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25 悪役令嬢、倍返しを誓う

 この計画を、降りるべき……?


「えっ……?」


 ウィレムの言葉に、メリアローズは絶句した。

 だが、そこまで驚いたのはメリアローズ一人だけだったようだ。


「そうだな、それがいい」

「致し方ありませんよね……」


 何故かバートラムもリネットも、ウィレムの意見に賛成のようだったのだ。

 メリアローズは慌てて立ち上がった。


「ちょっと待って! 降りるってどういうことよ!!」

「言葉通りの意味ですよ。あなたはもう『悪役令嬢役』をやめた方がいい」


 憤慨するメリアローズに対し、ウィレムはどこまでも冷静だった。


「あなたが狙われるのは、あなたが王子の婚約者……次期王妃の座に一番近いところにいる方だからです。悪役令嬢をやめて婚約を解消すれば、おそらく標的から外れるのではないかと」


 逃げて、泣き寝入りをしろ。

 ウィレムはそう言っているのだ。

 そこまで理解して、メリアローズの頭にかっと血がのぼった。


「ふざけないで! このまま黙って引き下がれって言うの!?」

「そうは言ってねぇだろ! メリアローズ、お前わかってんのか? 次はほんとに取り返しのつかないことになるかもしれねぇんだぞ!?」


 バートラムに言い返され、メリアローズは唇を噛む。

 メリアローズだってわかっている。昨日の出来事だって、もしウィレムがうまく奴らを撃退できなければ、きっと今頃メリアローズはここにいなかっただろう。

 それだけ、危ない橋を渡っていたのだ。


「黙って引き下がれとは言ってない。とりあえずは安全なところに避難しろってことだろ。その間に後ろで糸を引いてる奴を――」

「そんな悠長なこと、言ってられないでしょう」


 低い声でそう言い返すと、バートラムはその気迫に押されたかのように押し黙る。

 メリアローズはさっと三人の顔を見回し、しっかりと告げた。


「あなたたち、ちゃんとわかってるの? 相手は王子の婚約者である私を狙ってきた。私がその座を降りれば、次の標的は……ジュリアになるのよ」


 その途端、バートラムとリネットがひゅっと息をのんだ。

 どうやら、彼らはそこまで頭が回っていなかったらしい。


「元々私は、ジュリアに対する妨害工作の盾となるために悪役令嬢をやってるって側面もあるのよ。相手が私を狙ってきたというのなら、うまく計画が動いている証拠ね」


 相手は公爵令嬢であるメリアローズに喧嘩を売ってきているのだ。

 だったら、買ってやるのが礼儀というものではないか。


「……あなたが、そこまでする必要はないじゃないですか」


 言葉がでないバートラムとリネットとは違い、ウィレムはそれでも真正面からメリアローズに歯向かってきた。

 そちらに視線をやると、厚い眼鏡の奥から綺麗な翡翠の瞳がメリアローズを射抜いていた。


「リスクが大きすぎる。ジュリアの盾になるといっても、限度があるじゃないですか」

「こんなの余裕よ。私なら、立ち向かえるわ。でも、ジュリアはそうじゃない」


 あの田舎出身の少女はあれで中々たくましいのだが、そんな彼女でも卑劣な手を使われればどうしようもないだろう。

 王子の想い人である少女を、危険に晒すわけにはいかない。


「今はまだ、犯人の狙いを私に絞らせておきたいの。もちろん、すぐに犯人を見つけ出して報いを受けさせてやるつもりだけど」


 メリアローズは悪役令嬢。王子やジュリアのためにも、ここで倒れている暇はないのだ。


「バートラム、あなたは念のためできるだけジュリアについていてくれる?……やりにくいとは思うけど」


 バートラムはジュリアを振ったばかりだ。

 ジュリアの傍に居辛いだろうが、今はそんなことを言っている場合ではない。


「……わかった。任せろ、何があってもあいつを守るさ」


 バートラムは彼らしからぬ真剣な表情でそう言ってみせた。

 形はジュリアを振ったとしても、彼の心はジュリアの方を向いているままなのだ。

 たとえ王子のものになるとわかっている相手でも、彼ならばきちんと守り通してくれるだろう。

 その真摯な言葉に、メリアローズは安堵した。


「……正気ですか。相手がどんな手を使ってくるかもわからないのに」


 信じられないといった様子でそう呟いたウィレムに、メリアローズはそっと笑った。


「そうならないためにも、早く犯人をあぶりださないとね。頼りにしてるわ、ウィレム」

「あぁ、まったく……あなたは……!」


 ウィレムはがしがしと前髪をかき上げると、やけになったように吐き出した。


「こうなったら全力で犯人を洗い出しますので、メリアローズさんはくれぐれも危険な行動は取らないようにしてくださいよ!?」

「私も、お手伝いいたします。メリアローズ様に害をなそうとする者を、許してはおけませんわ!」


 そう言って怒りのオーラをまき散らすリネットに、メリアローズは苦笑した。

 ……本当は、怖くないわけじゃない。

 もしまたあんな目に遭うかと思うと、すごく怖い。

 だが、メリアローズはここで引くわけにはいかないのだ。


 ジュリアのためにも、王子のためにも、自分自身のプライドのためにもだ。

 大丈夫、メリアローズには頼もしい味方がついているのだから。



 ◇◇◇



 それから、メリアローズはひたすら周囲に警戒しつつも悪役令嬢役を続け、王子とジュリアにぴったりとはりついていた。

 二人からは何故か「元気がなさそうだが大丈夫か」などと何度も心配されてしまったが、メリアローズはへこたれなかった。

 それと同時に、公爵家の伝手を使っての犯人探しにも抜かりはなかった。

 その為に王子との約束をキャンセルしてしまうこともあったが、そのあたりはしっかりリネットがカバーしてくれていた。


「やあメリアローズ、大丈夫かい? 昨日も来れなかったようだけど」

「申し訳ありません、ユリシーズ様。わたくし、どうしても体調がすぐれなくて……」

「それはいけない。ゆっくり休んでいてくれ。僕の方ならリネットが来てくれてよかったよ」

「うふふ、わたくしとリネットは一心同体のようなものなのですから」

「はは、メリアローズは面白いことを言うね」


 メリアローズの滅茶苦茶な言葉にも、ユリシーズはおかしそうに笑っていた。

 そうこうしてるうちに、校門の方からジュリアの呼び声が聞こえてくる。


「あっ、ユリシーズ様、メリアローズ様! おはようございます!!」


 ジュリアの隣には、しっかりとバートラムが番犬のように陣取っていた。

 バートラムがジュリアに何と言ったのかはわからないが、あの二人は今のところうまくやっているようだ。


「おはよう、ジュリア、バートラム」

「えへへ、ユリシーズ様とメリアローズ様はやっぱり仲がよろしいんですね!」

「あら、あなたとバートラムほどではなくってよ?」


 メリアローズの目の前で、王子とジュリアは朗らかに会話を交わしている。

 ……大丈夫。どんな困難があっても、二人ならきっと乗り越えられるはずだ。

 メリアローズはそう信じ、そっと周囲を窺った。


 王子とその婚約者である悪役令嬢、それに王子の本命であるジュリアと彼女に接近する当て馬……。

 生徒たちの噂話の中心人物が勢ぞろいの状況に、周囲の生徒たちは皆興味深そうにこちらの様子を窺っているようだった。

 ……この中に、メリアローズを襲おうとした犯人がいるのかもしれない。


 待っていなさい、すぐにその尻尾を掴んで見せるから。


 心の中でそう決意して、メリアローズは挑発するように高笑いをあげた。



 そんな風にメリアローズがぴりぴりとした学園生活を送り始めて、しばらく経った頃――


「やっと、たどり着きました」


 メリアローズ、バートラム、リネットの三人を呼び出したウィレムは、どこか疲れた様子でそう告げた。

 その言葉に、三人ははっと息をのんだ。


「たどり着いたって……犯人に?」

「えぇ、最初に捕まった下っ端から辿って辿って、メリアローズさんが調べた情報とも照らし合わせて……巧妙に隠されていましたが、何とか見つけ出すことに成功しました」

「おい、勿体つけんなよ! そいつはどこの誰なんだ!?」


 バートラムに詰め寄られ、ウィレムはすぅ、と大きく息を吸う。

 そして、声を潜めて告げた。


「カルヴァート侯爵家のルシンダ……俺たちの一学年上の、女生徒です」

「……ルシンダ」


 メリアローズはその女生徒を知っていた。

 メリアローズより一つ年上の、清楚で穏やかな雰囲気の令嬢である。

 学園入学以前よりメリアローズとも親交があり、王子と婚約した、と話した時は、彼女は朗らかな笑みを浮かべてメリアローズに祝福の言葉を送ってくれたというのに……。

 その腹の奥底では、メリアローズは蹴落とす算段を立てていたということなのだろう。


「……ふふ、おもしろいじゃない」


 きっと彼女は、メリアローズが王子に纏わりつくさまを、はらわたが煮えくり返りそうな思いで眺めていたに違いない。

 そう考えると、今にも笑いだしそうになってしまう。


「じゃあ、しっかり落とし前つけさせましょうか」


 ぱちん、と扇子を閉じてメリアローズはそう宣言した。

 この悪役令嬢にたてついたことを、たっぷり後悔させてやろうじゃないか……!

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[一言] 悪役令嬢(役)メリアローズ、囮になるぞ大作戦!
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