30 悪役令嬢、当て馬とじゃれあう
王子は、はっきりとジュリアへの想いを自覚している。
そして、メリアローズはそれを後押ししてやった。
となると、後は……大々的にそのことを発表するのみである。
ちょうど、メリアローズ達がこのロージエ学園に入学してもうすぐ一年という節目だ。
学期末には、学園をあげての盛大なダンスパーティーが催されることとなっている。
……婚約破棄イベントには、うってつけの舞台じゃないか。
「なぁ、ほんとにそんなにうまくいくか?」
「大丈夫よ、さすがにあの王子でも、そろそろ意志は固まったみたいなのよ」
いつものように作戦会議を開きながら、メリアローズは疑わし気な目を向けてくるバートラムに、丁寧に状況を説明してやった。
あれだけ焚きつけてやれば、さすがの王子も覚悟を決めたことだろう。
おそらくは、パーティーの場で正式にメリアローズとの婚約を破棄し、ジュリアへの愛を宣言するはずだ。
その光景を想像して、メリアローズはくすりと微笑む。
「そういえば、今日ウィレムとリネットの二人はいないのか?」
「まぁ……あの二人のことはそっとしておいてあげてちょうだい」
「……? なるほど。メリアローズ、お前そんなに俺と二人っきりになりたかったのか」
冗談めかしてそう言ったバートラムの頭をはたきつつ、メリアローズはふぅ、と一息ついた。
結局あの後、ウィレムとリネットからは何の話もなかった。
二人はメリアローズと会うときはまるで何もなかったかのように、普段通りに声をかけてくるのだ。
まったく水くさい……と、メリアローズは少し焦れてすらいた。
今日も二人の邪魔をしてはいけないと気を回した結果、こうしてバートラムだけを呼び出したのだ。
別にメリアローズは、二人の仲に反対などしない。
二人が素直に報告してくれれば、きちんと祝福する予定だというのに。
「っ…………」
……祝福できる、はずだ。
何故だか痛む胸を不思議に思いつつ、メリアローズは立ち上がり窓の外を眺めた。
「あーあ、誰もかれもが恋、恋、恋って……嫌んなっちゃうわ」
「なんだ? 遠回しに誘ってるのか?」
「冗談は顔だけにして頂戴」
「酷っ! 俺は顔には自信あるんだぜ!?」
その大げさな反応にくすりと笑うと、バートラムも立ち上がりメリアローズのすぐ横へとやってくる。
「……あなたには、辛い思いをさせたわね」
「別に気にすんなよ。恋っていうのは、思い通りにいかないからこそおもしろいんだよ」
バートラムとジュリアは、相思相愛だった。
だが、その二人を引き裂いたのはメリアローズだ。
そのことを詫びると、彼は気にするな、とでもいうようにメリアローズの頭を撫でてくる。
「ちょっと! セットが乱れるじゃない!!」
「……メリアローズ、お前はいい女だよ」
ふと真面目な顔でそう言われ、メリアローズは思わず固まってしまう。
バートラムは彼らしくない真面目な表情でメリアローズを見つめていたかと思うと、ふっと笑った。
「お前の心を射止める幸運の持ち主は、どんな奴なんだろうな」
「さぁ……私にもわからないわ」
「俺の隣なら空いてるぜ?」
「冗談は顔だけにして頂戴」
「まだ言うか!!」
お返し、とばかりにバートラムに頭をぐしゃぐしゃと撫でられて、メリアローズは憤慨した。
まったくこの男は女性の扱いに長けているはずなのに、レディの髪のセットを何だと思っているのか!!
「そうだな、あと少し……精々優雅に踊ってやろうじゃないか」
バートラムはどこか遠くを見つめながら、ぽつりとそう口にした。
そう、長くも短いこの計画も、あと少しで結末を迎えるはずなのだ。
……その時、メリアローズはどうなるのだろう。
「あーあ、こんなに悪評が広まっちゃって、これじゃあまともな嫁ぎ先も見つからないかもしれないわね」
「マクスウェル公爵家と縁戚になれるなら、どれだけお前の悪名が轟いても引く手あまただろ。お前のせいだってあの大臣でもせっつけば、年頃の男の一人や二人や十人くらい引っ張ってくるだろうしな」
まるで他人事のそうにそう言ったバートラムを軽く睨むと、彼はにやりと笑って顔を近づけてきた。
「まぁ、どうしようもなくなったら……」
そして……彼はメリアローズの耳元で甘く囁いた。
「俺のところに来いよ」
その言葉に、メリアローズは驚いて目を丸くする。
すると、バートラムはおかしそうに笑った。
その態度にからかわれたのだと気がついて、メリアローズは憤慨した。
「まったく……冗談は顔だけにして頂戴!」
「それ気に入ったのか!? さすがに三回目となると俺もへこむぜ」
わざとらしく肩をすくめるバートラムにくすりと笑い、メリアローズはバートラムの真似をして肩をすくめてみせた。
辛い思いをしているはずの彼の明るい振る舞いは、確かにメリアローズの心を元気づけてくれたのだ。
「……あなたも、中々いい男だと思うわよ」
「なんだ、やっぱり俺に惚れたのか」
「冗談は顔だけにして頂戴」
「さすがに四回目はしつこいぞ! モテる男は何でもスマートなんだ。女も同じだろ?」
「さあね。モテたことなんてないからわからないわ」
「まったくお前は……」
バートラムが呆れたようにため息をつく。つられるようにして、メリアローズも深くため息をついた。
まったく、王子もジュリアもリネットもウィレムも恋、恋、恋、と随分と楽しそうだ。
誰かに恋い焦がれたことも、モテたこともないメリアローズからすれば羨ましい限りである。
すると何故か、バートラムは苦虫を噛みつぶしたような顔をしていた。
「はぁ……シンシアちゃんの苦労が目に浮かぶぜ」
「ちょっと、どういう意味よ」
「そのまんま。言葉通りだっての」
呆れたようにそれだけ言うと、バートラムは軽くメリアローズの肩を叩いた。
「……あのルシンダの件以降、おかしなことは起こってないよな?」
「えぇ、順風満帆よ」
一瞬脳裏に抱き合うウィレムとリネットの姿がよぎったが、メリアローズは軽く頭を振ってそのイメージを追い払う。
そう、計画はうまくいっているのだから、それでいいのだ。
「お前も油断するんじゃねぇぞ。世間知らずのお嬢様なんて、すぐころっと連れてかれそうだからな」
「失礼ね、ちゃんと気を付けてるわよ」
「じゃあここまでは誰と一緒に来たんだ」
「学園内で警戒する必要なんてないじゃない」
胸を張ってそう告げると、バートラムはまたしても呆れたようにため息をついた。
そして、ずい、とメリアローズに顔を近づけてくる。
「これだから怖い者知らずのお嬢様は……いいぜ。今日はもう用事もないんだろ。マクスウェル邸まで俺が騎士としてご一緒しましょうか」
そう言っていたずらっぽく笑ったバートラムに、メリアローズはきゅっと唇を噛んだ。
――騎士
その響きはどうしても、先日のウィレムとのデートを思い出してしまう。
『幸いうちは昔からよく騎士を出してる家系で、俺も小さい頃から剣術の稽古だけは、みっちりつけてもらってたんです』
あの時メリアローズを守ってくれた彼は、確かにおとぎ話の騎士のようだった。
……そうか、きっと自分は、おとぎ話の中で姫を守ってくれる騎士のような、そんなイメージに憧れていたのかもしれない。
「……なるほど、そういうことだったのね」
この国の多くの少女が、見目麗しい王子という偶像に憧れる。
ただメリアローズはその代わりに、おとぎ話の中のような「騎士」に憧れていたのかもしれない。
きっと、無意識のうちにそのイメージにウィレムを当てはめていたのだ。
だから、柄にもなくウィレムとリネットが抱き合っていた時に動揺してしまったのだろう。
そう考えて、メリアローズは自分の身勝手さが少し恥ずかしくなった。
「なんだ。よくわからんが悩み事は解決したのか?」
「おそらく、ね」
「じゃあ行こうぜ。今日はちゃんとシンシアちゃんはいるんだろうな?」
「ちょっと、シンシアに何するつもりよ!!」
ウキウキと軽い足取りで部屋を出ていくバートラムを、メリアローズは慌てて追いかけた。




