王子と伯爵令嬢の仁義なき攻防(3)
王子視点です
貴賓席へとリネットを誘い、二人で腰を落ち着ける。
リネットの様子も少しづつ警戒が薄れてきているようには感じるが……いまだ緊張が解けていないのをユリシーズは確かに感じていた。
このままでは、彼女はメリアローズに「王子はまともにエスコートもしてくださらずとっても怖かったです」などと報告するかもしれない。
そうなれば、メリアローズが勝利の高笑いを披露するのは確実。
幼い頃からの一番のライバルに、こんな形で敗北を期すのは、ユリシーズのプライドが許さない。
「リネットはこの演目、見たことはあるかい?」
「は、はい。幼い頃、王都にやって来た時に同じ演目を」
「そうだったんだね。僕も、何度か見たことがあるよ。でも、何度見ても芸術というものは色あせないから不思議だね」
あたり障りのない会話を交わしながら、ユリシーズはなんとかリネットの警戒を解こうと躍起になっていた。
そわそわと落ち着かない様子のリネットを気にしながら、ユリシーズは起死回生の一手を探していたのである。
『――それでも、僕は君を愛してるんだ!』
『いけません、私は――』
『君が誰であろうと関係ない。もう、この思いは止められない……!』
演目は進み、いよいよクライマックスのシーンだ。
それこそ何度もこの劇を見たことがあるユリシーズは、特に大きな感動もなく舞台を眺めていた。
……リネットは、感動しただろうか。
ユリシーズが慣れすぎてしまっただけで、この劇は涙なしには見られない感動大作だと評判である。
劇の内容に感動し、その効果でリネットがユリシーズへの評価を上乗せしてくれる可能性もあるのではないか?
ユリシーズはちらりとリネットの方へと視線をやった。
彼女はじっと舞台の方へと視線をやっていたが……すぐにユリシーズの視線に気づいたように、こちらを振り返る。
そして、リネットはそっと微笑んだ。
劇場の照明に照らされて、少女の艶やかな髪と澄んだ瞳が輝いている。
――リネットは、こんなに美しい少女だったのか。
普段は派手&派手なメリアローズの傍らに控えているので、ユリシーズは今までリネットの容姿についてそこまで意識したことはなかった。
だが、彼女は間違いなく……美しい輝きを秘めた乙女であったのだ。
そのまま見つめ合うことしばらく……ユリシーズは先に無遠慮な視線を投げかけたのはこちらなので、自分の方が何か言うべきだと気がついた。
「……クライマックスだね」
「そんなこと、見ればわかりますわ」とメリアローズなら言うかもしれない。
これは失点か……?とユリシーズは焦ったが、リネットは穏やかに微笑み相槌を返してくれた。
リネットにばれないようにほっと息をついて、ユリシーズは舞台の方へと視線を戻した。
だが……いまいち舞台の内容には集中できなかった。
何故か、隣に座った少女のことが今まで以上に気になるようになってしまったのである。
無事に舞台は終わり、二人はあたり障りのない感想を言い合いながら出口へと向かっていた。
リネットも劇の効果か、少しユリシーズに対する緊張が和らいだ様子である。
だが、まだ油断はできない。
ここはもう一押ししておくべきだろう。
「そうだ、せっかくの機会だし……一緒に食事でもどうだい?」
気がついたら、ユリシーズはそう口走っていた。
メリアローズという婚約者がありながら、他の女性を一対一での食事に誘うのはどうなんだろう。そう思わないでもなかったが、そもそもリネットを寄こしたのはメリアローズなのだ。
ここは婚約者の友人である相手を精一杯もてなすのが当然だろう。
何故かそんな言い訳じみたことを考えながら、ユリシーズはいつも通りの爽やかな笑みを浮かべた。
「まぁ、よろしいのですか?」
リネットの反応も上々だ。
ユリシーズは上機嫌でリネットに手を差し出した。
◇◇◇
王室御用達の料理店の一室。
よくメリアローズと共にやってくるこの店で、ユリシーズはリネットと向かい合っていた。
劇の興奮が冷めたのか、リネットはまたしても硬い表情に戻ってしまった。
先ほどからなんとかうまく会話を盛り上げようと工夫しているが、どうにもリネットは気もそぞろな様子である。
さて、どうするか……とユリシーズは頭を悩ませた。
リネットが食いつきそうな話題、ユリシーズとリネットの間の共通の話題。
それは……
「メリアローズは、昔からここのシチューが大好きなんだ」
そう口にすると、リネットははっとしたように顔を上げる。
……手ごたえありっ!
ユリシーズとリネットの共通の話題。それは、メリアローズだった。
やっと状況を変える一手を打てたことで、ユリシーズは内心でにやりと笑う。
「シチュー、ですか?」
「そうなんだ。どんなに取り繕っていても、ここのシチューを食べた途端にとんでもなく嬉しそうな顔をするもんだから、メリアローズには珍しくわかりやすい反応だね」
「まぁ……!」
リネットの顔が嬉しそうにほころぶ。
「そ、その……他にメリアローズ様の好物などは……!」
「そうだね……チョコレートビスケットケーキかな。デザートに出ると嬉しそうにしてるから」
「なんてお可愛らしい……!」
物静かなリネットにしては珍しく、興奮しているのか頬が紅潮していた。
その変化にユリシーズは驚き……そして、目が離せなくなる。
今のリネットは、きらきらと瞳をきらめかせて嬉しそうにユリシーズの話に聞き入っていた。
もっとその表情を見ていたくて、気がつけばユリシーズはぺらぺらとメリアローズの話を続けていた。
「去年の建国記念祭では、見事な歌を披露したんだ。他国の大使も驚いていたよ」
「さすがはメリアローズ様!」
「この前の夜会の時に着けていた髪飾りの形が珍しかったみたいで、宮廷の夫人が皆メリアローズの真似をし始めて――」
ユリシーズの目の前で、リネットはこれまでに見たこともないほど嬉しそうな表情で、小さく頷いている。
いつの間にかユリシーズはリネットの懐柔という目的を忘れ、もっと彼女のそのとろけそうな表情が見たいという、そんな思いに突き動かされていた。
気がつけばディナーもデザートも済み、夜も更け始めていた。
「もうこんな時間か」
「まぁ、気づきませんでしたわ」
二人して驚いたように顔を見合わせ、くすりと笑う。
もうリネットからは、会った当初の緊張や警戒は感じられなかった。
一応、ユリシーズの目的は果たせたと言ってもよいだろう。
途中から、すっかりそんなことは忘れていたが。
どこか名残惜しさを感じながら、ユリシーズはリネットを送ろうと立ち上がった。




