44 王子の取り巻き、悪役令嬢に大切なことを伝えたい
「もう……どうするのよこれ…………」
両手に収まらないほどの花束を抱え、逃げ出した裏庭の一角で、メリアローズは大きくため息をついた。
計画は無事に(?)終了し、ジュリアにも謝ることができた。
そうなると、もう悪役令嬢である必要はなくなったので、なんとなく恥ずかしくなってメリアローズは悪役令嬢スタイルをやめたのである。
その途端に、これだ。
朝、登校した途端に、恋文&ポエム朗読&花束の攻撃が待っている。
今や学園の男子生徒の多くが、未来の王と王妃の信頼厚く、それでいて決まった相手のいないメリアローズを射止めようと必死になっているのだ。
メリアローズとしては、恥ずかしいやら面倒くさいやら、まさに穴があったら入りたい、という心境なのである。
もう一回悪役令嬢になり群がる生徒を一喝するべきか、このまま耐えるべきか……メリアローズは悩みに悩んでいたのである。
悪役令嬢を復活させた場合、寄ってくる生徒は減るだろう。だが、それでもへこたれずに「踏んでください!」などと迫ってくる厄介者も存在するのだ。
一体どうすればいいのかしら……と現実逃避しかけたメリアローズの耳に、かさり、と背後の草を踏みしめる音が聞こえてくる。
「……大変そうですね」
てっきりこんなところにまで追いかけてきた求婚者かと思い、メリアローズは身を固くした。
だが、すぐに聞こえてきた声にほっと力を抜く。
「メガネ……」
「メリアローズさん、もう眼鏡はかけてませんってば」
その言葉通りに、そこにはトレードマークの眼鏡を外した王子の取り巻き――ウィレムがいたのだ。
「大変なのはあなたもでしょう? 女生徒にきゃーきゃー言われて」
「メリアローズさんほどじゃありませんよ。少なくとも持てなくなるほどの花束に困るなんてことはありませんし」
メリアローズの手元を見てウィレムがくすりと笑う。
まったくメガネの癖に……とメリアローズはなんだか恥ずかしくなって口を尖らせた。
メリアローズが悪役令嬢スタイルをやめたのと同時期に、何故かこの王子の取り巻きの青年も、がらりと見た目の印象を変化させたのだ。
彼のトレードマークともいえる眼鏡を外し、いつかのデートの時に見せたような、どこか野性味を感じるようなスタイルにイメチェンを果たしていた。
そして、王子が正式に相手を選び涙していた女生徒たちは、すぐに突如現れた伏兵の存在に夢中になったのだ。
メリアローズほどあからさまではないにせよ、今や彼が行く先々で女生徒の黄色い声が絶えないような状況になっている。
そんな状況で、よく平然としてられるわね……とメリアローズは少しだけ呆れたものである。
「帰りはお供しますよ。捨てるわけにもいかないでしょう」
そう言うと、ウィレムはメリアローズの腕から零れ落ちそうになっていた花束を、いとも簡単に掠め取った。
なんとなくその動きを見ていたメリアローズの胸に、ふと疑問が湧いてくる。
ちょうど、この場には二人きりだ。どうせなら聞いてみてもいいだろう。
「……ねぇ、あなたのそれって、どういう心境の変化があったの?」
以前、普段からそういう格好をしてみたらどうか、と提案したときは、なんやかんやで理由をつけられて断られてしまった。
それなのに、何故彼は素顔を晒すことにしたのだろう。
……もしや、彼が以前言っていた「好きな相手」に関係があるのだろうか。
垢抜けたウィレムの姿を目にするたびに、メリアローズは何故だかそのことが気になって仕方がなくなってしまうのだ。
「心境の変化というか……一応、計画は終わりましたからね。目立ってはいけない、『王子の取り巻き役』も終了したということで」
「でも、今もあなたはユリシーズ様の傍にいるじゃない」
「今は自分の意志ですよ。だから、なんていうか……役目が終わって、本来の自分に戻った、という感じですかね」
なんとなく、その感覚はメリアローズにもわからないでもなかった。
メリアローズも同じように、少なくとも外見は悪役令嬢をやめ、元のメリアローズに戻ったのだから。
「それに……負けたく、ないですから」
「えっ?」
「少なくとも、多少の牽制にはなるみたいですからね」
メリアローズの手から次々と荷物を受け取りながら、ウィレムはそんなわけのわからないことを言っていた。
「牽制って……まさか、あなたの好きな相手のことかしら?」
「っ! いつになく鋭い!?」
驚いたように振り返ったウィレムを目にして、メリアローズの心はざわついた。
やはり、彼はその「好きな相手」の為に、こうして外見を偽るのをやめたのだろう。
……何故だろう、少しだけ、苦しい。
「そう……その相手は幸せ者ね」
「……やっぱり、メリアローズさんはメリアローズさんですね」
「……? どういう意味よ」
呆れたようにため息をついたウィレムを見て首をかしげると、彼は急にきょろきょろとあたりを見回し始める。
「……よし、今日こそ邪魔者はいない」
「何を言ってるの……?」
「王子はリネットを選んだんだし、俺が……ても問題ない、問題ない、はず……」
「ちょっと、聞いてるの!?」
一人でぶつぶつと何やら呟き始めたウィレムに詰め寄ると、彼は持っていた花束を地面に落とした。
「ちょっと!」
「すみません! 用が済んだら拾います! だから聞いてください!!」
彼はそう言っていつになく真剣な顔で近づいてくると、どこか性急な様子でメリアローズの手を取った。
その途端、メリアローズの鼓動が大きく跳ねる。
「ゃ、なによ……」
「メリアローズさん、聞いてください。俺は――」
ウィレムの綺麗な翡翠色の瞳は、今やメリアローズを、メリアローズだけを映していた。
彼の視線に捕らわれた途端、メリアローズはその場から動けなくなってしまう。
「ずっと前から言いたかったんですけど、俺は――」
ウィレムの視線に、声に、まるで絡めとられるかのように、彼のことしか見えなくなってしまう。
そして、ウィレムが次の言葉を口にしようとした瞬間――
「バートラム様のばかああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
大地を揺るがすような、ジュリアのとんでもない絶叫が学園中に響き渡ったのであった。
「……」
「…………」
「こっちに、近づいてきてますね」
「そのようね……」
どどど、と段々と近づいてくる田舎娘の足音を聞きながら、メリアローズとウィレムは顔を見合わせて苦笑した。
「ところで、さっき何か言おうとしていたみたいだけど……」
「いえ、その……またの機会に…………」
どこか残念そうに髪をかき上げるウィレムの肩越しに、真っ赤な顔でこちらに走ってくるジュリアの姿が見える。
まだまだ騒がしい日々が続くのね、と、メリアローズは小さく笑みをこぼすのであった。
これにて、(王子の恋を巡る一連の騒動は)完結です!
ここまで読んでいただきありがとうございました!!
……ですが、主人公の恋模様が中途半端で消化不良感が残ってますね。(予定ではもうちょっといちゃいちゃするはずでした……)
私自身かなりもやもやしてるので、ちょっと充電期間を置いて後日談か2章的なのを投稿したいと思います!
それと、メリアローズ以外の人物の視点で見た番外編も書いてみたいと思います!!
ひたすら迷走し続けた作品ですが、感想、メッセージ、ブクマ、評価、誤字報告等くださった方、本当にありがとうございました!!
またお暇なときにでも覗いていただけると嬉しいです!




