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45 元悪役令嬢、優雅に紅茶を嗜む

 窓の下では、初々しい生徒達が期待に胸を膨らませて流れるように歩いて行く。

 いつになく愉快な気分でそんな光景を眺めながら、バートラムはニヤリと笑った。


「あー、思い出すねぇ。1年前の俺たちをさ」


 季節は美しい花々が咲き乱れる春を迎えていた。

 バートラムたちがこの学園に入学して、ちょうど一年が過ぎたのだ。


「あら、あなたはあんな風に可愛げはなかったわ」


 そう背後から声をかけられて、バートラムはやれやれと肩をすくめる。


「手厳しいねぇ、学園の女王様は」


 すると、そう呼ばれた少女……メリアローズは、不快そうに美しい眉をひそめた。


「その呼び方、やめて頂戴」

「いいじゃねぇか。しっかり後輩に立ち位置をアピールしておくべきだ」


 にやにや笑いながらそんなことを言いだしたバートラムに、メリアローズははぁ、とため息をつく。


 波乱の一年が終わりを迎え、また新しい年が始まった。

 メリアローズ達「王子の恋を応援したい隊」の四人……それに、王子とジュリアも無事に上級過程に進級することができたのだった。……もっとも、ジュリアはかなりギリギリだったようだが。

 そんなわけでちょうど今は、新入生が新たにこの学園にやって来たところである。


 その初々しい姿を眺めながら、メリアローズは小さくため息をついた。

 一年間、メリアローズが悪役令嬢として学園を引っ掻きまわしたのは事実だ。

 一体新入生たちの目に今の自分はどう映るのか……あまり考えたくはない。

 そんなことを思った時、そっとドアが開き、続きの部屋からリネットが顔をのぞかせた。


「お待たせいたしました、メリアローズ様、バートラム様」


 にっこり笑った彼女は銀色のトレーを運んでおり、その上には四人分のティーカップが乗せられていた。

 ここ作戦会議部屋、という名のくつろぎ部屋の隣は、簡素なキッチンになっている。

 リネットはこのキッチンを気に入り、よくこうして皆の為に働いてくれるのだ。

 ……いずれこの国の王妃になるであろう、リネットが。


「リネット! またあなたはそんな下働きのような……」

「悪いねぇ。未来の王妃が手づから俺の為に茶を淹れてくれたなんて、子孫代々語り継ぐ武勇伝になるぜ」


 リネットはにこにこ笑いながら、楽しそうにテーブルに茶器を並べていく。

 まったく、そう遠くない未来に王太子妃になるはずの人間にしては、腰が低すぎるのだ。


「リネット。そんなことはバートラムにでもやらせとけばいいのよ。あなたはもうすぐ大勢の人間にかしずかれる人間なのだから」

「でも……やっぱりこうしているのが性に合うんです。王子も、私の好きなようにすればいいとおっしゃってくださいました」

「まぁ、ユリシーズ様はそういう御方よね……でも、気をつけなさい。宮廷なんて常に他人の足を引っ張ってやろうとする者の集まりなのよ。隙を見せればすぐに蹴落とされるわ」


 多少大げさにそう言うと、途端にリネットの表情が強張った。

 しまった、少し怖がらせすぎたかもしれない。


「メ、メリアローズ様……やっぱり、私……」

「もう、冗談よ! 大丈夫だからそんな暗い顔しないで頂戴!」


 青ざめるリネットをソファに座らせ、紅茶を飲ませる。

 暖かい飲み物を口にしたことで、リネットも多少は落ち着いたようだ。


「はぁ、お手数をお掛けして申し訳ありません、メリアローズ様……」

「リネット、あなたはユリシーズ様に選ばれたのよ。自信を持ちなさい」


 まだ記憶に新しい、学期末のダンスパーティーの光景が蘇る。

 メリアローズの思惑とは裏腹に、メリアローズの婚約者であったユリシーズ王子は、運命的に出会った田舎貴族の娘……ではなく、メリアローズの筆頭取り巻きであるリネットをパートナーに選んだのだ。

 その時はうっかりその場で気絶しそうになるほど驚いたが、メリアローズも今は落ち着いてその事実を受け入れている。

 リネットはよく気の利く心優しい娘だ。きっと、陰日向なくユリシーズを支えていくことだろう。

 彼女をパートナーに選んだ王子は、さすがの審美眼を持っていたようである。


 だが、当のリネットはいまだに自分が王子に選ばれたことに、自信が持てないようなのだ。


「やっぱり、私などでは力不足な気がするんです。王子は今の私のままでいいとおっしゃってくださいますけど……やっぱり、私が王子の隣に立つなんて、どう考えてもふさわしくは……」

「まぁまぁ、どうせ王宮に上がるのは卒業後だろ? あと一年もあるんだし、そんなに暗くなるなって!」


 落ち込むリネットの頭を、バートラムが軽い調子でわしゃわしゃと撫でる。

 不敬罪よ、と言おうとして、メリアローズはその言葉を飲み込んだ。

 バートラムのこの空気を読まない明るさに助けられているのは事実だ。

 ……今だけは黙認しておこう。


「まぁ、バートラムの言うとおりね。あと1年もあるのだし、そこまで悲観することはないわ」

「はい、ありがとうございます……! メリアローズ様のような完璧なレディを目指します!!」


 メリアローズを目標に、というのは少し複雑な気分だったが、リネットは元気を取り戻したようなのでこれでいいだろう。

 彼女はいつもメリアローズを支えてくれた。だったら、今度はメリアローズが彼女を支える番なのだ。


 メリアローズは幼い頃から、王太子妃候補として育てられてきたのだ。

 多少は、リネットにアドバイスしてあげられることもあるのかもしれない。

 帰ったらさっそく考えをまとめようと、メリアローズは頭を働かせながら優雅に紅茶を口にした。


 そんな中、廊下からバタバタと騒がしい足音が聞こえてくる。

 メリアローズ達は顔を見合わせ、くすりと笑う。

 次の瞬間、勢いよく部屋のドアが開け放たれる。


「すみません、遅くなりました!」


 現れた人物――ウィレムの姿を見て、メリアローズはカップで口元を隠しつつそっと笑みを零した。

 今日は来ないのでは、と心配していたが、どうやら杞憂だったようだ。


「おいおい、空気読めよ。せっかく両手に花のハーレム気分を味わってたのによぉ」

「今の言葉、一言一句違わずに王子に報告するぞ」

「待てよ、俺の首が飛ぶだろ……。王子の忠実な臣下バートラムは、しっかり王子の婚約者と幼馴染を守っていましたって伝えてくれ」


 ウィレムとバートラムのそんな他愛ないやりとりを眺めながら、メリアローズとリネットは顔を見合わせくすくすと笑った。

 一年前の今頃と比べると、メリアローズ達の立ち位置は大きく変わったように思える。

 だが、まだまだこの奇妙な縁は続いていくようだ、と、メリアローズは安心したのである。

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