4 悪役令嬢、当て馬と取り巻きと作戦会議に興じる
大臣の説明によると、やはりここに集まった四人が「王子の恋を応援したい隊」の実働部隊のようだ。王子と同時期に学園へ入学し、うまく王子と例の娘をくっつける役割を担う者たちなのである。
「貴女とご一緒できるとは光栄です。メリアローズ嬢」
そう言って立ち上がった華やかな青年が、メリアローズの前に跪き、恭しくその手を取って軽く口付けた。
鳶色の髪に、海のように深い蒼の瞳。至近距離で微笑まれたら誰でもうっとりと見惚れてしまいそうな青年だ。
「当て馬役に任命されました、メイヤール侯爵家のバートラムと申します」
「メイヤール侯爵家……あぁ、聞いたことがあるわ。跡取り息子が大変な女性好きで、当主様がたいそうお困りだとか」
「なんだ、知ってんのか」
その途端青年はがらりと空気を変えあっけらかんとそう言うと、立ち上がりぺろりと悪戯っぽく舌を出して見せた。
物語において、ヒーローに横恋慕しヒロインとの仲を引き裂こうと躍起になるのが悪役令嬢だ。
だが、それに加えてヒロインに好意を寄せアタックを仕掛ける、ヒーロー以外の男性キャラが登場することも多い。彼らも悪役令嬢と同じように最後はヒーローとヒロインの真実の愛に敗北し立ち去るのだが、女性向けの物語において当て馬はある種のオアシスでもあるのだ。
ヒーローとの険しい恋に打ちひしがれるヒロインの前に颯爽と現れ、甘い言葉を囁く見目麗しい男性キャラ……。最後はヒーローとくっつくとわかっていても、読者にとってはヒロインに優しく接してくれる当て馬は、ヒーローほどではないにしろ、好感度の高い人物となりえるのだ。
悪役令嬢が悲惨な最後を迎えるのに対し、当て馬はヒロインやヒーローとの不変の友情を築いたり、人知れずヒロインを思い続けたり、もしくは脇役の女性キャラと結ばれるというパターンも存在する。
悲惨な最後が待ち受けている悪役令嬢から見れば、羨ましいことこの上ない役柄なのである。
目の前のバートラムは、そんないかにもイケメン「当て馬」役、といった雰囲気を醸し出していた。
「私が王子に纏わりつき、あなたはヒロインに纏わりつくと言う訳ね」
「纏わりつくとは人聞きの悪い、俺はもっとスマートに近づいて見せるさ」
「これこれバートラム殿。貴殿の役目はあくまでも『当て馬』であって、本気でその娘に惚れられるようなことがあってはならないんですぞ!」
「はいはい、わかってますよ」
大臣に注意されたバートラムは肩をすくめると、メリアローズに意味ありげに視線を送ってきた。
どうやら彼もメリアローズと同じく、この状況を楽しむ気満々のようだ。
次に立ち上がったのは、控えめな雰囲気の令嬢だった。
落ち着いたブルネットの髪に、優しげな色を湛えたヘーゼルの瞳の上品な少女だ。
「初めまして、メリアローズ様。ヴィシャス伯爵家のリネットと申します」
そう告げた令嬢――リネットはちょこんとドレスの裾を持ち上げて、上品な礼をして見せた。
「私は『悪役令嬢の取り巻き役』と栄誉ある役割を拝命いたしました」
「なるほど、すると私と貴女はともに行動することが多くなりそうね」
「えぇ、メリアローズ様のような素敵な方とご一緒できて誇らしいですわ」
悪役令嬢には取り巻きが必要である。
時に悪役令嬢を称賛し褒めたたえ、時に悪役令嬢の命に従いヒロインに嫌がらせを行い、悪役令嬢の手となり足となり馬車馬のように働く縁の下の力持ちなのである。
目の前のリネットは物語に出てくるような悪役令嬢の取り巻き、としては少々威圧感が足りないような気がするが、その分はメリアローズが補ってやればよいだろう。
最後にメリアローズに声をかけてきたのは、眼鏡をかけた地味な青年だった。
「初めまして、ハーシェル伯爵家のウィレムと言います」
「それで、あなたは何の役目を与えられたのかしら?」
にっこりと笑ってメリアローズがそう問いかけると、ウィレムは若干ばつが悪そうに口を開いた。
「……王子の取り巻き役、です」
「あらぁ」
なるほど、それで彼はこんなにも地味な装いをしていたのか、とメリアローズは納得した。
ユリシーズは人望に厚い王子である。放っておいても彼には嫌というほど取り巻きができるだろうが、だからこそその中に潜入し、うまく情報を入手すると同時に彼らをある程度コントロールする役割が必要なのだろう。
取り巻き、というからには王子を食ってしまうような、例えばバートラムのような派手な人物では不適当である。その点、目の前のウィレムはいい線をついている、とメリアローズは感心した。
彼は確かに地味だが、リネットと同じく控えめな上品さを持ち合わせているようだった。
眼鏡に視線を吸い寄せられがちだが、その顔立ちは整っており、身に纏う衣装も派手ではないが好印象を与えやすいものである。
王子やバートラムと比べれば華やかさでは劣ってしまうだろうが、その分うまく周囲に溶け込めるだろうし、決して王子の取り巻き役として恥ずかしいような青年ではなかったのだ。
さて、三人の紹介が終わったところで、次はメリアローズの番だろう。
「ぇぇ、よろしくお願いいたします。皆様方。あらためて……悪役令嬢役を拝命いたしました、マクスウェル公爵家のメリアローズと申します」
少しの間悪役令嬢モードを解除して、元の公爵令嬢メリアローズとして三人に会釈をする。
すると、三人は意外そうな表情を浮かべた。
「あら、なにか?」
「いや……なんかその格好で普通にされると、ものすごい違和感が……」
若干顔をひきつらせたバートラムにそう指摘されて、メリアローズはなるほど、と己の格好を振り返った。
強く巻かれた縦ロール、見るものを威嚇するような派手なドレス、ゴテゴテの扇子などなど……。
確かに、THE・悪役令嬢という格好のメリアローズがごく普通に振舞えば、見た者からは逆に違和感が生じるのかもしれない。
ならば……
「あら、よくってよ。こっちの方がお好みなら、あなたのお望みどおりにしてあげましょうか?」
扇子の先でくいっとバートラムの顎を持ち上げると、彼はにやにやと笑っていた。
「やっぱり、その格好だとそっちのがいいわ」
「奇特な人ね……」
◇◇◇
メリアローズ達四人は来年の春、ユリシーズ王子、そして王子の意中の娘と共に王立ロージエ学園に入学することとなる。
ロージエ学園は元々王家の人間に社交性を養わせるために、と創立された由緒正しい学園であり、そこに通うものは良家の子女に限られている。
そして、学園での人間関係はそのまま卒業後の社交界に持ち越されることとなるのだ。
学園の中でも当然身分による上下関係は存在するが、それもその後の貴族社会に比べれば、学園内という空間の特殊性のおかげか随分と緩いものになる。
つまり、通常ではまったく縁のないであろう相手と出会い、交友関係を結ぶことも可能となっているのである。
そのため貴族令嬢たちはよりよい結婚相手を、と血眼になり、貴公子たちは少しでも権力者とのコネを作ろうと躍起になるのである。
「おそらく、次年度に入学する者の多くが少しでも王子に近づこうと必死になっていることでしょう。皆様には、そんな状況の中うまく王子と例の娘を結ばせるように動いていただきたいのです」
「なるほど、私は牽制役といったところかしら」
大臣の説明に、メリアローズは納得し頷いた。
王子に特定の相手がいない場合、令嬢たちは必死に王子の目に留まろうとなりふり構わずアタックを仕掛けることが想定される。田舎出身の弱小貴族の娘など、すぐに蹴散らされてしまうだろう。
しかし、メリアローズが悪役令嬢として女生徒たちの頂点に君臨すれば、彼女らも勝手な動きがとれなくなるだろう。権力を欲するものは権力に弱い。
マクスウェル公爵家に睨まれる危険を冒してまで、王子に近づこうとする女生徒はそこまで多くはないだろうと予測できた。
「えぇ、メリアローズ嬢とリネット嬢には、うまく周りの女生徒たちを牽制していただきたいのです」
そうして軒並みライバルを排除したうえで、メリアローズは例の田舎娘―ーヒロイン役との一騎打ちを演じるのだ。
メリアローズがヒロインに辛く当たれば、彼女は周囲の同情を得ることができる。メリアローズが憎まれ役を演じることで、本来なら嫉妬される立場の彼女をうまく救ってやることができるのだ。
「王子と娘は惹かれあう者同士……しかし、そこで恋のスパイスとしてバートラム殿の登場です」
「うまくその子を誘惑すればいいんだろ? そういうのは得意だから任せときな」
「それだけではありません。あなたは当て馬役として娘に近づき、時に彼女を守りフォローすることが求められているのです」
「なるほど」
しかし、最初からバートラムが出張ってはうまく王子とヒロインが近づけない可能性もあるのでは、という意見も挙がった。
そこで、バートラムがヒロインに近づくのはある程度王子とヒロインが親密になってから、という密約が取り交わされたのである。
「おいおい、それまで俺が暇じゃねぇか」
「そのくらい我慢されてはいかが? まるで『待て』のできない駄犬のようなことをおっしゃるのね」
「……やべぇ、癖になりそう」
「ちょっと、やめてよ!」
バートラムが少し熱っぽい瞳でこちらを見つめてきたので、メリアローズは思わず震えあがった。
そんな二人の様子など知ったこっちゃないという態度で、大臣は説明を続けている。
「そしてウィレム殿には、王子のお傍に侍りうまく王子が娘を気にかけるよう誘導していただきたいのです」
「でも、王子は元々その子が好きなんですよね? だったら俺が動くまでもないのでは?」
「まぁ、それは万が一ということもありますから。それに、王子の周囲の情報収集などもあなたの役目となりますゆえ」
「あぁ、そういうことですか」
それぞれの立ち位置を確認したところで、四人+大臣は徹底的に作戦を練った。
熾烈な作戦会議は長時間に及んだ。
これは絶対に失敗のできないミッション、国の未来を左右する一大プロジェクトなのである。
段々と夜も更け、彼らのテンションはおかしな方向に転がり始めていた。
「そこで私が、ヒロインに池の鯉を食べさせようとするんですね!」
「そんな中颯爽と俺が現れて、彼女をお姫様抱っこで救出すればいいんだろ?」
「えぇ、その通りです! もっと過激でもいい!!」
事実は小説よりも奇なり、と言っても限度があるのではないか。
リネットとウィレムはそう思わないでもなかったが、テンションの上がった大臣、悪役令嬢、当て馬を前にそんなことは言い出せなかったのである。
のちにこのことを大きく後悔することになるとは、この時点で彼らは思いもしなかったのである。
そして、ある程度の作戦指示書が出来上がる頃には、もう夜を超え空が白み始めていた。
「うふふ、朝帰りなんてお父様に怒られてしまいますわ……」
「おい、化粧が落ちて化け物みたいになってるぞ」
「あら、もっとヒロインに言うみたいに言ってちょうだい」
「夜更かしはお肌の天敵だぜ、子猫ちゃん? 可愛い顔が台無しだ。君はそんな派手な化粧なんてしなくても可愛いんだからさ、もっと自信持てよ」
「あは、あはははははは!」
睡眠不足がたたったメリアローズは、そのまま5分ほど壊れた人形ように笑い続けた。
そして、そのまま力尽きテーブルに倒れ伏したのである。
「ちょ、大丈夫ですか!?……って寝てるし……」
「むにゃ……この雌犬が…………」
「すげぇ、夢の中でまで悪役令嬢になってやがる」
大臣はメリアローズの熱意に涙し、バートラムとリネットは一種の畏怖を覚えた。
そしてウィレムは少々先行きに不安を感じ、この作戦に参加したことを後悔し始めていたのである。