40 王子の取り巻き、弁解する(後)
王子とリネットは、ただただ幸せそうに見つめ合い、ゆっくりとステップを踏んでいる。
――まるで、二人だけの世界ね……。
悔しいとは感じない。
その幸せそうな光景を見ていると、不思議とメリアローズの胸も暖かくなってくるのだった。
ユリシーズはよくわからない人間だが、先ほどのリネットに対する態度は、いつになく真摯だった。
きっと彼ならば、これからもリネットを守り、支えてくれることだろう。
だが、ふいに疑問が湧いてくる。
「でも……どうしてリネットは泣いていたの?」
メリアローズの知るリネットは、穏やかだが芯の強い少女だ。
そんな彼女がこっそり一人で泣くなんて、いったいどんな辛いことがあったというのか。
もしや誰かにいじめられたのだろうか。だとしたら許さないわ、と燃え上がりつつ、メリアローズはウィレムに問いかける。
するとウィレムは、王子とリネットの方に視線をやり、小さく笑った。
「まぁ、よくある……恋の悩みってやつですよ。リネットは王子に惹かれ始めていたけど、あなたのことや、この計画の意義を考えると、とてもじゃないけど叶うはずがないと思ってたんでしょう」
「……私には、そんなこと一言も言わなかったわ」
「そりゃあ、リネットはメリアローズさんの熱烈なファンですからね。あなたをわずらわせたり、悩ませたり困らせたりするようなことは口にできなかったんでしょう」
「むむむ……」
そういうものなのだろうか。メリアローズとしては、リネットの相談ならどんな内容でもばっちこいなのだが。
そんなことを考えつつ王子とリネットを眺めていると、やがて二人に釣られるようにして、少しずつ生徒たちがダンスフロアに出て、踊り始めていた。
そういえば今日はダンスパーティーだった。メリアローズはやっとそのことを思い出したのである。
ちらり、と傍らのウィレムに視線をやると、彼は満足そうに踊る王子とリネットの方を眺めていた。
……彼は、だれか相手を誘わなかったのだろうか。
「……そういえば、あなた好きな相手がいるって言ってたわよね」
「えっ!? それは……」
「リネットじゃないなら……誰だったの?」
てっきり彼が好きなのはリネットだと思っていたが、先ほどの話を聞く限りはそうでもないようだ。
だとしたら、誰なのだろう。
「……もう、計画は破綻したのよ。あなたも遠慮なく、その相手を誘ったらどうかしら」
何故だか少し胸が痛むのを感じながら、メリアローズはそう口にした。
王子とリネットがうまくいき、大臣たちもそれを祝福したのだ。つまり、もうメリアローズ達「王子の恋を応援したい隊」の任務は終了だと考えてもいいだろう。
「いえ、それはその……」
何故か歯切れの悪いウィレムが、ちらちらとメリアローズの方に視線を向けてくる。
「……なによ。私なら大丈夫よ。優雅に壁の花になってやるわ」
「いや、そうではなくてですね。その、俺は――」
そして、ウィレムが続きを口にしようとした途端――
「メリアローズ様!!」
どどど、という足音と共に、メリアローズの前にやたらとキラキラ顔を輝かせた男子生徒が数人、現れたのだ。
彼らはメリアローズの前に跪き、やたらとウキウキした表情で顔を上げた。
「王子とリネット嬢が結ばれたということは、メリアローズ様はもう王子の婚約者ではないんですよね!?」
「ま、まぁ……そうなるかしら……」
いったい彼らはなんなのかしら、とどぎまぎしつつそう答える。すると、彼らは一斉にメリアローズに向かってびしっと花束を差し出したのだ。
むせかえるような三つの大輪の薔薇の花束に、メリアローズは面食らってしまった。
「だったら、俺と踊ってください!」
「僕を蹂躙してください!!」
「いや、私を踏みつけてください!!!」
「え…………」
メリアローズは引いた。
かつてないほどにドン引きした。
いったい彼らの間で、自分はどんなイメージになっているのだろうか……。
そう考えて気が遠くなりかけた時、ウィレムが彼らとメリアローズの間に割って入って来たのだ。
「なんだお前らは。散れ!」
ウィレムがしっしと花束を差し出す貴公子たちを追い払おうとする。
すると、彼らはぶーぶーと文句を垂れ始めたのである。
「おい、なんだよメガネ。邪魔すんな」
「お前は『やっぱ権力には逆らえないですよね派』だろ!?」
「そうだそうだ! お前はメリアローズ様のなんなんだよ!!」
「お、俺は……」
彼らに問い詰められたウィレムは、しどろもどろになりながらそっとメリアローズの方を振り返る。
……ウィレムは、メリアローズのなんなのだろう。
そう考えて、メリアローズは一歩足を踏み出す。
そして、そっとウィレムの手を取った。
「メ、メリアローズさん!?」
「ふふ、彼はわたくしの騎士なのよ。ねぇ?」
いたずらっぽく片目を瞑ってみせると、ウィレムは呼応するように何度も頷いた。
「と言う訳で皆様、失礼いたしますわ」
呆気にとられる貴公子たちに会釈し、そのままウィレムを引きずるようにして、メリアローズはダンスフロアに足を踏み出した。
その実、もうどうにでもなーれ、という気分だったのである。
「……踊るんですか? 俺と?」
「まさか、今更断ってレディに恥をかかせるような真似はしないわよね?」
「も、もちろん……! 光栄です…………」
少なくとも、二人で踊っている間は誰もメリアローズとウィレムの間には入れない。
この瞬間だけは、何もかもを忘れて楽しもう。
二人で見つめ合い、手を取って、そっと音楽に乗ってステップを踏む。
「あら、意外とうまいのね。あなた」
「相手がメリアローズさんだからですよ。あなた相手なら、どんな奴でもダンスの達人になったような気がするって評判ですから」
「なによそれ」
軽口を叩きながら、互いを目に映して、二人は踊り続けた。
今メリアローズの頭からは、このダンスパーティーで最初に踊る相手がどんな意味を持つか、ということは、すっかり頭から抜けていたのである。
ただただ、純粋にこの時間を楽しんでいたのだ。




