悪役令嬢、ヒロインに格の違いを~の舞台裏の更に裏(前)
番外編ふたつめ。
1話の裏の裏(?)の王子視点になります。
爽やかな朝日にきらめく、美しい金色の髪。
見慣れた色が目に入り、王子ユリシーズは自然と口元に笑みを浮かべた。
「おはよう、ジュリア」
そう呼びかけると、美しい金色の髪の少女――ジュリアがこちらを振り返った。
そして彼女はユリシーズを目にすると、満面の笑みを浮かべて走り寄ってくる。
「おはようございます、ユリシーズ様!」
その貴族令嬢らしからぬ元気いっぱいの挨拶に、ユリシーズは朗らかな笑みを浮かべるのであった。
彼女――ジュリア・ロックウェルは、ユリシーズが以前お忍びで辺境の視察に訪れた時に出会った、男爵家の令嬢である。
彼女はユリシーズが王子だと知っても、変にかしこまった態度を取ることはない。ユリシーズにとっては得難い友人でもあったのだ。
「君はいつも元気だね」
「はい! それだけが取り柄ですので!! そ、それでユリシーズ様、よろしければ今日の授業が終わった後――」
ジュリアはユリシーズのことを友人だと思ってくれているようだ。
今までも何度かユリシーズは彼女に、放課後の勉強会、素振り1000回、市場でのタイムセール、はたまた昆虫採集(しかも食用)などに誘われていたのだ。
今度は一体どんな奇天烈なことを言いだすのだろう、とワクワクしながら続きを待っていると、ふと周囲の生徒たちがざわめき出す。
その原因は、すぐにわかった。
「御機嫌よう、ユリシーズ様、ジュリア」
颯爽と取り巻きを引き連れて現れた幼馴染の姿に、ユリシーズは思わず苦笑してしまった。
マクスウェル公爵家の令嬢、メリアローズは、ユリシーズにとっては幼馴染ともいえる関係にあった。
彼女は、何をやらせても完璧な令嬢だったのだ。
幼いユリシーズは彼女に馬鹿にされまいと、必死に勉学に励んだものである。
ユリシーズにとってのメリアローズは、幼馴染であり、ある意味ライバルであり、そして……いつか結婚するであろう、相手でもあったのだ。
だが、メリアローズ自身はどうやらユリシーズとの婚姻を望んでいないらしい。
婚約の場でも、彼女はまるで模範解答でも読むような不自然な笑みを浮かべていた。もっとも、それに気づいたのはユリシーズと、おそらく彼女の父親くらいであっただろうが。
ユリシーズは、メリアローズのことを嫌っているわけではない。だが、熱烈に愛しているか、と聞かれると、それもまた違うような気がしたのだ。
幼い頃から知っているメリアローズのことは、既にユリシーズの中では家族のようなカテゴリに入っていたのである。
結婚することに抵抗はないが、彼女がどうしても嫌がるならば破談にしても問題はない、という微妙な関係にあったのである。
メリアローズは王太子妃としては申し分のない女性である。
きっと、この国や近隣の国々を探しても、彼女以上の女性など現れることはないだろう。
燃え上がるような恋愛感情はなくとも結婚はできる。所詮王族貴族の婚姻などそんなものだ。
彼女の方から破談を申し出ない限り、ユリシーズはいずれメリアローズと結婚する心づもりはできていたのである。
だが、そんな令嬢の中の令嬢であるはずのメリアローズが、突如豹変した。
ここロージエ学園入学を期に、メリアローズは外見も態度も、がらりと別人のように変わってしまったのである。
「ユリシーズ様、よろしければ今夜、観劇に出かけませんか?」
どこか見るものを威圧するような笑みを浮かべながら、メリアローズは有無を言わせぬ口調でそんなことを口にしたのである。
いつものことながら、ユリシーズは言葉に詰まってしまった。
メリアローズは変わった。
ドリルのようにきつく巻かれた縦ロールに、まるで戦化粧のような派手なメイク。
優しく穏やかな態度は鳴りを潜め、取り巻きを引き連れ学園の女王のように横暴に振舞っている。
……いったい、どんな心境の変化があったのだろう。
深窓の令嬢であろうとするストレスのあまり錯乱してしまったのだろうか。
いろいろな説を考えてみたが、ユリシーズにはいまいちぴんと来なかった。
だが厄介なのは、そんな彼女がやたらとユリシーズに絡んでくるようになったことである。
「……あぁ、楽しみだね」
「ふふっ、さすがはわたくしのユリシーズ様!……あら、ジュリア。どうかしたのかしら?」
困惑しつつもそう答えると、メリアローズは彼女らしからぬ高笑いを上げた。
そして、まるで今気づいたようにぽかんとするジュリアの方に視線をやったのだ。
そう……これだ。
メリアローズはユリシーズに絡むというよりも、ジュリアと共にいるユリシーズにやたらと絡んでくるのだ。
一体これは何なのか。
周囲の者はユリシーズと仲良くしてるジュリアに嫉妬しているのだ、などというが、ユリシーズにはとてもそうは思えなかったのだ。
おそらく、メリアローズの真の狙いは別にあるのだろう。
そして、おそらくそれにはジュリアが関係している。
嫌味ったらしくジュリアに絡むメリアローズを眺めながら、ユリシーズはふむ、と考えた。
そして、とある結論にたどり着いたのだ。
――もしや、メリアローズはジュリアのことを好いているのではないのか?
好きな子につい意地悪してしまう、というのは古今東西どこにでもあることだろう。
あの完璧な令嬢メリアローズがそんな子供じみた振る舞いをするとは思えなかったが、そう考えると納得がいく。
きっとメリアローズはジュリアへの道ならぬ恋に悩み……こんなおかしな状態になってしまったのだろう。
ユリシーズの中では、今この説が最も有力となっていたのだ。
きっと、彼女の恋路には険しい壁が立ちはだかることだろう。
だが、ユリシーズはそんな幼馴染を応援したかった。
メリアローズは自分の殻を破ろうとしている。皆の望む公爵令嬢という鎧を脱ぎ捨て、新たな道へと進み始めているのだ。
……大丈夫だ、メリアローズ。
ユリシーズが王になった暁には、そのあたりの法整備も考えていかなければ。
とんでもない勘違いを胸に抱きながら、第一王子ユリシーズはそっと幼馴染の少女にエールを送るのであった。




