう。

 四方八方から声を掛けられ、メリアローズは人目もはばからずため息をついてしまった。


 悪役令嬢だった頃は遠巻きにされていたメリアローズだが、それが演技だとばれてからはこの状態なのである。

 是非ともメリアローズのハートを打ち落とさんとする男子生徒に、少しでもメリアローズの恩恵にあやかろうとする女子生徒。

 大貴族の娘であり、王子と王太子妃(予定)の信厚いメリアローズは、今や葱を背負った鴨のような状態なのだ。

 まったく、貴族というのはわかりやすく権力に弱い生き物である。

 メリアローズはそう実感せずにはいられなかった。


「ごめんなさい、通して頂戴」

「おい、メリアローズ様が困っているだろう。早く離れろ」

「お前が離れろよ!!」


 まるでハチの巣を突っついたかのような騒ぎである。

 全方位から迫りくる生徒たちをなんとかかき分けようとメリアローズは奮闘したが、あまりうまくはいかなかった。


 ――まずい、このままでは授業に遅刻してしまうわ。これではジュリアを笑えないじゃない……!


 ……と、メリアローズが内心で焦ったその瞬間――



「あら、いったい何の騒ぎでしょう」

「リネット、今日は祭りか何かでもあったのかな?」



 突然聞こえてきた涼やかな声に、メリアローズに群がっていた生徒たちがぴたりと静止する。

 その中心にいたメリアローズは……やっと助けが来たか、と小さく息を吐いたのである。


 メリアローズに群がる群衆の後方に、まるで図ったかのようなタイミングで……

 この国の誇る輝かしい王子と、まるでシンデレラのように彼に見いだされた令嬢――ユリシーズとリネットが、颯爽と現れたのだ。


「……御機嫌よう、ユリシーズ様、リネット」

「メリアローズ様! あぁ、おいたわしい……!」


 脱力しながら声を掛けると、リネットが悲痛な声を上げて駆け寄ってきた。

 その途端、まるで偉大なる聖人が海を割ったかのように人垣がぱっと割れた。

 暑苦しさから解放され、メリアローズは駆け寄ってきたリネットに寄りかかりながら、やっと爽やかな空気を吸うことができたのである。


「なるほど、皆メリアローズの元に集まっていたわけか。とんだ人気者だね、君は」

「だってメリアローズ様ですもの! ですが……この状況はいただけませんわね」

「それはその通りだリネット。こんなに人が集まっては、うっかり事故が起きかねないからね」


 わざと周囲に聞こえるようにそう会話する王子とリネットを見て、メリアローズは嘆息した。

 まったく、悪役令嬢計画は終わったというのに、またこんな芝居じみた場面を見せられるとは。

 いつになったら私の周りは静かになるのかしら……と、メリアローズは苦笑したものである。


「毎日毎日こんなことが繰り返されたら危ないな……君、そう思わないかい?」

「はっ、はい!」


 突如王子にそう話しかけられて、メリアローズに花束を渡そうとしていた男子生徒が素っ頓狂な声を上げた。


 いつもと変わらない、それでいてどこか威圧を感じる王子のロイヤルスマイルに、周囲の空気が一気に緊張する……!


「メリアローズ様に近づきたいお気持ちはわかりますわ。ですが……こんな風にされてはきっとメリアローズ様もお困りでしょう」

「そうだね。ここは学園で、あまり皆の行動を制限するようなことはしたくないが……あまりにも目に余るなら、対処を考えるべきかもしれないな」


 ちらりと周囲を見渡しながら、リネットと王子がそう告げる。

 その途端、周囲の生徒たちは一斉にごくりと唾をのんだ。


 王子とリネットはこの状況を快く思ってはいない。

 あまり度を過ぎてメリアローズに纏わりつくようなことをすれば、未来の王&王妃の機嫌を損ねてしまうだろう。

 学生とはいえど貴族の端くれである生徒たちにとって、それだけは何よりも避けたいはずだ。


「そ……その通りです、王子、リネット様!」

「ほらあなたたち、もう授業が始まるわ! さっさと解散しなさい!!」


 察しの良い生徒は、既に情勢を的確に読んでいたようだ。

 先ほどまで自分もメリアローズに絡んでいたことは棚に上げ、手のひらを返すように生徒たちを諫める側に回る者も出始めている。

 ここで「自分は王子のお考えをわかっています」という態度を見せておいて、心証をよくしようとする戦法なのだろう。


「まったく、よくやるわ……」


 その光景を見て、メリアローズは苦笑した。

 何はともあれ、これで多少は牽制になるといいのだが。

 ……と小さく息を吐いた瞬間――


「っ……!」


 急に背後からそっと腕を引かれ、メリアローズは思わず小さく声をあげそうになってしまった。

 だが、次に聞こえてきた声にほっと力を抜く。


「大丈夫ですか、メリアローズさん?」


 それは、メリアローズもよく知る王子の取り巻きの青年の声だったのだ。

 振り返ると、心配そうな色を湛えた翡翠色の瞳と視線がかち合い、メリアローズは彼を安心させるように微笑んで見せた。


「えぇ、大丈夫よ、ウィレム」


 本当は朝からどっと疲れていたのだが、彼の姿を見ると元気が出てきた気がする。

 何故かしら……と、メリアローズは少しだけ不思議に思ったが、すぐに思考を切り替える。

 今は、なんとかこの状況からの脱出が最優先だ。


「王子とリネットが引き付けてくれてるうちに行きましょう」

「えぇ、そうした方がよさそうね」


 集まっていた生徒たちは、今や戦々恐々と王子とリネットの一挙一動を見守っている状態だ。

 おそらく逃げ出すには今がチャンスなのだろう。

 リネットがちらりとこちらを振り返り、小さく頷いた。

 まったく、王子の婚約者となってもフォローの女神はさすがである。


 メリアローズとウィレムは、高らかに生徒たちに呼びかける王子の声を聴きながら、こそこそと校舎の入り口に向かって足を進めた。


「まったく、疲れるわ……」

「お疲れ様です。今日の王子とリネットの牽制で、多少はマシになるといいんですけど……」

「そう願いたいものね」


 そんな他愛ない会話を交わしながら、二人並んで校舎へと足を進める。

 すると何故だか、いつの間にか……沈んでいたメリアローズの気分は上を向いていたのであった。


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