41 実働部隊、なんとなく再集結する
――あの、運命のダンスパーティーから数日
ユリシーズ王子がヴィシャス伯爵家の令嬢を選んだという話は、瞬く間に学園内に、そして社交界に広まった。
だが、それと同時に影の立役者である、とある人物も脚光を浴びることになったのである。
「でも驚きましたわ。まさかメリアローズ様が……」
「王子との婚約はすべて演技だったんですって!」
「王子とリネット様の仲を取り持ったのも、メリアローズ様だってお話でしょう?」
……まずい、ここは通れそうにない。
ぺちゃくちゃと噂話に花を咲かせる女生徒を前に回れ右をして、メリアローズは音を立てないように建物の影へと逃げ込んだのだった。
――まったく、これじゃあろくに学園内も歩けないじゃない。
ふぅ、と小さく息を吐いて、メリアローズは穏便に目的地へとたどり着けるルートの再考を始めた。
あのダンスパーティーの場で、ユリシーズ王子はリネットを最初に踊る相手……パートナーに選んだのだ。
ジュリアでもメリアローズでもなく、リネットを。
そのことについてメリアローズは驚いたが、今は穏やかな気持ちで受け入れられている。
リネットは気立てが良く、それでいて芯の強い少女だ。
ユリシーズがリネットを選ぶのもわからなくはない。わからなくはないのだが……
「私のことは放っておいてくれないかしら……!!」
メリアローズの婚約者であるはずの王子は、メリアローズではなくリネットを選んだ。
となると、メリアローズはなんだったのか?と人々は疑問に思うものである。
そんな中、とある噂がまことしやかに囁かれるようになったのだ。
――メリアローズはリネットやジュリアを守るために、あえて憎まれ役を演じていたのだ
ダンスパーティーの終盤、メリアローズの今までの悪行について聞かれたジュリアが、
「そんな、誤解です!! メリアローズ様はすごくお優しくて素敵な方なんです!!」
と大声で叫んだのが悪かった。
一気に注目を浴びたメリアローズは耐え切れなくなり、まるで真夜中の鐘が鳴ったシンデレラのごとくその場から脱走したのであった。
そして、一夜明ければ王子とリネットを結び付け、影でジュリアを支えていたメリアローズの美談が、学園中を駆け巡っていたのである。
「冗談じゃないわよ……」
少し前までノリノリで高笑いを繰り返していた悪役令嬢が、実はとってもいい人でした!……なんて、周りからすれば笑いの種なのかもしれない。
だが、張本人からすればどんな顔をして皆の前に出ていけばいいのかわからないのである。
顔から火が出そうになるのをなんとかこらえて、メリアローズはこそこそと学園内を進んでいく。
目指すのは誰もいない部屋。
そこで時間を潰し、ひとけがなくなったらダッシュで帰ろう。
そう決意して、メリアローズはそっとその部屋の扉を開ける。
すると、そこには……
「おっ、お優しい悪役令嬢様の登場だ!」
「ぎゃああぁぁぁ!!!」
誰もいないと思っていた部屋から声がした。
驚きのあまりとっさに投げつけてしまった鞄は、見事にニヤニヤと笑ってメリアローズを迎えた男――バートラムの顔面に命中したのだ。
ぱたりとバートラムが背後に倒れた途端、ぱちぱちと力強い拍手がメリアローズの元に届く。
「さすがはメリアローズ様! ナイスコントロールです!!」
「うわぁ、学園ナンバー2のイケメンも形無しだな……」
メリアローズを褒めたたえるリネットの声と、呆れたようにバートラムをつつくウィレムの声が聞こえ、メリアローズはぱちくりと目を瞬かせた。
「…………あなたたち、こんなところで何をやっているの?」
メリアローズがやって来たのは、「王子の恋を応援したい隊」が作戦会議に使っていた、お馴染みの部屋だった。
ちなみにここは、学園内の使用されていない一室を、マクスウェル公爵家の力で手に入れたものだ。
中にソファーや本棚を運び込んで、優雅なリラックス空間へと変わっている。
ついでに壁紙や絨毯もメリアローズ好みのものに変えるという大胆リフォームを行い、今やメリアローズの第二の私室のようにすらなっていたのだ。
もう、王子とジュリアをくっつけるという作戦は終了した。
それなのに、三人はいったいここで何をやっているのだろう。
「いや……なんとなく、自然に足がここに向いていて」
「そうかぁ? メガネはここに来れば誰かさんに会えると思ったんじゃ……いたたたた! ギブギブ!!」
少々気まずげに視線を逸らしたウィレムを、復活したバートラムがニヤニヤしながらからかっている。
まったく、バートラムはまだウィレムがリネットのことを好きだと思っているのだろうか。
さすがに情報が古いわ、とメリアローズはため息をついた。
……いや、問題はそこじゃない。
バートラムにサソリ固めを決めるウィレムから目を逸らし、メリアローズは明らかにここにいてはいけない人物――リネットへと向き直った。
「リネット! あなたここで何やってるの!!」
「はい! 皆様にお茶を淹れようと」
「あらありがとう。……ってそうじゃないでしょう!!」
いつものようにリネットが淹れてくれた紅茶を受け取ったところで、メリアローズは我に返る。
その視線の先では、リネットがいつものようにニコニコと笑っていたのだ。
「リネット! あなた、王子はどうしたの!?」
王子はリネットを選んだ。
その渦中の人物である彼女は、今頃いろいろなことに忙殺されているはずではないか。
少なくとも、こんなところでのん気にお茶を淹れている暇はないはずだろう。
そう告げると、リネットの笑みが固まる。
そして、彼女はそのままずるずると床に座り込んでしまった。
「……現実逃避、したいんです」
「逃げちゃだめよ」
「うぅ……やっぱり無理ですよ! メリアローズさまぁ!!」
視線を合わせるように屈みこむと、リネットが泣きついてきた。
半泣き状態のリネットをよしよし、と宥めながら、メリアローズは小さくため息をつく。
いくら王子に恋い焦がれその隣に立つことを望んでいたとしても、やはり王太子妃候補に待ち受けるアレこれからは、逃げ出したくなるものなのだろう。
幼い頃から教育を受けていたメリアローズですら、できれば回避したいのだ。
青天の霹靂で王子に選ばれたリネットからすれば、それこそ現実逃避したくなるようなものなのだろう。
「やっぱり私なんて場違いですよぉ……!」
「ほらほら、泣かないの。私も一緒に行ってあげるから、王子の所に行きましょう」
「……はい」
これは骨が折れそうね、とメリアローズは嘆息した。
それでも、リネットはこれまで陰ひなたなくメリアローズをしっかり支えてくれたのだ。
今度は、メリアローズがリネットを支える番だろう。
「まぁまぁそう焦らずに、せっかくリネットが淹れてくれたんだし、茶くらい飲んでこうぜ?」
「……バートラム、あなた余裕そうな顔してるけど、ジュリアはどうしたのかしら?」
バートラムは紅茶を片手に、勝手に菓子を引っ張り出そうとしている。
そんな彼にちくりと問いかけると、彼の動きが止まった。
その反応で、メリアローズはなんとなく状況を察する。
「…………避けられてる」
「あらぁ……」
こちらも、まだまだ時間がかかりそうだ。
項垂れるバートラムを見て、メリアローズは苦笑した。
「いいじゃないですか。僕たちの作戦は終わりましたけど、たまにはこうやって集まってダラダラするのも」
よいしょ、とソファに腰かけたウィレムがそう呟いた。
あのダンスパーティーを期に、王子を巡る、メリアローズ達の関係は大きく変化した。
それでも……この腐れ縁は、しばらくは続いていきそうだ。
そのことに、不思議と安堵する。
ちらりとウィレムの方に視線をやると、何故か彼もこちらを見ていたらしく、ばっちりと目が合ってしまった。
その拍子に驚いたようにゲホゲホと咳き込む彼を見て、メリアローズはそっと微笑んだ。




