田舎娘、悪役令嬢に憧れる(前)
番外編ひとつめ、ジュリアから見たメリアローズの話になります。
鼻歌交じりで渡り廊下を歩くジュリアは、少し前方に見慣れた美しい背中を発見した。
その途端嬉しくなって、ジュリアははしたないとわかりつつもその場から駆け出す。
「こんにちは、メリアローズ様!」
勢いよく声を掛けると、ジュリアの憧れの人物――マクスウェル公爵家のご令嬢、メリアローズがこちらを振り返り、呆れたように笑った。
「まったく、あなたはいつもやかましいわね」
人によっては冷たいと受け取られるかもしれない言葉だが、ジュリアにとってはそうではない。
彼女が声をかけてくれるだけで、何よりも嬉しくなってしまうのだから。
◇◇◇
初めて王都の学園からの入学案内が届いた時は、ジュリアも、ジュリアの家族も小さな屋敷がひっくり返るほどに驚いたものである。
不安がないわけではない。だが、ジュリアも年頃の女の子らしく、煌びやかな王都での生活に憧れていたのだ。
少し前にお忍びでやって来た王子に出会った時も、彼はジュリアに王都での話をしてくれた。片田舎の弱小貴族の娘である自分には、縁のないものかと思っていたが、どういうわけかチャンスが転がり込んできたのだ。
こうして、このチャンスを逃す手はない……!と喜び勇んだジュリアは、憧れの王立学園へと繰り出したのである。
学園での生活は、思ったよりも順調だった。
周囲の高位貴族の子女たちとの差を感じることはありすぎるほどにあるが、彼らは不思議とジュリアに親切にしてくれたのだ。
それに、おそれ多くも友人のように接してくれるユリシーズ王子もおり、ジュリアは憧れの学園生活を満喫していたのである。
それにしても、さすがは王国一の煌びやかな学園である。
学園内の設備も、通う生徒も、何もかもがキラキラと輝いているのだ。
少し前まで草原で牛や羊を追い回していたのが嘘のようだ。
だが、その生徒たちの中でも……明らかに周囲とは一線を画す存在がいることに、ジュリアはすぐに気がついた。
まずは、第一王子ユリシーズ。
彼はどこにいてもすぐさま人目を惹きつける。
光り輝く銀髪に、宝石のように美しい瞳。この世の者とは思えないほどの整った顔立ち。
そこはかとなくキラキラとしたオーラが漂ってきているのは、気のせいか、それとも王族故の特殊能力だったりするのだろうか。
やっぱり王族の人は違うんだなぁ、とジュリアは彼を目にするたびに感心してしまうのだった。
そんな彼とジュリアは、実は面識がある。
ジュリアの家であるロックウェル男爵家の小さな領地の小さな農村で、家畜の仔が盗まれるといった被害が頻発したときのことだ。
こっそり待ち伏せて、鉈を片手に盗人を追い回していたジュリアに加勢……というか「さすがにそのくらいで……」と鮮やかに盗人を捕縛し、いきり立つジュリアを宥めたのが、彼――ユリシーズ王子だったのだ。
ユリシーズはどうやらお忍びで国内を廻っている最中だったようで、同じ年頃のジュリアとユリシーズはすぐに仲良くなった。
二人で釣りに明け暮れたり、馬で草原を駆けたり、獣を狩ったり、まるで子供の様に楽しく過ごしたものだ。
ユリシーズは今でも、ジュリアに会うと気さくに声をかけてくれる。
知らない者だらけの学園で、彼の存在は確かにジュリアにとっての心の拠り所となっていた。
そしてもう一人、メイヤール侯爵家のバートラム。
彼も王子に負けず劣らずの美貌を誇る貴公子である。
物腰の柔らかな王子とは対照的に、彼はどこか妖しい魅力を秘めた青年だった。
だが初めて出会った時から、彼は不思議とジュリアに対し色々な世話を焼いてくれている。
たまによくわからないことも言うこともあるが、ジュリアはいつも彼に助けられている。
最近では彼と一緒にいるとたまに……少し、胸が痛くなったり、顔が熱くなったりすることがあるのだ。
いったいこれはどういう症状なんだろう、と、ジュリアは常日頃から不思議に思っていたのである。
そして、最後の一人は……王家にも次ぐ力を持つ公爵家の娘、メリアローズ。
初めて彼女を見た時から、ジュリアはその存在感に圧倒された。
彼女が動けば、美しく巻かれた、紅がかった艶やかな髪が風に揺れる。
その美しい光景に、ジュリアはいつも視線を吸い寄せられてしまうのだ。
陶器のようになめらかで白い肌に、極上の紫水晶のような美しく澄んだ瞳。
その理知的な眼差しに射抜かれたら、きっと誰であろうと彼女の魅力に捕らわれてしまうのだろう。
メリアローズが歩くたびに、その場の空気が変わる。
それがどんな場であろうとも、一瞬で彼女が主役になってしまうのだ。
そんなメリアローズは、王子ユリシーズの婚約者である。
二人のうちどちらか一人だけでもとんでもない存在感を持っているのに、二人がそろうと常人では近づけないような、とてつもないパワーを発揮するのだ。
冬至祭と夏至祭が同時に来たかのような、メインディッシュとデザートを同時に口に押し込まれたかのような、とにかく浮世離れした空間が発生してしまう。
ジュリアも二人が一緒にいる光景を見るたびに「お似合いだなぁ」と憧れていたものである。
同じ国の貴族令嬢と言っても、メリアローズとジュリアでは、天と地、月とスッポンほどの差が存在している。
だからまさか、ジュリアは自分のような末端の田舎貴族がメリアローズに近づけるとは思っていなかった。
だが、奇跡は起こった。
忘れはしない。その奇跡は、学園の食堂で起きた。
なんと、メリアローズの方からジュリアに声をかけてくれたのだ。
後編は明日投稿予定です。




