142 真夜中の決闘(1)
いつものように訓練を終え、ウィレムは一息つく。
「ウィレム、飲みに行くけどお前も来るか?」
「いや、今日はいい。やることがある」
仲間の誘いを断り、ウィレムは一人目的地へ向けて歩き出す。
向かったのは、訓練場脇の厠だ。
近付くにつれ、中からはゴシゴシとデッキブラシで床をこする音と、悪態をつく声が聞こえてくる。
「くそっ、何故僕がこんなことを……!」
中を覗くと、ジェフリー・ガーラントが一人、ぶつぶつ文句を言いながら厠掃除をしていた。
高貴な貴公子には似合わなすぎる光景である。
この厠掃除は、先日のメリアローズ断罪未遂事件(命名バートラム)によって、、ジェフリーに与えられた罰の一つだ。
メリアローズたちからは思う存分クリームパイを投げつけられ、ガーラント侯爵家からは「マクスウェル家のお嬢様になんてことを!」とこってり絞られ、更に近衛騎士団内でも「国の秩序を守るべき騎士が秩序を乱すとは何事か!」とお叱りの言葉があった。
そして彼は罰として、厠掃除半年間を言い渡されたのだ。
まぁ、さぼらずにきちんと毎日厠掃除をこなしている点だけは、褒めてやってもいいかもしれない。
ウィレムがじっとその姿を眺めていると、視線に気づいたのかジェフリーがこちらを振り返った。
「……なんだ、ウィレム・ハーシェル。そんなに厠掃除をする僕の姿が面白いのか! ふん、笑いたきゃ笑え!!」
「随分な被害妄想だな」
「なんだと!?」
「……話したいことがある。メリアローズさんのことだ」
その名前を出すと、ジェフリーはすっと目を細めた。
「……厠で話す話じゃないな。出るぞ」
「あぁ」
厠を出ると、既にあたりは薄闇に包まれていた。
通りがかる人の姿もない。
これはちょうどいいと、ウィレムはジェフリーに相対した。
ジェフリーはじっとこちらを睨んでいる。
「最初に言っておく。お前がどれだけ罰を受けたとしても、俺はお前を許すつもりは無い」
ウィレムははっきりとそう告げた。
ジェフリーはメリアローズを貶めようとした。例えオーガスタスに操られていたとしても、イーディスにそそのかされたのだとしても、彼が悪意を持ってメリアローズを陥れようとしたのは確かなのだ。
メリアローズはクリームパイの一件でイーディスとジェフリーを許すことにしたようだが、ウィレムはそうではない。
今でも、はらわたが煮えくり返るような思いを抱えているのだ。
「お前のしたことによって、メリアローズさんがどんな目に遭って、どれだけ傷ついたかわかるか」
下賤極まりない噂を立てられ、どれだけ彼女の心は傷ついたことだろうか。
挙句の果てにはその噂を信じた者に襲われかけたのだ。幸いにもすぐにウィレムが駆け付け、大事には至らなかった。
だがあの時の彼女の涙を思い出すと、ウィレムは今すぐジェフリーを斬り捨ててやりたい気分になるのだ。
だがウィレムの言葉を聞いたジェフリーは、嘲るような笑みを浮かべた。
「なんだ、正義の騎士気取りか? ……どうせお前も、メリアローズに群がるハイエナの一匹の癖に」
こちらを睨むジェフリーの視線には、あからさまな嫌悪が混じっている。
どうやらウィレムがジェフリーのことを一ミリたりとも好きになれないのと同様に、ジェフリーもひどくウィレムのことを嫌っているようだ。
「どんな手を使ってメリアローズを誑かしたんだ? あいつは人がいいから、騙すのはさぞや簡単だっただろうな。……しがない伯爵家の跡継ぎですらない貴様が、分をわきまえずに何様のつもりだ?」
ジェフリーが苦々しく口にした言葉にも、ウィレムは動じなかった。
同じようなことを言われるのは初めてではない。最近ではほぼ日課のようにすらなっている。
メリアローズを狙う貴公子たち、それにメリアローズの兄にすらウィレムは煙たがられ、今と同じような言葉を幾度も投げかけられた。
元々、自分と彼女が釣り合わないことなど百も承知だ。
だが、それでも諦めないと決めたのはウィレム自身だ。
だから、ここで退くという選択肢はない。
「だから、侯爵家の跡取りであるお前の方がメリアローズさんにふさわしいと?」
静かにそう問いかけると、ジェフリーは憤慨したように口を開く。
「当然だ! なのにあいつときたら、自分の立場も理解せずにふらふらと……」
「それで、彼女に関する不名誉な噂を流せば彼女が自分のものになるとでも思ったのか」
「……周りに誰もいなくなれば、メリアローズも気づくだろう。誰が一番、あいつを幸せにしてやれるのかを――」
「……ふざけるな」
思わず、ウィレムはジェフリーの胸倉を掴んでいた。
「相手を傷つけて、陥れて、それで手に入れて満足か!? メリアローズさんはお前の思い通りに動く人形じゃない!」
三章も残すところあと少しとなります。
キャットファイトの次は騎士バトルを見守ってやってください!
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破滅エンドから逆行したら、二周目は何故か愛されルートでした~闇堕ち令嬢は王子への復讐を諦めない(のに溺愛される)~(仮)
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本作と同じように、ポンコツ主人公と周りがわちゃわちゃする感じの甘ラブコメです!
設定は見ようによっては重いですが中身は軽めのギャグ中心です。
特にこれから更新する9~10話は気合を入れて書いたので是非見ていただけると嬉しいです!