145 勝負の時
真夜中の練兵場は、昼間とは打って変わってしんと静まり返っていた。
その静けさが今は心地いい。ウィレムは心を落ち着けて、ゆっくりと待ち人を待つ。
――……絶対に、負けるわけにはいかない。
メリアローズとの未来をつかみ取るため、こんなところでつまづいている場合ではないのだ。
何としてでもジェフリーとの決闘で勝利をおさめ、あの底意地悪い男を諦めさせねば。
やがて、かすかに足音が聞こえ、思い描いていた待ち人――ジェフリーの姿が闇の中から現れる。
「ほぉ、怖気づいて逃げなかったのか。何なら、今から見逃してやっても――」
「御託はいい。さっさと始めるぞ」
ジェフリーの安い挑発を、ウィレムはばっさりと切り捨てる。
ジェフリーは一瞬不快そうに眉を寄せたが、すぐに練兵場の中央へと進み出る。
「それもそうだな。お前の不快な面を拝む時間は短い方がいい」
ジェフリーが剣を抜く。彼はその切っ先をウィレムの方へ向け、見下すように告げた。
「もう一度言う。僕が勝ったら即座に身のほどをわきまえ、以後は必要以上にメリアローズに近づくな」
「……わかった。逆に俺が勝ったら、もう二度と彼女を傷つけないと誓え」
脳裏にメリアローズの泣き顔が蘇る。
もう二度と、あんな風に傷ついて泣く姿は見たくなかった。
二人の若き騎士は剣を構え、睨み合った。
合図はなくとも、動いたのは同時だ。
キィン――と金属のぶつかる甲高い音が響く。
今までも、ウィレムとジェフリーは剣を合わせたことがないわけではない。
勝ったことがあれば、負けたこともある。
今だって、どちらが勝ってもおかしくはない状況なのだ。
――やはり、一筋縄じゃいかないか……!
ジェフリーは思い上がったクソ野郎だが、名家の出身であり、剣の腕は確かだ。
一瞬たりとも気を抜くことはできない。
一度、圧されかけたがすぐに体勢を立て直し、ウィレムは素早く剣を振るう。
「いい加減に、諦めたらどうだ!」
「それはこっちの台詞だ……!」
ジェフリーは強い。これで性格さえまともなら、きっと実力者として尊敬することもできただろうに。
それに何よりも、彼は侯爵家の嫡男。メリアローズに釣り合う立場にいる。
……妬ましい。妬ましくてたまらない。叶うのならば、今すぐ消してやりたいくらいに。
ウィレムがこれほどジェフリーを忌み嫌っているのも、嫉妬の念がないと言えば嘘になるのだ。
――駄目だ。心を乱すな……!
どす黒い感情のままに剣を振るえば、ジェフリーに付け入る隙を与えてしまうだけだ。
そうわかっていても、感情というものはそう簡単にコントロールはできない。
今の自分は、お世辞にも高潔な騎士だとはいえないだろう。
ウィレムの歪んだ表情を見て、ジェフリーは嘲るように吐き捨てる。
「はっ、酷い顔だな! メリアローズにも見せてやれよ!」
「……黙れ」
「お前の薄汚い本性を知れば、メリアローズの目も覚めるだろうな!」
「……煩い!」
見せたくない、知られたくない。
おとぎ話の中の「騎士」に憧れている彼女なら、こんな醜い欲にまみれたウィレムの姿を見れば、きっと怯えてしまうだろう。
彼女にふさわしい男になろうと誓った。
彼女の憧れる、高潔な騎士でいようと努力していた。
だが、現実のウィレムは……醜い嫉妬にまみれた、卑小な男でしかないのだ。
――本当に、俺と一緒にいてメリアローズさんは幸せなのか?
普段は押さえつけている、そんな疑念がまた頭をもたげてくる。
――もっと、彼女にふさわしい相手がいるのでは?
ジェフリー……は論外だとしても、隣国のロベルト王子のような、地位も実力も人格も兼ね備えたような人物が……また現れないとも限らない。
――駄目だ、考えるな。
心の迷いが、動きを鈍らせる。
その隙を、ジェフリーは見逃さなかった。
何とか応戦したが、ジェフリーの猛攻はやまない。
駄目だ、このままでは負ける……!
その瞬間――。
「ウィレムっ……!」
大好きな彼女の声が、聞こえた気がした。
その声に、全身の血が熱くなる。
――『私、この先もずっと……あなたと一緒に居たいと思ってる』
――『ふふ、期待してるわ、私の騎士様』
……そうだ。地位がなんだ、家柄がなんだ。
ウィレムはそんな物よりももっと大事な、メリアローズからの信頼と愛情を受け取っていたというのに。
いったい、何を弱気になっていたのだろう。
今、彼女の与えてくれたものに応えなくてどうする……!
「なっ!」
ジェフリーの剣をいなし、ウィレムは一転、攻勢に転じた。
不思議と頭がさえて、体が軽くなったような気がした。
金属のぶつかり合う甲高い音が……それに、弾き飛ばされた剣が地面に落ちる音が練兵場に響き渡る。
呆然としたジェフリーに剣先を突きつけ、ウィレムは告げる。
「俺の勝ちだな」




