146 勝負の時(2)
「そんな、馬鹿な……」
ジェフリーは呆然としたように、ウィレムが突きつけた剣先を見つめていた。
――……勝てた。
一度は負けるかと思った。
だがウィレムは、メリアローズへの宣言通りに勝利を収めて見せたのだ。
「ウィレム!!」
メリアローズのことを考えたからか、彼女が自分の名を呼ぶ幻聴まで聞こえてきた。
いよいよ末期だな……とため息をついたところで、どん、と背中に何かがぶつかったのがわかった。
「ウィレム、ウィレムっ……!」
そんな馬鹿な……と信じられない思いで、ウィレムは背後を振り返った。
背中に、頭から黒い外套を被った小柄な人物が震えながらしがみついている。
フードの先から除くのは、特徴的な紅い髪で――
「メリアローズさん!?」
まさか、彼女がここにいるはずがない。
だが慌てて細い肩を掴むと、その人物はフードを取り顔を上げた。
「あなた、私に内緒でこんな危険なこと……ひどいじゃない!」
「いやいやいや……何でここにいるんですか!!?」
「私の情報網を甘く見ないで! あなたの行動なんてお見通しなんだから!!」
口では怒っているようなことを言いながらも、メリアローズの指先は縋り付くようにウィレムの服の端を掴んでいる。
その行動がいじらしくて、ウィレムはそっと震える体を抱き寄せた。
「……心配かけて、すみません」
メリアローズは何も言わずに、ぐりぐりとウィレムの胸に頭を押し付けてくる。
「…………メリアローズ?」
そんな二人の様子に、呆然としていたジェフリーがやっと正気に返ったようだった。
ウィレムの腕の中でメリアローズの体がびくりと跳ね、ウィレムは彼女を庇うようにジェフリーに相対する。
「勝負は俺の勝ちだ。わかったらさっさと立ち去れ」
「その前に、メリアローズと話がしたい」
「何を――」
「いいのよ、ウィレム」
止める間もなく、メリアローズはウィレムの腕の中からひらりと抜け出て、ジェフリーと対峙した。
ジェフリーがメリアローズに何かしようとすればすぐに動けるように、ウィレムは警戒を怠らずに二人を見守る。
立ち上がったジェフリーは、真っすぐにメリアローズを見つめている。
「……メリアローズ」
「何かしら、ジェフリー」
「お前は……本気でその男と添い遂げるつもりなのか」
その問いかけは、ウィレムを嘲っているというよりも、本気でメリアローズの行く末を心配しているように聞こえた。
メリアローズは動揺することもなく、悠然と答えを返す。
「えぇ、本気よ」
「一時の火遊びじゃないのか。その選択によって、多くの物を失う可能性があることを理解しているのか?」
「少なくとも、あなたよりはわかっているつもりよ」
「そうか……」
ジェフリーは逡巡したように視線を彷徨わせた後、再び真っすぐにメリアローズを見つめる。
「なら、いい」
「……えっ?」
驚いたように目を丸くするメリアローズに、ジェフリーはどこか寂しそうに笑った。
「お前が覚悟しているのなら、それでいいんだ。それと……」
ジェフリーの視線が真剣味を帯びる。ウィレムは反射的に、剣の柄を握る手に力を込めた。
「今更こんなこと言われても迷惑だろうが、俺は…………お前のことが好きだった」
「………………え?」
メリアローズが間抜けな声を上げる。
その声は、「まさかそんなこと思いもしなかった」とでもいうような響きだ。
――まさか、本気にしてなかったのか……?
ジェフリーがメリアローズを好いているという可能性は、ウィレムとバートラムで散々メリアローズにも伝えていた。
だが、肝心のメリアローズは今の様子を見る限り、まったく本気にはしていなかったようだ。
ウィレムは少しだけ、厄介な恋敵に同情した。
がうがうモンスターにてコミカライズ8話の更新が始まりました!
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いよいよなんちゃって悪役令嬢VS黒幕悪役令嬢の対決です!
メリアローズとはまた違ったタイプの美人、ルシンダ様がめっちゃ怖くて美しいのでぜひぜひ見てください!
あと背景で網被せられてるバートラム君がとても可愛いので要チェックです……!