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20 悪役令嬢、デートを楽しむ

 公爵邸を出て、二人は街の大通りにやってきていた。

 休日でもある今日は、通りにも人々が溢れている。


「ふふ、こうして見ると新鮮ね」


 吹き抜ける風に乱れかけた髪を押さえながら、メリアローズはそっと呟いた。

 公爵令嬢であるメリアローズの移動手段は、もっぱらが馬車だ。

 慣れ親しんだ王都の街並みも、こうして自分の足で歩いてみると、まったく違う印象を受けるので不思議だとメリアローズは感じた。

 行き交う人々の表情、街の雑音、どこからか漂ってくる匂い。

 そのすべてが真新しいものに感じられるのだ。


 それにしても……とメリアローズはきょろきょろとあたりを見回す。

 ……やはり、見られている、ような気がする。

 通り過ぎる人たちが、ちらちらとメリアローズの方に視線を寄こしてくる気がするのは、きっと勘違いではないだろう。


「私……おかしいかしら」


 少し不安になってメリアローズは自らの格好を振り返ってみた。

 もちろん、今日はお忍びデートと言うことでやたらと目立つ悪役令嬢スタイルは封印している。かといって、公爵令嬢スタイルでもないのだ。

 今日のメリアローズは、名付けて「街娘のちょっと背伸びスタイル(命名シンシア)」といった装いをしていたのだ。


 紅茶色の豊かな髪は、一部を後頭部で束ねたハーフアップにし、目立ちすぎない髪飾りで留めてある。

 化粧も、濃すぎずに、かつメリアローズの元の美しさに花を添えるようなものに抑えてある。相手を威嚇するような悪役令嬢メイクではないはずだ。出かける前に何度も鏡で確認したのだから。

 身に纏うドレスも、動きやすさを重視した派手すぎないものを選んである。

 通りを歩く娘たちも同じようなものを着こなしているので、そこまで浮いたものではない……と思いたい。


「おかしいって、なにがです?」

「だって……やたらと見られてるような気がするんだもの」

「あー……」


 メリアローズの方に視線をやったウィレムが、何故かすぐに目を逸らしてしまう。

 メリアローズはその反応に少々傷ついた。

 ……やはり、自分の格好はどこかおかしいのだろうか。


「……変なところがあったら、遠慮なく言って頂戴」

「あ、いえ……全然おかしくはないんですけど、その……」


 ウィレムはどこか言いにくそうに、メリアローズの方をちらちらと見ていた。


「やっぱり、常人とはオーラが違うんだなって」

「オーラ?」

「メリアローズさんはすごくきれ……ほら、受ける印象が強いんですよ。そういうのはやっぱり隠し切れないんじゃないかと」

「そうかしら……」


 メリアローズにはウィレムの言うことがいまいち実感できなかった。

 そんなメリアローズを元気づけるように、ウィレムは笑う。


「別に、悪いことしてるわけじゃないんだから堂々としてればいいんですよ」

「そういうものかしら」

「そうですよ。……今日は、デートなんだから、見たい奴には見させとけばいいんですよ」


 そんな滅茶苦茶なことを言うウィレムに、メリアローズは思わず笑ってしまった。


「なんか今日のあなたはメガネらしくないわね」

「だから眼鏡はかけてな――」

「わかってるわよ。ウィレム」


 ちょっと悪戯心が湧いてそっとウィレムの手を取ると、彼はメリアローズが驚くほど過剰に反応した。


「な、なにを……!?」

「デートでは、手を繋ぐものだって本で読んだの。……嫌だったかしら」

「いえ、光栄です……」


 ぼそぼそとそう呟いたウィレムを引っ張るように、メリアローズは歩き出す。

 ウィレムの手は随分と熱いような気がした。熱でもあるのだろうか。

 帰り際に何か滋養に良いものをもたせてやろう、とメリアローズは心の片隅に書き留めた。




「あっ、見てみて! たくさんお店が出ているわ!」


 たどり着いた広場では、好天に恵まれた休日ということもあり、様々な露店や屋台が出ていた。

 その見慣れない光景に、メリアローズの心は浮き立つ。


「メリアローズさんはあまりこういうところには来ないんですか?」

「えぇ、興味はあるのだけど」


 メリアローズが望めば、たいていの物はすぐさま使用人たちが用意してくれる。

 ドレスや装飾品も、わざわざ店に出向いて買うようなことはない。専門の職人に採寸してもらい、一からあつらえたり、良いものを仕入れたと向こうから出向いてくるのが常である。

 だから、こうやって自分で店を探し、品定めをするという経験自体が、メリアローズにはほとんどないと言ってもよかった。


「わぁ……」


 あの少女たちが見ているアクセサリーはなんだろう。向こうの子供が食べている物は?

 向こうには路上で楽器を弾く者もいる。その音楽に合わせて、踊る人々。


 目を輝かせるメリアローズを見て、ウィレムはくすりと小さく笑う。


「それじゃあ参りましょうか。お姫様?」

「ちょっと、今日の私は市井の娘なのよ!?」

「……メリアローズさんって、難しいですね」


 どこか恥ずかしそうに額を押さえるウィレムを見て、メリアローズはきょとん、と首を傾げた。


 まず最初に向かったのは、年頃の少女たちが集まるアクセサリーの店だ。

 小さな店のスペースに、これでもか、というほどのアクセサリーが並べてある。


「あっ、かわいい!」

「どれどれ……」


 メリアローズが見つけたのは、様々な色の石が連なったブレスレットだった。

 おそらく、普段メリアローズは身に着けるアクセサリーの、宝石一粒よりもずっと安いものだ。

 だが、そのポップな雰囲気はどこかメリアローズの心をときめかせるのだった。


「お嬢さん、お目が高いね! それはうちの一番人気商品なんだ」

「あら、そうだったの」


 店主に声を掛けられ、メリアローズは少々どぎまぎしつつ、平静を装ってそう答えた。


「まじない効果があるって言われててな。特に二人一緒に買った物を身に着けてると、強い絆で結ばれるって優れモノだ。そっちの彼氏と一緒にどうだい?」

「か、彼氏!?」


 彼氏、という言葉が出た途端あたふたし始めたウィレムを見て、メリアローズは思わず笑ってしまった。

 見た目はいきなり変わったウィレムだが、中身の方はメリアローズのよく知るウィレムのままのようだ。


 ……そうか、今の自分たちはちゃんと恋人同士に見えているのか。


 そう気づいて、メリアローズは内心でガッツポーズを取った。

 これで間違いなくデートであると確信できる。なんせ露店の店主のお墨付きなのだ。


「ねぇ、いいじゃないウィレム」

「メ、メリアローズさん!?」


 もっと雰囲気を出そうとウィレムの腕に体を寄せ腕を絡めると、ウィレムは明らかに狼狽ししどろもどろになっていた。

 その反応がおかしくなって、メリアローズはますます彼に体を密着させた。


「……どこで覚えたんですかそんなの」

「大臣の持ってきた本よ」

「あぁ、ありましたねそんなの……」


 どこか遠い目になったウィレムは、ため息をつきつつも財布を取り出した。

 そして、目を輝かせるメリアローズの目の前で、確かにブレスレットを二つ、購入したのだ。


「まいどありー!」

「はい、どうぞ。メリアローズさん」

「ありがと、メガ――ウィレム」


 うっかり眼鏡と呼びそうになって慌てて訂正すると、ウィレムが抗議するように軽く背を叩いてきた。


「もう、ちょっと間違えただけじゃない!」

「そんなに俺はメガネが印象的ですかそうですか……って、それはめるんですか?」

「えっ?」


 いそいそとブレスレットを身に着けるメリアローズに、ウィレムはなぜか驚いたような視線を注いでいたのだ。


「ウィレム。ブレスレットとは手首にはめるものなのよ」

「それは知ってますけど……それ、安物ですよ。普段メリアローズさんが身に着けている物とは比べ物にならないくらいの」

「えぇ、知ってるわ」


 声を潜めてそう告げたウィレムに、メリアローズはそっと微笑んだ。

 そして、そっと彼の耳元で囁く。


「でも……私は、とても素敵なものだと思うわ。あなたがくれたものでもあるんだもの」

「えっ……?」

「ほら、ウィレムもはめなさい」


 そう命じると、ウィレムはどこか照れた様子を見せつつもブレスレットを手首に嵌めた。

 ウィレムの手首と自分の手首を見比べて、メリアローズは満足したように胸を張る。


「そうだわ! 休み明けにもこれをつけていきましょう! そしてバートラムに見せつけてやるのよ!!」

「なぜバートラム!?……ていうかメリアローズさん。王子とジュリアの前でそれはまずいんじゃ……」

「あー……」


 それもそうだ。少なくともまだ、メリアローズは王子にご執心であると、周囲に印象付けなくてはならないのだから。


「じゃあ、これは二人だけの秘密にしましょう」

「二人だけの、秘密……」


 どこか呆けたようにそう呟くウィレムは置いて、メリアローズはまた次の店へと視線を走らせた。


「あっ、あそこは何かしら!」

「ちょ、いきなり走らないでくださいよ!!」


 この時のメリアローズは、いつのまにかバートラムを見返したいという気持ちも忘れ、ただ純粋にこの時間を楽しんでいたのだ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 街でお買い物デートあるある。 『彼氏』と言われて戸惑う。      ↓ 『『ち、ちちち違いますよ!?』』      ↓ [後で]例:カップルみたいに見えていたのかしら……。(どきどき)とか思…
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