3 悪役令嬢、同士と出会う
翌日から、さっそくメリアローズの悪役令嬢レッスンが開始した。
「オーホッホホホ!……違う、オーホッホッホ!!」
悪役令嬢と言えば高笑いである。権力や財力に物を言わせヒロインからヒーローを奪い取り、そして高笑いを決めて見せるのだ。
いつになく熱心な主人の様子を見て、シンシアは嘆息した。
悪役令嬢にはいくつか条件がある。
まずは家柄。権力や財力を惜しみなく使い、横暴に振舞い周囲のヘイトを溜めることが求められているのだ。
そして美貌。これも重要な要素の一つである。
絶対条件ではないが、悪役令嬢が美しい方が物語としては締まるのである。美しいからこそ、より悪役令嬢の存在に脅威を感じるのであろう。
そして、メリアローズはその両方の条件をクリアしていた。
マクスウェル公爵家は王家に次ぐほどの名家である。国中の貴族はもとより、王族ですらあらゆる場面でマクスウェル家の意向を無視できないのだ。
まさに権力を振りかざす悪役令嬢にうってつけの家であると言えるだろう。
そして、メリアローズは誰もが誉めそやすほどの美貌の持ち主だ。可愛い系よりは美人系なのである。
普段は無邪気なお嬢様だが、キリっとした社交モード時を見れば……なるほど、悪役令嬢に見えなくもないのかもしれない。
「何故かしら、うまくいかないわ……」
「お嬢様、まずは形から入られてはいかがでしょうか」
「形?」
「えぇ、見た目から、悪役令嬢になりきるのです」
シンシアがそう提案すると、メリアローズの顔が輝いた。
多くの女性と同じように、メリアローズもそうだった。ドレスやアクセサリー、髪型一つ変えるだけでがらりと気分が変わるものである。
「縦ロール!!」
「えぇ、始めましょう!」
ぱちん、と指を鳴らすと、すぐに何人ものメイドがやって来た。
かくして、メリアローズの大改造が始まったのである。
「すごい、悪役令嬢っぽい……」
数時間後、メリアローズは鏡に映る己の姿にうっとりと陶酔した。
美しくくるくると巻かれた髪、普段よりも濃い目の化粧、相手を威圧するかのような派手なドレスに財力を誇示するかのような宝石の数々……ゴージャスな扇子を手にすれば、そこには物語の中から出てきたかのようなTHE・悪役令嬢がいたのである。
「お嬢様お嬢様、ここの台詞言ってみてください!」
「どれどれ……『お下がりなさい、ここは貴女みたいな庶民が足を踏み入れていい場所ではないのよ!!』」
「きゃー!!」
メイドたちにおだてられてメリアローズはご機嫌であった。
あの物語の中で輝いていた悪役令嬢に、今まさに自分がなっているのだ。
これが興奮せずにいられようか!
悪役令嬢は物語の最後にコテンパンにやられる悪役である。そんなことはメリアローズも百も承知である。
だが、だからこそ悪役令嬢を演じてみたかった。
どうせこれは仕立てられた舞台。何も最後に断頭台送りになることはないだろう。
王子とヒロインがうまくくっつけば、それでメリアローズの役目は完了なのだ。
だったら、期間限定でまったく自分とは違う「誰か」を演じてみるのも悪くないのではないか。メリアローズはそんなことを考えていた。
「お嬢様、失礼いたします」
そんな時、部屋の戸が上品に叩かれ家令の声が聞こえた。
対応したシンシアが持ってきたのは、大臣からの書状ではないか。
「さっそくですか……」
「何かしら……見て! 他の実働部隊員との顔合わせですって!!」
「実働部隊……?」
「私以外にも、王子の為に動く者がいるようね」
どうやら王子の為に、大臣からオファーを受けた人材は、メリアローズだけではないらしい。
メリアローズを含めた実働部隊なるものが結成され、栄えある顔合わせが行われるということだった。
「ふ、ふふふふ……」
メリアローズはますます燃え上がった。
こうなったら、完璧な悪役令嬢っぷりを披露して周囲の度肝を抜いてやるのだ!
もう顔合わせの日は近い、もっともっと、悪役令嬢として精進しなければならないのである。
「みんな、レッスン再開するわよ!」
「お嬢様! 次はこのセリフを!!」
「その次はこのシーンを!!」
その日以降、メリアローズの部屋から「卑しい雌豚が、私の王子に近づくんじゃないわよ!!」などという奇声が頻繁に聞こえるようになったという。
そしてその声は事情を知らない屋敷の者たちを、品行方正なお嬢様が御乱心を……とたいそう慌てさせたのだとか。
◇◇◇
そして顔合わせ当日、メリアローズは今までにないほど緊張しながら王宮へと赴いた。
大臣に案内され回廊を進みながら、胸に手を当て大きく息を吸う。
もしかしたら、初めて社交の場に顔を出した時よりも緊張しているのかもしれない。
「……大丈夫、あんなに練習したんだもの」
「レディ・メリアローズ。なにかおっしゃいましたか?」
「いえっ、問題ないわ! あなたの耳がおかしいのではなくって!?」
「ほぉ、すでに悪役令嬢の貫禄ですな!」
もう既に悪役令嬢になりきっているメリアローズに、大臣はご満悦であった。
悪役令嬢役、など進んでやりたがる者はいないかと思っていたが、適任者であるメリアローズが快く引き受けてくれたのだ。
あとはきっちり作戦を遂行し、王子の一世一代の恋を成就させるのみである。
「では、こちらに」
城の奥、おそらく王子が通りがかることもないであろう奥まった部屋に、大臣に連れられメリアローズはたどり着いた。
「他の者は既にこちらで待機しております」
大臣の言葉に、メリアローズはごくりとつばを飲み込んだ。
この中には、メリアローズと同じく選ばれた者たちが待ち構えているのだ。
模範的な貴族令嬢に、として育てられたメリアローズは、第一印象の重要さを十分に理解していた。
人間最初が肝心。初対面で何か失敗すれば、その後も延々と後を引く事態へとなりかねない。
舐められないようにここでびしっと決めて、完璧な悪役令嬢っぷりを見せつけてやらなければ……!
「えぇ、行きましょう」
「では……」
大臣が声をかけ、ゆっくりと扉を開く。
メリアローズはきゅっと表情を引き締めて、その向こうを見据えた。
そこには、メリアローズと同じ年頃の三人の若者がいた。
まず目を引くのが、どこか気だるげに豪奢なソファに腰かけた青年だ。
女性が十人いればその中で九人は振り返りそうな、非常に整った顔立ちの青年だ。
均整の取れた体躯に、王都の最新の流行を押さえたファッションを見事に着こなしている。
彼はメリアローズに目をやると、にやりと笑ってみせたのだ。
次にメリアローズににっこりと会釈して見せたのは、どこか控えめな美しさを秘めた少女だった。
清楚な顔立ちに、主張しすぎない、それでいて一目で品の良いものだとわかる落ち着いたドレスを身に着けている。
メリアローズの、まるで羽を広げたクジャクのような威嚇ドレスとは大違いである。
衣装だけではない。その佇まいも大きく目立つことはないが、誰に対しても不快感を与えることはないだろう。
そのうまい塩梅を、その少女は完璧にコントロールしていたのである。
最後にメリアローズを見て「うわっ」とでも言いたげに表情を歪めたのは、先ほどの少女の隣に腰かけていた眼鏡をかけた青年だった。
最初の青年とは違い、随分と地味な外見をしている。彼がひとりでそこにいたらそうは思わなかったのかもしれないが、すぐ近くにいる青年と比べると、まるで引き立て役だ。
いや……その特性を買われて、彼はここにいるのかもしれない。
おそらく、この三人がメリアローズと同じく、「王子の恋を応援したい隊」に選ばれた者たちなのだろう。
だったら、たっぷりと練習の成果を披露するまでだ。
「御機嫌よう、皆様方。もちろん、わたくしのことはご存知ですわよね? オーホッホッホ!」
優雅に扇を揺らして、メリアローズは憎たらしさ全開でそう言ってみせた。
傲慢さ、それは悪役令嬢にとってなくてはならない要素の一つなのである。
お前ら、当然マクスウェル公爵家のメリアローズは知ってるよな?……と。
その途端、三人は驚いたように目を丸くして……三者三様の反応を見せてくれたのだ。
「すっげぇ、悪役令嬢だ! 本物の悪役令嬢だ!!」
「既に役に入られているとは……さすがはメリアローズ様」
「す、すごい……」
感触は上々、とメリアローズは内心でガッツポーズを取りながら高笑いを繰り返した。




