43 悪役令嬢、ヒロインに打ち明ける
「それで、話ってなんでしょうか」
きょとん、と首をかしげるジュリアを前にして、メリアローズは緊張を紛らわせるように何度も息を吸った。
王子とジュリアをくっつけるという計画は終わった。
その結果は王子がリネットを選ぶというとんでもないものになってしまったが、メリアローズにはまだやることがある。
このおかしな計画に巻き込んでしまった、ジュリアへの謝罪だ。
演技とはいえ、メリアローズはジュリアに対して何度もひどい事を言ってしまった。
栄えある公爵家の人間が片田舎の男爵家の人間に謝罪するなど、おかしなことなのかもしれない。
だが、メリアローズは、あくまでメリアローズ個人として……この、友人ともいえる少女に謝りたかったのだ。
今この場にいるのは、メリアローズとジュリアの二人だけだ。
覚悟を決めて、メリアローズはゆっくりと口を開いた。
「……なんていうか……なんて言ったらいいのかわかりません」
「……そうでしょうね」
全てを聞かされたジュリアは、明らかに困惑していた。
それも無理はない。
今までの態度は全部、王子とあなたをくっつけるための演技でしたー!……などと言われても、すぐに理解できるわけがないだろう。
「でも……いくら演技とはいえ、私はあなたに酷いことを言ったわ」
「え、酷いこと?」
「ほら、その……貧乏とか、落第するとか……」
もじもじとそう告げると、ジュリアは驚いたように目を見開いた。
「そんな、酷いことって……事実ですよ!」
「えっ!?」」
「私の家ってすごい貧乏ですし、落第すれすれだったのも事実なんですよ。むしろ、メリアローズ様が喝を入れてくれたおかげで助かったと言うか……」
てへぺろ、と舌を出して見せたジュリアを目にして、メリアローズは脱力してしまった。
……うすうす感づいていたが、どうやらこの少女にメリアローズの悪役令嬢アタックは効いていなかったようだ。
「それでも、あなたに酷い仕打ちをしたのは確かよ。その……済まなかったわね」
消え入りそうな小さな声で、メリアローズは確かにそう告げた。
ジュリアは、何も言わなかった。
顔をあげられずにぎゅっと俯いていると、やがて……くすくすと笑い声が聞こえてくる。
思わず顔を上げると、こちらを見ておかしそうに笑うジュリアと目が合ったのだった。
「メリアローズ様でもそんな顔するんですね!」
「ちょっと! どういう意味よそれ!!」
「わわっ! 悪い意味じゃないですよ!! なんていうか、可愛いなって……」
「か、かわいいですって!? あなた何言ってるのよ!!」
混乱してそう叫ぶと、ジュリアはにこりと笑ってみせたのだった。
「やっぱり、そうやってる方がメリアローズ様って感じがします」
「ジュリア……」
「謝罪、ちゃんと受け取りましたから」
それだけ言うと、ジュリアは真剣な表情でメリアローズに向き直る。
「そりゃあ……確かに、複雑な気持ちはあります。でも……」
ごくりと唾をのんで次の言葉を待つメリアローズの前で、ジュリアはまたしてもくすり、と笑ったのだ。
「ちょっと、得しちゃったな、って思うんですよ」
「得……?」
「えぇ、今の話だと……私って、その計画があったからこの学園に入学できたんですよね。そう思うと、やっぱり得だなぁって」
なんてたくましいのだろう、とメリアローズは感心してしまった。
こんなバカげた茶番に巻き込まれた上で、まだそんなことを言えるとは、やはりこの少女は大物なのかもしれない。
「この学園に入れたからこそ、メリアローズ様や皆さんに出会えたってこともありますし。計画が終わったから退学しろ……なんてこともなさそうですし!」
したたかに笑うジュリアを見て、メリアローズは苦笑してしまった。
転んでもただでは起きない、とでもいうように、ジュリアは目を輝かせてこの学園に入学できたことについて感謝していたのだ。
「もし私がここに入学していたとしても、その計画っていうのがなかったら、メリアローズ様にこうしてお近づきになることもなかったと思うんです」
「ジュリア……」
「だから……これはこれで、よかったのかな、と」
だから、もう気にしなくていい。
言外に、ジュリアはそう告げていた。
思わず目頭が熱くなったのを隠すように、メリアローズはうつむく。
そんなメリアローズの気を知ってか知らずか、ジュリアはぺちゃくちゃと喋り続けていた。
「でも、驚きましたよぉ。まさか王子様が私を好きだなんて、そんな風に思われていたなんて!」
「その、あなたは……そうではなかったの?」
「そんなまさかぁ! 王子様は素敵な方ですけど、私なんかじゃとてもとても釣り合いません! 王子とメリアローズ様はお似合いだってずっと思ってたんですけど、リネット様と王子が並んでるのを見ると、不思議と『これだ!』って思っちゃうんですよねー」
……なんだ、やはりジュリアにもその気はなかったのか。
まったく、誰が最初にそんな傍迷惑な勘違いをしたのかしら、と、メリアローズは少し呆れてしまう。
「そう、じゃあバートラムのことは――」
「知りません」
「えっ?」
「知りません、バートラム様なんて!!」
先ほどの機嫌のよさそうな態度とは一変して、バートラムの話を出した途端ジュリアはぷい、とそっぽを向いてしまった。
そのまま子供のようにむくれる彼女を見て、メリアローズは驚いた。
いつもニコニコとのん気な笑みを絶やさないジュリアが、まさかこんな態度を取るなんて。
……裏を返せば、それだけバートラムの存在は、彼女の心を揺さぶっているのだろう。
――やっぱり、骨が折れそうね。
ジュリアの態度を軟化させられるかどうかは、今後のバートラムの努力次第だろう。
まぁ精々頑張りなさいよ、と、メリアローズは心の中で元当て馬役の青年にエールを送るのだった。




