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36 王子、決断する

 対称的な紅と蒼のドレスを身に纏った二人の令嬢の登場に、生徒たちはどよめいた。


「あれは……ジュリア!?」


 普段は飾り立てない清純なジュリアだが、今日は違う。

 艶やかな蒼のドレスに身を包んだジュリアは、華やかさが加わりその純真な魅力を存分に引き出している。

 さなぎが蝶へと変わったかのような、田舎娘の大変身に、生徒たちの視線が釘付けになる。


「それに……メリアローズ様!?」


 ジュリアの隣のもう一人……艶やかな紅のドレスに身を包むのは、学園の女王であり悪役令嬢でもある、メリアローズだったのだ。

 目の覚めるような鮮やかな紅のドレスは、確かに派手だと言えるだろう。

 だが、彼女はその大胆なドレスを存分に着こなしていたのだ。

 派手ではあるが、下品ではない。どこか上品な色気が漂ってくるようですらあった。

 そんな危うげな魅力を放つメリアローズの登場に、普段は悪役令嬢の存在に秘かに異を唱えるものですら、目を奪われずにはいられなかったのだ。


 彼女たちは堂々と足を踏み出し、ホールの中央へと進み出た。

 そして、じっと二人の動向を見守っていた、ユリシーズ王子の前に並び出たのだ。


「……お待たせいたしました、ユリシーズ様」


 王子と、その婚約者である悪役令嬢。

 そして王子の真の想い人であるジュリアが舞台の上に揃ったのだ。

 それを理解した途端、生徒たちははっと息をのんだ。


 ――悪役令嬢メリアローズか、ヒロイン(ジュリア)


 今ここで、彼らの関係に決着がつこうとしているのだ……!



 ◇◇◇



「とにかく私の動きに合わせなさい」と言い含めた通り、ジュリアは黙ってメリアローズと共に王子の前までやってきてくれた。

 その表情からは「なんで私ここにいるんだろう」という困惑が読み取れたが、さすがに王子に告白されれば彼女も事態を理解するであろう。

 全生徒の視線をばしばしと感じながら、メリアローズはそれとなく周囲を見回した。

 そしてその中のとある一点で、よく見慣れた顔を見つけて、メリアローズはそっと口元を緩めた。


 清楚な、それでいて上物である若草色のドレスに身を包んだリネットの左右に、ウィレムとバートラムが呆気にとられたような表情でこちらを凝視していたのだ。

 リネット自身も、驚いたように目を見開いてメリアローズの方を見つめている。

 そんな彼らに微笑みかけ、メリアローズは王子の方に向き直った。


 ……大丈夫、私がちゃんとけりをつけてみせるから。


「遅くなって申し訳ございません、ユリシーズ様」

「何かあったのではないかと心配したよ、メリアローズ、ジュリア」


 王子が少し困ったように笑う。

 メリアローズは覚悟を決めて、ゆっくりと口を開いた。



「さぁ、選んでくださいまし、ユリシーズ様。あなたが最初に踊るのは……あなたの、これからのパートナーとなるのは誰なのかを」



 メリアローズがよくとおる声でそう告げた途端、ホールは水を打ったようにしんと静まり返った。

 今や、全生徒がメリアローズ達の動向に注目していたのだ。

 メリアローズの言葉を受けて、ユリシーズは逡巡するように眉を寄せた。


「……メリアローズ、僕は…………」

「……王子」


 見守る生徒たちに聞こえないように、小さな声で……メリアローズはユリシーズに語り掛けた。



「……あなたは、あなたの思うままに」



 小さくそう告げると、ユリシーズは驚いたように目を見開いた。

 そして、目を細めて笑ったのだ。



「……ありがとう」



 それは、聞こえるか聞こえないか程の小さな声だったが、メリアローズの耳にはちゃんと届いていた。

 ……彼は、ちゃんと覚悟を決めたのだろう。

 それを悟って、メリアローズはそっと微笑んだ。


「……メリアローズ」


 今度は見守る観衆たちに聞こえるような声で、王子はメリアローズに呼びかけた。


「はい、ユリシーズ様」


 メリアローズは背筋を伸ばして、彼に向き直る。

 これは悪役令嬢としての一大舞台なのだ。精一杯、演じ切らなければ。


「君は素晴らしい女性だ。君とならば、僕はこの国を統べる王として、皆が最も望む形を実現できるだろう。それでも……」


 ユリシーズはそこで一旦言葉を切ると、少しだけ迷いを見せるようにに目を伏せた。


「それでも、許されるのなら……僕は、僕の心のままに生きてみたいと思う」


 ユリシーズはまっすぐにメリアローズを見つめている。

 メリアローズも彼を見つめ返し、そっと小さく口を開いた。


「……それで、いいのです」


 あなたの幸せが、私たちの幸せ。

 だから、あなたはあなたの思うままに進んでください、と。


 見守る生徒たちには聞こえていないだろうが、ユリシーズにははっきりと届いたようだ。

 ユリシーズはメリアローズに向かって深く頷くと、今度はおろおろと状況を見守っていたジュリアの方へと視線を向けた。


「……ジュリア」

「は、はいっ!」


 ジュリアがひっくり返った声で返事をすると、ユリシーズはくすりと笑う。


「君は、僕に自由を教えてくれた。君と出会って、僕は変わることができたんだ。草原を自由に駆け回る君を見て、僕は初めて、僕の望むように生きてみたいと思えたんだ」

「ユリシーズ様……」


 ユリシーズとジュリアは、真摯な瞳でただお互いだけを見つめている。

 その二人の間に通じ合うものを見て、メリアローズは内心で微笑んだ。


 ……これで、王子とヒロインは身分違いの恋を成就させて、文句なしのハッピーエンド。

 そんな展開が待っているのだ。

 メリアローズの悪役令嬢としての苦労も、やっと報われる。



「僕が、僕がこれからも隣で、ともに歩みたいと望むのは……」



 さぁ王子よ、ダンスホールの中心でヒロインへの愛を叫ぶのだ!!










「リネット! 君だ!!」










 ………………え?

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[一言] はあ!? だからリネット、泣いてたの!?
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