33 悪役令嬢、ヒロインを着飾る
「……うん、やっぱり青ね」
試行錯誤した出来栄えを眺め、メリアローズは満足げに頷いた。
その視線の先では、ジュリアが頬を真っ赤に染めて、おそるおそるといった様子で身に纏ったドレスの裾を摘まみ上げていたのだ。
詳細な相談は仕立て屋が来てからになるだろうが、メリアローズはある程度どんなものがジュリアに似合うのかを確認しておきたかった。
まばゆい金髪に、澄んだ空色の瞳。
素材は悪くない。それどころか、磨けば誰もが振り返るようになる、極上の宝石へと成長するであろう。
とりあえずメリアローズが所有するドレスを片っ端から着せていき、その中でどんなものが似合うのかを見定めていく。
そして、メリアローズとメイドたちの満場一致で「これだ!」となったのが、まるで波寄せる海をそのまま写し取ったかのような、鮮やかな青色のドレスだったのだ。
「素敵! 人魚姫みたいです!!」
「さすがはお嬢様のご友人ですね!!」
メイドたちに褒めちぎられて真っ赤になったジュリアは、「友人」という言葉が聞こえた途端にはっと顔を上げた。
「ご、ご友人……!!」
「違うわ、ライバルよ」
「メリアローズさまぁ……!」
涙目になるジュリアを軽く諫めつつ、メリアローズは次に装飾品の選定に移り始めた。
ちなみにこのドレスは、昨年のマクスウェル公爵が主催した正餐会でメリアローズが着用したものである。
だが、どちらかというと紅がかったメリアローズの髪に、このドレスを合わせるのは非常に難しい。
一歩間違えれば、とんでもなくちぐはぐな印象を相手に与えることになるのだ。
そう言った事情もあり、それから一回も袖を通していなかったのだが、今のジュリアにはまるであつらえたようにぴったりだった。
新しく仕立てるのは当然として、このドレスもジュリアにあげてもいいのかもしれない。
ふと、メリアローズはそんなことを考えた。
念入りに吟味し、ジュリアに似合う装飾品を選んでいく。
大粒のサファイアの周りに、小さなダイヤを散りばめさせた輝くネックレス。
清純さを象徴するかのような、きらめく純白の真珠が何連にも織りなされるブレスレット。
鳥の羽をモチーフとした、品の良い金の髪飾り。
「……よし、いい感じね!」
「ジュリア様、仕上げに入りますね!!」
マクスウェル公爵家選りすぐりのメイドたちが、今のジュリアのドレスや装飾品に最も映えるように、化粧を施し髪をまとめていく。
ジュリアはそれこそ着せ替え人形のように、ただ目をぱちくりと瞬かせて固まっていたのだった。
そして出来上がった姿を見て、メリアローズは思わず感嘆の声を漏らしてしまった。
「これが、私……?」
ジュリアも鏡に映る自身の姿が信じられないといった様子で、そっと頬に手を当てていた。
そこには、どんな高貴な姫君にも負けないであろう、まばゆい輝きを放つ生まれ変わったジュリアがいたのだ。
――これなら、王子の隣に並んでも遜色はないわね。
メリアローズは自らの見立てに満足した。
今のジュリアならば、堂々と王太子妃として皆に認められるであろう。
なんだかんだ言っても、見た目の威厳というものは大切なのである。
これならば、ジュリアの出自に文句をつけようとする輩を、怯ませることもできるだろう。
「自信を持ちなさい、ジュリア。今のあなたは私のライバルにふさわしいわ」
「そんな、メリアローズ様……!」
「だからこそ、もっと磨きをかけないとね」
もちろん、メリアローズのお古のドレスでダンスパーティーに出席させるつもりはない。
イメージが掴めたところで。新たにドレスを仕立てるのだ。
そう燃え上がったところで、控えめに部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「お嬢様。マダム・エイプリルのお越しです」
「あら、もう来てくれたの。すぐに通して頂戴」
マダム・エイプリルの名に居並ぶメイドがわっと湧き立った。
それもそのはずだ。彼女は、王都の少女なら名を知らぬものはいないというほどの、一流の仕立て屋なのだから。
そして、優雅に腕を組むメリアローズと、緊張して固まるジュリアの前に、その女性は現れた。
「御機嫌よう、レディ・メリアローズ。あら! そちらのプリンセスはどなたかしら?」
颯爽と現れた女性を見て、メリアローズは口角を上げた。
彼女はマダム・エイプリル。王都の一角に店を構える、凄腕の仕立て屋である。
洒落た羽帽子を被ったその女性は動きやすい衣服を身に纏っているが、少しも野暮ったく見えないのはさすがというべきであろう。
彼女は貴族ではないが、むしろ一介の貴族よりもよほど、上級貴族たちの懐に入り込んでいるといってもいいだろう。
メリアローズも幼い頃から、いくつものドレスを彼女に仕立ててもらっていた。
今では、友人のような間柄ですらあったのだ。
「マダム、こちらは私の学友のジュリアよ。今回は、私とこの子の、学期末のダンスパーティーのドレスを仕立て上げて欲しいのよ」
「あらぁ、二着もなんて無茶言うわね。でも燃えちゃうじゃない……!」
口では文句を言いながらも、マダムの瞳がきらめいたのをメリアローズは見逃さなかった。
「あの、メリアローズ様……まさか本当に私のドレスを……」
「当り前じゃない。逃げるなんて許されないわ、わかるわね」
「はいぃ!」
反射的に頷いたジュリアにくすりと笑い、メリアローズは口を開いた。
「ジュリアはとにかく気品よく! 皆に好感を与え、かつ威厳ある感じでお願いするわ」
「するとメリアローズ、あなたは?」
「私は悪……いえ、派手な感じでお願いするわ。艶やかな女性になりきるの」
悪役令嬢っぽく、と言葉にしようとして、慌ててメリアローズは口をつぐんだ。
いくらジュリアがにぶくとも、堂々とそんなことを口にすれば作戦について感づかれてしまうかもしれない。
あと少し、油断は禁物だ。
「いいわ。ジュリアが青ときたら……メリアローズは赤ね! 炎と氷、対の存在、相容れないからこそ惹かれあうもの……」
何がマダムの琴線を刺激したのかはわからないが、彼女は興奮した様子でスケッチブックを取り出し、ガリガリとひたすら書き殴っているようだった。
さて、あとは時間との戦いか……とメリアローズは、すぐさま今後の予定を組み立て始めた。




