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19 悪役令嬢、デートの約束を取り付ける

「ち、ちょっと何言ってるんですかメリアローズさん!」


 ウィレムが珍しく慌てた様子でメリアローズに詰め寄ってくる。

 だがメリアローズは、自らの意思を曲げるつもりは毛頭なかった。


「言った通りよ。デートをするからその相手を用意して欲しいの」

「相手を用意って……全然意味わからないですよ!」

「別に誰でもいいのよ。宛てがないなら……」


 ふと、窓の外を一人の男子生徒が歩いていくのが見えた。

 面識も、見覚えもない相手だ。

 だが、それがなんだというのだろう。


 恋愛小説にだって、初めて出会った相手と惹かれあうという展開はよく出てくるではないか。

 メリアローズはあの窓の外を行く男子生徒を知らない。

 だが、彼と恋が芽生える可能性がないわけじゃないのだ。


 恋愛のプロセスの一つがデートだ。

 デートをすることによって、相手のことをよく知ることになり、そこに恋が生まれることだってあるのだろう。


「……いいわ。私が自分で探す」


 メリアローズはそれなりに自分自身に自信を持っていた。

 家柄にも、容姿にもだ。

 メリアローズに声をかけられれば、どんな男子生徒でも袖にはできないであろう。


「じゃあね。引き留めて悪かったわ」

「……待ってください」


 そのままウィレムに背を向け立ち去ろうとすると、引き留めるように手首を掴まれた。

 振り返ると、ウィレムが真剣な目でこちらを見つめており、メリアローズは思わず固まってしまう。


「誰でも、いいんですよね」


 念押しするようにゆっくりとそう問いかけられ、メリアローズはその気迫に押され思わず頷いていた。

 すると、ウィレムは小さく息を吐き口を開いた。



「じゃあ、俺とデートしましょう」



 その有無を言わせぬ口調に、メリアローズは気がついたらまたしても頷いてしまっていたのだ。



 ◇◇◇



 ――マクスウェル公爵邸、メリアローズの私室にて――



「……やっぱりおかしい気がするのよね」


 豪奢なソファに腰かけ、何か思案するように猫を撫でる主人の姿を見て、シンシアは首を傾げた。


「何がおかしいのですか?」

「だって、恋に発展させようと思ってデートの約束をしたのに。メガネ相手じゃまったくそんな気配がないんだもの」


 そう呟いた途端、シンシアが持っていた本を取り落とした。

 そのまま固まった彼女に代わり本を拾おうとすると、物凄い力で肩を掴まれメリアローズはひっと息をのむ。


「ででで、デートですって!!?」

「そ、そうよ……悪い!?」

「相手は王子……じゃないですよね」

「そうよ」

「何考えてるんですかお嬢様!」


 そのままぶんぶんと前後に体を揺さぶられ、メリアローズの頭がぐるぐると回りそうになってしまう。

 その様子を見てシンシアは慌てたように主人の体を支えベッドに腰かけさせると、一気にメリアローズに詰め寄った。


「それで……いったいどこのどいつなんですか! お嬢様をたぶらかそうとする奴は!!」

「たぶらかすなんて人聞きが悪いわ。私の方から話を持ち掛けたのよ」

「何故そんなことを!!」


 何故、と言われてもバートラムとジュリアのことはトップシークレットである。

 シンシアのことは信頼しているが、さすがに話せそうにはなかった。


「婚約者がいながら他の殿方とデートする、なんていかにも悪役令嬢らしいじゃない」

「あ、演技の中の話なんですね。あー焦った……」


 とりあえず口から出まかせの嘘をつくと、なんとか侍女は納得してくれたようだ。

 慌てたように額の汗をぬぐうシンシアを見て、メリアローズは少し申し訳ない気持ちになった。

 だが、今は真実を話すときではないのだ。


「それで、相手はどなたなんです?」

「私と同じく『王子の恋を応援したい隊』の一員の、ハーシェル伯爵家のウィレムという方よ。ここにも何度か来たことがあるの」

「ハーシェル伯爵家……あぁ、あの騎士の名門の」


 シンシアが納得したように頷いたのを見て、メリアローズはきょとん、と目を丸くした。


「騎士の名門?」

「えぇ、ハーシェル伯爵家は代々優秀な騎士を輩出する家柄として有名なんですよ。その功績を買われて、メリアローズ様と同じく隊の一員に選ばれたのかもしれませんね」

「そうだったの……」


 その情報はメリアローズにとっては初耳だった。

 あのいかにもインテリ系なメガネの青年が、騎士の家系の者だったとは。

 人は見かけによらないものである。


「でも、相手がそのウィレム様なら安心ですね! お嬢様の事情もよくわかっていらっしゃるでしょうし」

「うーん……」


 本当は、安心ではいけないのだ。

 メリアローズは、引き裂かれるほどに燃え上がるような恋を体験してみたいのだから。

 少なくとも、ウィレム相手ではそんな気分にはなれそうにもない。

 まぁそれでも、デートの経験が得られるというのは貴重だろう。

 これで少しはバートラムの鼻を明かせるはずだ。


「でもデートって、どちらに行かれるんです?」

「よくぞ聞いてくれたわ! あのね……」


 メリアローズは大臣の持ってきた恋愛小説を読みつくしていた。

 当然、物語の中のデートイベントについても詳しくなっていたのだ。

 今回のデートは、普段王子と行くようなコンサートや観劇や王室御用達の料理店ではない。

 市井の娘のように、自らの足で街を歩くのだ。

 庶民と同じような店で食事をし、安っぽいアクセサリーを買って、広場の音楽に合わせてでたらめなステップを踏んで踊るのだ。

 想像すると途端にわくわくしてくるから不思議ね、とメリアローズは小さく微笑んだ。


「そこでいろんなイベントが起こるはずなのよ」

「イベントって……演技なら別にそこまでしなくてもいいのでは?」

「ま、まあそれはいいじゃない!」


 相手がウィレム、というのがどうにも緊張感が出ないが、メリアローズはこれからのデートに漠然とした期待感を持っていた。

 何かが変わる……可能性は低いような気はするが、生まれて初めてのデートらしいデートだ。

 この時のメリアローズは、確かに年頃の乙女のようにはしゃいでいたのだ。


「でも大変ね。一体何を着ていけばいいのかしら」

「お任せください、お嬢様」


 シンシアがぱちん、と指を鳴らすと、すぐにやって来たメイドたちがメリアローズの目の前に整列した。


「やはり、見た目から入りましょう」



 ◇◇◇



 そして学園も休みのデートの当日。

 やってきた相手の姿を見て、メリアローズは思わず目を疑った。

 だが、それは相手も同じだったようだ。


「……メガネ?」

「……メリアローズさん。今日は眼鏡かけてませんけど」


 そう、彼の言う通り、今日のウィレムはトレードマークともいえるメガネを外していた。

 強い意志を感じさせる翡翠のような瞳に射抜かれて、思わずメリアローズの心臓が跳ねる。

 普段は真っすぐに撫でつけられている砂色の髪は、無造作にあちこちへ跳ねるように流されている。どこか野生的な印象さえ受け、メリアローズは戸惑ってしまう。

 それにバートラムが好むような洒落た、それでいて王都の街並みに交じっても違和感のないような衣服は、センスの良さをうかがわせる。

 今日のウィレムは、まるで普段とは別人のようだったのだ。


「……メガネ、なくて大丈夫なの」

「元々伊達メガネなんです。この方が王子の取り巻きとして、目立たないからという配慮で」


 なるほど、メガネだけでなく、普段の地味な装いもわざとだったのだろう。

 メリアローズが悪役令嬢を演じていたように、彼も目立たない王子の取り巻きを演じていたのだ。

 もしそうでなかったら……学園に新たな派閥が生まれていたのかもしれない。


 彼はこんなに整った顔立ちをしていたのか、とメリアローズは今更ながらに気がついた。

 今のウィレムは、王子やバートラムともまたタイプの違う、それでいて間違いなく人目を惹く青年となっていた。

 彼が普段からこんな装いをしていれば、きっと学園の男子生徒の三番手……いや、王子やバートラムに並ぶような人気を博すことになるのかもしれない。


 よく知ってるウィレムと、今のウィレムがあまりに違いすぎるからだろうか。

 メリアローズはうまく彼を正視できなかった。


「それでは、お嬢様をよろしくお願いいたします。ウィレム様」

「えぇ、お任せください」


 メリアローズがぽーっとしている間に、ウィレムとシンシアは和やかに挨拶を交わしている。

 どうやらシンシアの目から見てもウィレムは合格だったようだ。


「行きましょう、メリアローズさん」

「へ? あ、そうね!!」


 いかんいかん、ぼーっとしてる場合ではない。

 これは「恋」への大事な第一歩。

(王子との茶番を除けば)記念すべき初デートなのだ!


 まぁ、思ったよりも相手も悪くない、とこっそりと心の中で思いながら、メリアローズは屋敷を出発した。



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― 新着の感想 ―
[一言] なんか昼ドラみたいにドロドロしてきましたねぇ……。
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