151 突然の乱入者
「はぁ、素敵だったわ……」
舞台を見終わったメリアローズは、大満足で劇場を後にした。
本日の演目は、悲劇の運命に引き裂かれた恋人たちの物語だった。
手に汗握る波乱の展開の連続に、メリアローズはずっとはらはらしっぱなしだった。
物語がハッピーエンドを迎えた時には、自分のことのように嬉しく思ったほどだ。
そう、いつしか……メリアローズは苦難の恋人たちに、自らの姿を重ねていたのかもしれない。
――思えば私たちもいろいろあったものね……でも、今はこうして一緒にいられる……。
きっとそれは、とんでもなく幸せなことなのだ。
ちらりと傍らのウィレムに視線をやると、何故か彼もこちらを見ていたのでばっちり視線が合ってしまう。
「なっ、なにかしら……!」
「いえ、その……」
ウィレムは何か言いたげに口ごもっている。
かと思うと、彼は急にメリアローズの手を強く握りしめたのだ。
そして、何かを決意したかのような真摯な表情で、真っすぐにこちらを見つめてきた。
「メリアローズさん、俺は――」
「そこまでよ!」
急に割って入ってきた声に、メリアローズは驚いて飛び上がりそうになってしまう。
ウィレムが軽く舌打ちして、メリアローズを庇うように声の主に相対する。
果たしてそこにいたのは、いつぞやにメリアローズを嵌めようとした男爵令嬢――イーディスだったのだ。
――どうしてイーディスがここに? まさか……今度はウィレムに熱を上げてるなんてこと……。
あり得ない話ではない。メリアローズから見れば、ウィレムは他に類を見ない好青年なのだ。あの騒ぎのごたごたで、ウィレムの真の魅力に気づいてしまい、邪魔しに来たのでは――。
「メリアローズ様から離れなさい、そこの金髪の男! ケダモノのようにメリアローズ様に迫ろうとしていたんでしょうけど、そうはさせないわ!」
……どうやら、メリアローズの予想は外れたようだ。
イーディスが目を吊り上げて睨みつけているのは、メリアローズではなくウィレムの方なのだから。
メリアローズはわけのわからない展開に目を白黒させていたが、対照的にウィレムは特に驚いた様子もなく、ため息をついていた。
「……あの視線の正体は君か」
「ふん、紳士的にエスコートするだけなら見逃してやらないこともなかったけど、あなたがよからぬことを考えてることくらいお見通しよ! そんな風に手を掴んで、あんなことやそんなことをしてやろうと――」
「え、そうなの?」
「違いますよ!」
イーディスのあんまりな言いがかりを、ウィレムは即座に否定した。
「まったく……何のつもりか知らないが、今日は俺が先約だ。邪魔しないでくれないか」
「いーやー! メリアローズ様は私がお守りするわ! 来なさい、下僕集団!」
イーディスが合図すると、あちこちの建物の陰から人影が飛び出してくる。
よく見れば彼らは、かつてのイーディスの取り巻きの者たちだった。イーディスが改心した後も、「下僕」などと呼ばれながら彼女に顎で使われるとは……見上げた忠誠心である。
……まぁ、彼らが好きでやっているのなら放っておこう。
メリアローズは少し面倒になって、思考を放棄した。
「あの男を引き離して、メリアローズ様をお守りするのよ!」
イーディスの合図と同時に、何人もの男がウィレムへと飛びかかっていく。
だが、ウィレムは慌てることなく足払いをかけて転ばせると、すぐさまメリアローズの手を引いて包囲網を突破した。
「きゃー! メリアローズ様が誘拐されてしまうわ!!」
「人聞きの悪いことを……」
イーディスの甲高い悲鳴に、ウィレムはぶつくさと文句を言っている。
なんだかその様子がおかしく思えて、メリアローズはくすりと笑ってしまった。
「追いかけなさい! メリアローズ様をお助けするのよ!!」
そんなイーディスの威勢のいい声を背に、二人は手をつないだまま街を駆けるのだった。