田舎娘、悪役令嬢に憧れる(後)
「ご一緒してもよろしいかしら」
絶対に近づけないと思っていた憧れの相手が、自分から声をかけてくれた。
ジュリアはもう、それはそれは驚いたものである。
しかも、メリアローズは以前からジュリアのことを知っていたようで、「前から話してみたかった」などという勿体ない言葉までかけてくれたのである。
ジュリアは一気に舞い上がった。
ついつい自身の立ち位置も忘れて、普段のように調子に乗って話してしまったが、メリアローズは寛大だった。
にこにこと微笑んだまま、ジュリアの話を聞いてくれたのである。
――やっぱりすごい人は違うんだなぁ。
メリアローズは見た目だけでなく、中身まで一流の本物の貴族令嬢――文句のつけようのない高嶺の花だった。
彼女に近づくとふわりといい香りが漂い、バックには美しく咲き誇る花々の幻覚まで見えてくるようだ。
ジュリアは他の多くの者と同じように、一瞬で彼女に魅了されてしまったのである。
どうやらメリアローズは、彼女の婚約者であるユリシーズ王子からジュリアの話を聞いていたようだ。
ジュリアの憧れる美男美女のカップルは、想像通りにたいそう仲いいらしい。
やっぱりお似合いだなぁ……と、ジュリアは嬉しくなる。
自作弁当を広げるジュリアに対し、メリアローズは昼間から豪華な、それでいて上品な肉料理を食べていた。
ジュリアの家では、祝祭の日でもなければ食べられないような御馳走である。
住む世界が違うなぁ、と、あらためてジュリアは感心する。
メリアローズのテーブルマナーは完璧だった。
ジュリアも貴族である以上それなりに作法を教えられてはいるが、メリアローズとは比較するのもおこがましいほどの粗末なものであった。
――肉を切り分け、口に運ぶ。
その一連の仕草でさえ、見るものをどきりとさせるほどの美しい所作であった。
ジュリアは思わず自分が食べるのも忘れて、彼女の仕草に見惚れてしまったほどである。
半分ほど食べたところで、メリアローズは席を立った。
どうやら彼女は小食であるらしい。いかにもたおやかな深窓の令嬢といった様子で、常にモリモリ全力で食べるジュリアとは大違いである。
しかも、メリアローズは自身が残した料理をジュリアに分けてくれたのだ!
滅多に口にすることのできない御馳走を前に、ジュリアはごくりと唾を飲み込んだ。
もちろん、ありがたく頂く以外の選択肢は存在しない。
メリアローズの残したくれた料理は、まさに極上の味だった。
こんなに美味しいものを彼女は快くジュリアに分けてくれた。
それだけ、できた人間なのだ。
「これがノブレス・オブリージュというんですね……!」
初めて話したメリアローズは、まさにジュリアの理想とする貴族令嬢の鑑のような人だった。
ジュリアは、ますますメリアローズへの憧憬を深めていったのである。
◇◇◇
それからも、メリアローズはたびたびジュリアに声をかけてくれた。
どうやら彼女はジュリアが特待生だということも知っているようで、たびたびジュリアに対し、
「もっと勉強しないと落第してしまうわよ」
というように喝を入れてくれるのだ。
その度にジュリアは、彼女の期待を裏切ってはいけないと燃え上がるのである。
学園の授業内容は思った以上にハイレベルだった。きっとメリアローズの叱咤激励がなければ、ジュリアはとっくの昔に学園から放り出されていたかもしれない。
メリアローズはジュリアにとって、憧れの存在であり恩人にもなっていたのだ。
そうして時折ユリシーズやバートラムの協力も得て、ジュリアはなんとか憧れの学園生活を満喫していたのである。
王子やバートラムも交えて魚釣りに誘われた時には、ジュリアも驚いた。高貴な令嬢であるメリアローズは休日も気を抜いたりはしなかったのである。
落ち着いた乗馬服に身を包んだ彼女は、普段とは違う雰囲気を漂わせ、ジュリアはまたもやドキッとしてしまったものである。
――やっぱり綺麗な人は何を着ても綺麗なんだなぁ。
きっと彼女なら、どんなぼろきれを身に纏っていてもその高貴さが失われることはないだろう。
どうやらメリアローズと一緒に来ていたリネットも、ジュリアと同じ思いを抱いていたようで、ジュリアは彼女と思いっきり意気投合してしまった。
幸いジュリアは田舎の出であり、魚を捕ることならお手の物だ。
憧れのメリアローズに喜んでもらおうと、ジュリアは愛用の銛を唸らせ、久々に張り切って魚捕りへと臨んだのである。
「ジュリア、食べなさい」
ジュリアとしてはメリアローズに喜んでもらえればそれでよかったのだが、なんとご褒美が待っていたのである。
なんと憧れのメリアローズが、ジュリアに魚を食べさせてくれるというのだ!
「そ、そんな……! 畏れ多いです!!」
「何言ってるのよ。あなたが一番の功労者でしょう。いいから食べなさい」
「はいぃ……!」
おそるおそる、彼女が差し出してくれた魚を口にする。
何の変哲もない、他と同じ魚であった。
だが、メリアローズがくれたものというだけで、10000000倍は美味しく感じられてしまう。
きっと、神話の世界を流れる川に棲む魚はこんな味なんだろう。
恍惚としながら、ジュリアは尻尾の先から頭までメリアローズのくれた魚を完食したのだった。
その間、王子の友人であるウィレムが、じっとこちらを見ていたのが気にかかったが、メリアローズが喜んでくれたようなのでジュリアも嬉しくなってしまう。
――やっぱり、メリアローズ様は素晴らしい人なんだ!
リネットとメリアローズの話題で盛り上がりつつ、ジュリアはますます麗しの公爵令嬢に対する憧れを募らせるのだった。
まさか、メリアローズが必死にジュリアに嫌われようとしているなどとは……この時のジュリアは知る由もなかったのだ……。




