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141 ある男爵令嬢の顛末(3)

 手筈を整え、メリアローズはイーディスを城の一室に呼び出した。

 別にメリアローズ一人でもよかったのだが、ジュリアとウィレムが護衛と称してメリアローズに張り付いている。

 更には野次馬根性丸出しのバートラムもやって来て、この前のパイ投げ事件のパイの味など、どうでもいいことについて熱く語り合ってしまった。

 そのうちに部屋の扉をノックする音が聞こえ、メリアローズが入室を促すとゆっくりと扉が開き、イーディスが顔をのぞかせる。

 やって来たイーディスは、きょろきょろと警戒するようにあちこちを見回している。


「あら、どうかしたの?」

「いえ……前のパイの件があったので。もしかしたらどこかに落とし穴が掘ってあったり、トラップに引っかかるとタライが落ちてきたりするのではないかと」

「王城にそんな大掛かりな仕掛けを作ったら私が怒られるわ!」


 メリアローズはイーディスの無駄な想像力の豊かさにため息をついた。


「今日あなたを呼んだのは、会わせたい人がいるからよ」

「えっ……?」


 イーディスが驚いたように目を丸くする。

 そろそろね……と、メリアローズは傍らのジュリアに合図した。


「イーディスも来てくれたことだし、もう一人のお客様を呼んできていただけるかしら」

「はい、メリアローズ様!」


 ボールを投げられた犬のようにジュリアは部屋を出ていき、すぐに目的の人物を連れて戻ってきた。

 その人物の姿を見て、イーディスははっと息を飲む。


「オーウェン、なの……?」

「やぁ、久しぶりだね、イーディス」


 メリアローズがここに呼んだのは、イーディスの元婚約者――オーウェンだ。

 結果がどうなるにしろ、この二人は一度ちゃんと話をした方がいい。

 そう思い、ダメもとのお節介を焼いたところ、オーウェンの方からはイーディスとの話し合いを承諾する返事を貰えた。


 ――『人の婚約者を誑かすようなクズの癖に! その綺麗な顔の裏でどんな汚い手を――』


 あの断罪の場で叫んだ言葉から、メリアローズはイーディスがまだオーウェンのことを慕っているのではないかと考えていた。

 あれほど執拗にメリアローズを追い落とそうとしたのも、不本意とはいえメリアローズがイーディスからオーウェンを奪うような形になったからだろう。


 ――だから、一度二人でゆっくり話し合えば……。


 わだかまりも、溶けるかもしれない。

 そう考えてしまうのは、甘いのだろうか。


「……聞いたよ、イーディス。君が王宮に上がってからのことを」


 オーウェンの言葉に、イーディスの肩がぴくりと跳ねる。

 事前に「あまりイーディスを責めないでやってくれ」と伝えていたメリアローズは焦ったが、その心配はなかった。


「……正直言うと、嬉しいよ、イーディス。君がそこまで、僕のことを想っていてくれたなんて」


「うわ、まじかよ」と呟いたバートラムに裏拳をお見舞いし、メリアローズはどきどきと事の成り行きを見守る。

 これは、復縁展開が来てしまうのではないか……!?


 メリアローズの想像通り、オーウェンは優しくイーディスに微笑みかけた。


「綺麗になったね、イーディス。今になって君を手放したことを後悔するなんて、僕はなんて馬鹿な男なんだろう……」


「確かに馬鹿ですね」と呟いたジュリアの足をふみふみしつつ、メリアローズは一言一句聞き逃さない勢いで目の前の展開を見守る。


 ――失った愛を取り戻すなんて……素敵ね……!


 メリアローズの期待通り、オーウェンはイーディスに向かって優しく手を差し出した。


「イーディス、君さえよければ、もう一度やり直さないか……?」


 きたああぁぁぁ!!! と大興奮しつつ、メリアローズはイーディスの方へ視線をやった。


「オーウェン、そんな……」


 はっとしたように口元を押さえるイーディスの頬も心なしか赤く染まっている。

 今の彼女は、確かにみずみずしいリンゴのような美少女だった。


「私、私……」


 一歩ずつ、イーディスはゆっくりオーウェンの方に近づく。


「私、そんな――」


 そして、抱き着くように彼へと手を伸ばし――。




「そんな安い謝罪で済むかボケエエエェェェェェ!!!!」




 がしりとオーウェンの胴体を掴んだかと思うと、ブリッジしながら後方へ投げ落としたのだ。


「ぐぎゃんっ!!」


 勢いよく叩きつけられたオーウェンは、潰れたカエルのような声を上げて嫌な角度で床に落下した。

 あまりにも見事なスープレックスの炸裂に、一同は感嘆のため息を漏らした後……困惑した。


 ――え、え……? 待って、どういうことなの!?


 メリアローズの視線の先のイーディスは、床に伸びたオーウェンの上に乗っかって、ぼこぼこと彼を殴りつけているではないか。


「どうしてくれんのよ! 私のプライドずたずたじゃない!! しかも『君がそこまで、僕のことを想っていてくれた』ですって? 何思いあがってんのよ! うざいのよそういうの!! 私が欲しかったのは、あんたが相続する地位と財産よ! あんたなんてそのおまけよおまけ!!」

「うわぁ……すがすがしいまでの成金思考だな」


 呆れたようにバートラムがそう零す。

 メリアローズの頭の中で、「すれ違いつつも再び愛を成就させた二人」という綺麗なイメージががらがらと崩れていく。

 ……どうやら現実は、なかなか恋物語のようにはうまくいかないようだ。


「ここにはもっと地位も財産も持ってる人もたくさんいるのよ? 誰が好き好んで、あんたみたいなクソ野郎と復縁すると思ってるのよ! 謝罪まで安っぽいし……本気で悪いと思ってるなら詫び宝石くらい持ってこいやゴルアアァァァ!!!」


 今のイーディスは、まるで怒り狂うゴリラのようだった。

 なるほど、今まで彼女のことはは物語のヒロインのような少女かと思っていたが、認識を改める必要がありそうだ。


「男爵令嬢って、みんなあんな感じなのかしら」

「それは、他の多くのまともな男爵令嬢に失礼だと思いますね」


 何故メリアローズの周りにやって来る男爵令嬢は、こうアグレッシブなタイプが多いのだろうか。

 一通りオーウェンをボコボコにして満足したのか、ふぅ、と息を吐いてイーディスがやって来る。


「話し合いの場を設けていただき感謝いたします、メリアローズ様。おかげですっきりしました」

「そ、そう……それならよかったわ」


 果たして今のが『話し合い』であったのかどうかは謎だが、少なくともイーディスは満足したのだろう。

 ボロ雑巾のようになったオーウェンを視界に入れないように気を付けつつ、メリアローズはなんとか引きつる表情を笑みに変えた。


「そうね……私が言えたことじゃないけど、あなたに前を向いてほしかったの」

「はい、もうあんなクソ男なんかに小指の爪の先ほどの未練はありませんので、大丈夫です!」


 そう告げたイーディスの表情は、今までに見たことがないほど晴れやかだった。


「あなたの言う通り、ここにはたくさんの殿方がいらっしゃるわ。イーディス、あなたならきっと、素敵な相手を見つけられるはずよ」

「ありがとうございます、メリアローズ様。でも、私……」


 イーディスは一歩メリアローズに近づいた。

 かと思うと、彼女はまるで甘えるようにメリアローズの腕に絡みついたのだ。


「しばらく殿方はこりごりです! メリアローズ様のように素晴らしい女性にお仕えする方が、ずっと有意義ですもの!!」

「あっ、ずるい! メリアローズ様にお仕えすることなら負けませんからね!!」


 対抗心を燃やしたのか、ジュリアがもう片方の腕にしがみついた。

 ぴたりとメリアローズにくっつく二人の男爵令嬢は、そのまま「いかに自分の方がメリアローズを慕っているか」という口論を始めてしまう始末。


 ――いったい、これはどういう状況なのかしら……。


 よくわからないが、イーディスが元気になったのならそれでよしとしよう。




「……おいメガネ。あの状況ほっといていいのかよ」

「できれば二人を引き離したいが……王子から『このような状況が発生したら極力見守って後ほど報告するように』との厳命を受けている」

「お前も大変だな……」


 ウィレムはどこかイライラした様子で、ダブル男爵令嬢に取り合われるメリアローズを見つめている。

 ユリシーズ王子が「百合に男はいらない派」であることは、バートラムもよく知っている。王子に仕える騎士である以上、ウィレムも真っ向からその意向に逆らうことはできないのだろう。

「まぁ頑張れ」と友人の肩を叩き、バートラムは苦笑した。

コミカライズ7話が更新されました~!

ウィレムVSチンピラ回です! アクションシーンがしゅごい!

今回は! ウィレム君が本当にめちゃかっこいいので!!

是非読んでください!!!!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 悪役令嬢こじらせすぎて、元婚約者ぶん投げて(物理)、百合に走ったかー どうしてこうなった!? そして王子大歓喜! ジュリアの足ふみふみ …きっとここも、微笑ましいんでしょうね!?
[一言] オーウェン南無……仕方ないね
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