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46 元実働部隊、苦労をねぎらう

 ウィレムはふぅ、と息を吐くと、空いていた席に腰を下ろした。

 どうやら随分急いできたようで、几帳面な彼にしては髪や服に乱れが見られた。

 もっとも、注意してみなければ気づかないほどの違いだが。


「遅かったじゃないの。何かあったの?」


 何気なくそう問いかけると、ウィレムはメリアローズに向かって小さく首を振ってみせる。


「……そうですね、少し、トラブルが」

「トラブル?」

「いや、たいしたことじゃないんです」


 ウィレムは何てことなさそうにそう答える。

 トラブルという言葉が引っ掛からないでもなかったが、メリアローズはそれ以上追及するのはやめておいた。

 ……おそらくは、女生徒たちに囲まれてその対処に手間取ったとかそんなところだろう。

 その光景を想像し、メリアローズはカップで口元を隠して小さくため息をついたのだった。


「まぁまぁ難しいことは置いといて、さっさと始めようぜ!」


 バートラムにそう急かされ、メリアローズとウィレムは苦笑した。

 まぁ、彼の言うことにも一理ある。

 今日みたいな日は、難しいことは忘れるべきだろう。


「皆様、準備はよろしいですか?」


 未来の王太子妃は相変わらず給仕に余念がないようだ。

 気がつけば、メリアローズの目の前にシャンパンの注がれたグラスが用意されていたのだから。


「えぇ、大丈夫よ、ありがとう」


 しっかりとグラスを持ち、メリアローズは前を向いた。

 残りの三人も、既に準備はできているようだ。



「それでは……無事に生き残って進級できた幸運に……乾杯!」



 グラスが重なる小気味よい音が響き、メリアローズは心からの笑みを浮かべた。



 ◇◇◇



「でも一時はどうなることかと思ったよなぁ」

「私、実は万が一の時の国外脱出の可能性についてずっと考えてたんです」

「あ、それ俺もだ」


 和気あいあいと談笑に興じる面々を眺めて、メリアローズは気持ちよくシャンパンを煽った。

 今日は、メリアローズ達――元「王子の恋を応援したい隊」の任務達成と進級の祝いのプチパーティーなのだ。

 リネットが王子の婚約者に選ばれたごたごたで新しい年になってしまったが、なんとか無事に開催することができてほっとした気分である。


 紆余曲折あって、王子とジュリアをくっつけるという「王子の恋を応援したい隊」のミッションは、うまくいった……とは言い難い結果になったが、これはこれでいいだろう。

 王子はリネットをパートナーに選び、婚約を交わしたばかりである。

 そしてジュリアは……今はどうなったのだろう?


「ねぇバートラム。あなた、こんなところでジュリアを放っておいていいの?」


 なんとなくそう問いかけると、バートラムは気まずそうに視線を逸らした。

 ……どうやら、あまりうまくはいっていないようだ。


 それも無理はないか……とメリアローズは静かに嘆息した。

 バートラムは、元々王子とジュリアの恋を燃え上がらせるために、わざとジュリアに接触した。

 王子の嫉妬を煽るスパイス程度の役割だったはずだが、ジュリアは意図せずバートラムに本気で惚れてしまい、バートラムもまた役割を超えてジュリアを好きになってしまったのだ。


 だが、その時点では二人の想いを通じ合わせるわけにはいかなかった。


 バートラムはジュリアの告白を断わり、きっとジュリアはひどく傷ついたことだろう。

 最終的に、王子はジュリアではなくリネットをパートナーに選んだ。

 そうなると、バートラムとジュリアは堂々と愛し合うことができるのだが……


「そううまくはいかないわよね……」


 ジュリアからすれば、一度自分を振った相手に「今までのは全部演技だったんだ。本当はお前が好きだ」などと言われたところで、すぐに「はいそうですか私も好きです」とは言えないだろう。

 メリアローズが今までの態度を謝罪したときは快く受け入れてくれた彼女だが、まだバートラムに対してはわだかまりが残っている様子だった。

 きっと、進級した今になっても、そのわだかまりは解けていないのだろう。


「ジュリア、すごく人気があるのよ。今までは王子が傍にいたからうかつに粉を掛ける者もいなかったけど……うかうかしてるとすぐに取られてしまうわよ」


 ちくり、とそう口にすると、バートラムが露骨に不満そうに顔をしかめた。


「俺だってわかってるんだよ。でも、やっぱりジュリアからしたら俺って最低人間だよな……」


 珍しく落ち込んだ様子のバートラムに、メリアローズは少しだけ同情した。

 ジュリアの気持ちもわかるが、元々二人を引き裂いたのはメリアローズなのだ。

 このまま想い合う二人がすれ違ったまま破局してしまうのは、どうにも寝ざめが悪い。

 王子の恋が一段落したので、今度はバートラムの恋を応援してみるのもいいかもしれない。


「ふふ、私に任せなさい! なにしろ私は王子の恋を成就させた実績があるのよ?」

「いや、どう考えても失敗だっただろあれ」

「でも王子は喜んでたじゃない。ねぇリネット」

「あ、はい……」


 真っ赤になってしまったリネットは置いといて、メリアローズは視線をバートラムへと戻す。

 バートラムは彼にしては珍しく、どこか不貞腐れたような顔をしていたのだ。


「だいたいなぁ、お前人のことばっか気にしてないで少しは自分のことも考えろよ」

「私は別にいいのよ」

「だってよ、聞いたかウィレム。お前は――」


 バートラムが続きを口にしようとした瞬間、ウィレムは目にもとまらぬ速さでバートラムに逆エビ固めをきめてみせた。

 そのあまりに鮮やかな動きに、メリアローズは思わず惚れ惚れしてしまう。


「いてててて! お前やっぱりまだ言えてないのかよ!!」

「黙れ、お前に言われたくない」

「ねぇバートラム。さっきは何を言おうと……」

「気にしないでくださいメリアローズさん。バートラムの話にまともに聞く価値はありません」


 ウィレムにそう諭され、メリアローズはそうなのかしら、と上げかけた腰を落ち着けた。

 王子とリネット。バートラムとジュリア。

 メリアローズにも、そんな相手が現れるのだろうか。

 それに、ウィレムはどうなのだろう……?


 そのことを考えると、メリアローズは何故かいつもウィレムのことが頭から離れなくなるのだ。

 彼はトレードマークのメガネを外し、今や行く先々で女生徒にきゃあきゃあと騒がれている毎日である。

 以前彼の言っていた、好きな相手についてはどうなったのだろう。


 もやもやと湧いてくる思考に押しつぶされそうになって、メリアローズは緩く頭を振った。


 今はめでたいパーティーの最中なのだ。

 難しいことはまた後でゆっくりと考えればいいだろう。


 王子の恋騒動に振り回された去年と違い、さすがに今年は静かに過ごせるだろう。

 ……この時のメリアローズは、まだ知らずにいたのだ。

 今度は、自分が大騒動の渦中人物となることを……。

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