悪役令嬢、ヒロインに格の違いを~の舞台裏の更に裏(後)
「……あぁ、楽しみだね」
「ふふっ、さすがはわたくしのユリシーズ様!……あら、ジュリア。どうかしたのかしら?」
爽やかな朝の学園に、どこかわざとらしい声が響く。
やってるやってる……と、にやけそうになるのをなんとか堪えながら、当て馬役――バートラムは騒ぎの中心地へとゆっくりと足を進めた。
悪役令嬢の朝は早い。
ユリシーズ王子と田舎貴族の娘――ジュリアをくっつけるための一大プロジェクト、その名も「王子の恋を応援したい隊」の活動は、登校した時点で既に始まっているのだ。
「いえ……なんでもありません」
「あら、そうなの? ならあなたも早く行った方がいいわよ。授業に遅刻して落第すれば、びんぼ……あら失礼、特待生のあなたはもうこの学園にはいられませんものね!」
見れば、困惑したような王子に、その腕に絡みつく悪役令嬢メリアローズ。そして、どこか眩しそうにその様子を眺めるジュリアがいた。
……いつものお馴染みの光景である。
オーホッホッホ!と高笑いをあげながらメリアローズが王子を引きずるようにしてどこかへ去っていく。
その途端、一人の女生徒が声を上げた。
「今日もメリアローズ様は素敵でしたわ!!」
悪役令嬢の筆頭取り巻き――リネットは周囲の動きをコントロールするようにそう告げると、やって来たバートラムの方へちらりと目配せして見せたのだ。
なるほど、さすがは悪役令嬢の取り巻き「役」。
周囲の扇動はお手の物のようだ。
「ユリシーズ様とも本当にお似合いで……やはりユリシーズ様の婚約者、未来の王妃としてふさわしいのはメリアローズ様を除いて他にはいませんわぁ」
「しっ、その話は内密に、と言われていたでしょう」
「あら、わたくしったら~」
リネットの声に釣られるようにして、その場にいた女生徒たちが口々にメリアローズを褒めたたえ始める。
こうなってしまっては、もう誰も異論など唱えられるはずがない。
リネットは一瞬にして、メリアローズの横暴を批判できない空気を作り上げたのだ。
そして、別の一角からまた声が上がった。
「いいなぁ、王子は。メリアローズ様みたいなお方と婚約者でさ」
きらりと朝日に眼鏡を光らせて、そう告げたのは王子の取り巻き役――バートラムの仲間の一人、ウィレムだった。
お前のそれは演技なのか本気なのか、とからかってやろうと思ったが、今はギャラリーが多すぎる。
バートラムは人垣の後ろからこっそりとその様子を眺めることにした。
ウィレムの声に釣られるようにして、悪役令嬢の恩恵にあやかりたい男子生徒たちも次々に、白々しくメリアローズを称賛し始めたのだ。
すぐにその場は、まるでカエルの合唱のような喧しい空間に変化した。
朝っぱらから迷惑な話である。
騒ぎの中心に一人取り残され、ぺちゃくちゃと周囲のざわめきに圧倒されていた様子のジュリアだが、やがて何かに気がついたようだ。
……おそらく、今日提出予定の課題をまだ終わらせていないとかそんなところだろう。
特待生である彼女には通常の生徒よりも課題が多い。普段から彼女を手伝ってやってるバートラムは、そのこともきちんと把握していた。
なにしろ、ジュリアは忘れっぽい。ここのところバートラムは、ジュリア以上にジュリアのスケジュールを把握していると言っても過言ではなかったのだ。
慌てたようにジュリアが人垣を抜けようと走ってくる。
バートラムはさりげなさを装いつつ、わざとジュリアの進行方向に立ちふさがった。
「きゃあ!」
「おっと危ない!!」
ぶつかった拍子にバランスを崩して転倒しかけたジュリアを助け起こすと、彼女は驚いたように顔を上げた。
「ちゃんと前見ねぇと危ないぜ、子猫ちゃん」
そう声を掛けると、ジュリアは恥ずかしそうに俯いてしまう。
……そう可愛いしぐさを見せられると、演技とはいえ、中々くるものがある。
いかん、計画計画……と思考を戻し、バートラムはそっと熱を持ったジュリアの頬をなぞった。
「……ほら、何があったか知らねぇけどな。女の子は笑ってた方がかわいいぜ」
そう言ってウィンクすると、ジュリアは応えるように不器用な笑みを見せてくれた。
今日も、バートラムの当て馬っぷりはうまく効果を出しているようだ。
……効果が出すぎていて、たまに自分でも引きずられそうになるのは仕方がないことだろう。
いずれ、ジュリアは王子と結ばれる……はずである。そう考えると気分が沈みかけたが、バートラムは構わずジュリアをエスコートする。
そしてバートラムの登場にざわめくギャラリーからジュリアを連れ出し、やっと一息ついたのであった。
さて、当て馬役であるバートラムの仕事は、ジュリアに猛烈なアタックを繰り返し王子の嫉妬を煽ることと、メリアローズにいびられているジュリアのフォローである。
とりあえずはさっきメリアローズが言いたい放題していたフォローを……と、バートラムは傍らのジュリアを振り返る。
すると、ジュリアはきらきらと輝く目でバートラムを見上げ、熱のこもった声で熱く語り始めたのだ。
「バートラム様……やっぱり王子とメリアローズ様って、すっごくお似合いですね!!」
「お、おう……」
「いかにも美男美女で! 目の保養っていうか!!」
きゃっきゃと機嫌よくはしゃぐジュリアを目にして、バートラムは何とも言えない気分を味わった。
そう、メリアローズにしつこくいびられ落ち込んでいるはずのジュリアは……まったく堪えてはいないのだ。
それどころか、いじめられていると認識すらしていない。
これは完全な計算違いである。バートラムはどこか遠い目で、今も勝利を確信しているはずの悪役令嬢のことを思った。
……まさか、正直にこの現状を彼女に話すわけにはいかない。
「メリアローズ様って、本当に素晴らしい方ですよね! 私みたいな田舎貴族のことまで気にかけてくださるなんて!!」
どうやらジュリアはしつこく落第落第言われているのを、メリアローズが自分のことを心配している、と思っているらしい。
とんでもないポジティブ思考である。
これは手ごわいな……とバートラムは今後の苦労を思って苦笑するしかなかった。
……メリアローズには、ジュリアは落ち込んでいたと伝えておこう。
自分がジュリアに恐れられていると信じて疑わない悪役令嬢には、いつも事実を少し……捻じ曲げて伝えてある。
まぁなんとかなるだろ、と意外と苦労している当て馬は、内心でこっそりため息をついたのだった。




