当て馬、悪役令嬢を心配する(前)
だいたい25話あたり、黒幕を探してる最中の話です
放課後、メリアローズはあたりを警戒しながら学園内を歩いていた。
なにしろ、どこにメリアローズを狙う者が潜んでいるのかわからないのだ。
いつ何時も、気が抜けないのである。
――でも、負けるわけにはいかないわ。
メリアローズが委縮すれば、それこそ相手の思うつぼだ。
いつも以上に背筋を伸ばして、学園の女王たる威厳を振りまきながら、メリアローズはまっすぐに前を向いていた。
すれ違う生徒たちはそんなメリアローズに恐れをなしてヒッと悲鳴を上げて逃げていくか、視線が合わないように目を伏せてそそくさと通り過ぎていく。
――大丈夫、私はまだ悪役令嬢よ。
こんなことくらいでへこたれるメリアローズ・マクスウェルではないのだ。
何としてでも黒幕を見つけ出し、断罪を行わなければならないのである。
そうメリアローズが決意を新たにした時だった。
ちょうど通り過ぎたばかりの教室の扉が、勢いよく開く音がした。
何かしら、と振り返ろうとした瞬間、メリアローズは強く腕を掴まれ教室の中へと引っ張り込まれていたのである。
「っ!!?」
慌てて声を出そうとしたが背後から口を塞がれて上手くいかない。
余りに突然の出来事で、暴れて抵抗することもできない。恐怖で体が動かないのだ。
脳裏に男たちに追いかけられた時の記憶がフラッシュバックして、メリアローズの思考が一瞬で恐慌状態に陥ってしまう。
やだ、助けて……ウィレ――
「……おい、何やってんだよお前!!」
だがその時背後から聞こえてきた声に、体がすっと温度を取り戻す。
その声は、メリアローズのよく知る者の声だったのだ。
「一人でふらふらすんなって言っただろ! まったくお前は……」
いつの間にか、腕を掴んでいた手は離れていた。
おそるおそる声の主の方を振り返ると、やはりそこにいたのはメリアローズのよく知る人物だったのだ。
「……バートラム」
振り返った先では、メリアローズと同じ実働部隊の一員の当て馬の青年――バートラムが呆れた表情を隠そうともせずに立っていたのだ。
「おい、聞いてんのか? メリアローズ、お前は……!?」
目の前のバートラムが、驚いたように目を見開いた、
それと同時に、視界が滲んでその表情がぼやけてしまう。
「お前、なに泣いてんだよ!」
彼のその言葉で、メリアローズはやっと自分が泣いているのだということに気がついた。
そう気づいてしまうと、もう駄目だった。
「う……ふっ……」
「どうしたんだよ……。何かあったのか?」
嗚咽がとまらないメリアローズに、バートラムが焦ったように何度も問いかけてくる。
すると徐々に怒りが込み上げてきて、メリアローズは衝動のまま思いっきりバートラムの足を踏みつけた。
「いってええぇぇぇぇ!!」
「どうした……じゃないわよ! あなたこそ何のつもりなのよ!!」
泣きながらそう叫ぶと、バートラムが驚いたように動きを止める。
ぽろぽろと涙を零したまま、メリアローズは彼を睨みつける。
「わ、私……あの人たちがここまで追いかけてきたのかと……」
「あー、そういうことか……」
バートラムはそこで、やっとメリアローズがどうして泣いているのか合点がいったのだろう。
ぐしゃりと前髪をかき上げると、なだめるようにそっとメリアローズの肩に触れたのだ。
「……悪い。ここでさぼってたら、お前が一人で歩いてるのが見えたんでつい……」
「普通先に声掛けるとかするでしょ!」
「そうだな。さっきのは完全に俺が悪かった。だから……もう泣くなよ」
泣くなよ、と言われても急に涙が止まるわけではないのだ。
それに、一度思い出してしまった恐怖は中々消えてはくれない。
――嫌だわ。バートラムにまでこんな情けない姿を見られてしまうなんて……。
これでは学園の女王も形無しだ。
できるだけ泣き顔を見られないように気をつけながら、メリアローズはぐすん、と鼻をすすった。
俯いてすすり泣くメリアローズの背中を、バートラムがそっとさすってくれる。
なんだかそれが恥ずかしくて、メリアローズはぽそりと呟く。
「……セクハラよ」
「おい、濡れ衣だぞ。今の俺の下心は20%くらいだ」
「多いわよ!!」
思わずばしりと腕を跳ねのけると、バートラムはにやりと笑ってみせた、
その顔にからかわれたのだと気がついて、メリアローズは頬を膨らませる。
「……なぁ、メリアローズ」
「なによ」
むすっと腕を組んでそう返すと、存外にバートラムは真剣な顔をしていた。
それに驚くメリアローズに、彼はそっと告げる。
「お前、やっぱりこの計画を降りた方がいい」
一体何を言ってるのかしら……と、メリアローズは思わずため息をついてしまった。
だが、バートラムは真剣な表情のままメリアローズの肩を掴んだのだ。
「聞いてんのか、メリアローズ! お前、ほんとにわかってんのか!?」
「わかってるわよ。前にも言ったじゃない。私が計画を降りれば、次に狙われるのはジュリアだって」
メリアローズを狙う敵は、王子の婚約者であるメリアローズを疎ましく思い、排除しようとしているのだ。
メリアローズが片付けば、次は王子と親しいジュリアに矛先が向くのは当然の摂理。
こういう輩は一度成功体験を得てしまえば、調子に乗ってますます助長するのは火を見るよりも明らかなのだ。
「ジュリアを標的にさせるわけにはいかないわ。だから私が――」
「それで、自分はどうなってもいいって言うのかよ」
「そんなことは言ってないじゃない! もちろん、敵に好き放題させるつもりなんてないわ」
「……今のお前なら、割と簡単に好き放題にできそうだけどな」
むっとして睨み返すと、バートラムは呆れたようにメリアローズの額を指先で軽く弾いた。
その馬鹿にしたような仕草に、メリアローズは憤慨する。
「ちょっと、どういう意味よ!」
「もっと警戒しろってことだよ。現に今だって、こうやって簡単に連れ込まれてるだろ」
バートラムがすっと目を細める。
何か言い返したかったが、彼の言うことはメリアローズにとっては図星だったのだ。
こうしてメリアローズの前にいるのがバートラムだったからよかったものの、実際にメリアローズを狙う者が同じ手を使えば、それこそ今頃は相手の手の内に落ちていたのだ。
その事実を思い知らされて、メリアローズは悔しさにぎゅっと唇を噛む。
「……メリアローズ」
メリアローズの肩に置かれていたバートラムの手が、戯れのようにメリアローズの髪を一房手に取り、そっと梳いた。
その手つきの優しさに、不覚にもまた涙が出そうになってしまう。
「わかってくれ。お前のことが心配なんだ」
「……わかってるわ」
「俺だけじゃない。いや……俺よりももっと、リネットやウィレムがお前を心配している。もしもお前に何かあったら、あいつら主犯を血祭りにあげた後に討ち死に覚悟で王宮に殴り込みかねないぞ」
「そんなの、大げさよ」
「お前はまたそうやって……まぁいいか」
ぐしゃりと髪をかき上げるバートラムを見て、メリアローズはそっと息を吐いた。
彼の言うことはよくわかる。バートラムだけでなく、リネットとウィレムもメリアローズの身を案じてくれているのはよくわかっている。
だが、その気持ちがよくわかるからこそ……メリアローズは譲れないのだ。
後編に続きます




