139 ある男爵令嬢の顛末(1)
黒幕を片付けることはできたが、まだメリアローズにはやることがある。
思いあがってメリアローズを断罪しようとした、ジェフリーとイーディスに対する逆断罪だ。
ジェフリーとイーディスの二人は、現在城の一室に軟禁されており、メリアローズの親衛隊とジュリア率いるメイド隊が見張りについているはずだ。
ウィレムとバートラムを引き連れ彼らのいる部屋へと戻り、扉を開けた瞬間……メリアローズは硬直した。
部屋の中央にジェフリーとイーディスが座って項垂れている。
その二人を取り囲むようにして……メリアローズの親衛隊とジュリアたちが、謎の踊りを踊っていたのだ。
実に奇妙な光景である。
「……なんなのかしら、これ」
「あっ、メリアローズ様だ! おかえりなさい!!」
メリアローズの到着に気づくと、ジュリアは主人に忠実な犬のごとくこちらへ走り寄ってくる。
「メリアローズ様! メリアローズ様が不在の間、あの二人をしっかりと見張ってました! 褒めてください!!」
「えらいえらい……で、あの変わった踊りは何なのよ」
よしよしとジュリアの頭をなでながら問いかけると、彼女は満面の笑みを浮かべて答えてくれた。
「私の故郷に伝わる豊穣を祝う踊りです! ただ見張ってるだけだと暇だったんで、どうせなら踊りながら見張ろうってことになって」
「豊穣の踊り、ねぇ……」
控えめに見ても呪いの儀式にしか見えなかった、という言葉をメリアローズは飲み込んだ。
なぜ踊りながら見張ろうなどという結論に至ったのかは謎だが、ジュリアたちはしっかりと見張りの任を全うしてくれた。
「助かったわ、ジュリア。それで……もう一つお願いがあるのだけど」
「何なりとお申し付けください、メリアローズ様!」
こしょこしょとジュリアの耳元に囁くと、彼女は顔を輝かせて頷いた。
「お任せください! 全速力で用意します!」
「頼むわよ。最後にこれやらないとすっきりしないから」
メリアローズの依頼を受け、ジュリアはまだ謎の踊りを踊っていたメイドたちを引き連れて部屋を出て行った。
さて、そろそろ頃合いだろう。
「皆さま、ご協力感謝いたします」
メリアローズがそう声をかけると、一心に踊っていた親衛隊の面々が、シュバッとメリアローズの前に一列に跪いた。
「我ら親衛隊一同、メリアローズ様のお戻りを心待ちにしておりました!」
「ありがとう、あなた方のおかげで助かりましたわ」
「メ、メリアローズ様にお礼を言われてしまった……! 俺は明日死ぬかもしれない」
「気をしっかり持て! お前が死んだら三番隊はどうなる!!」
大げさに感激したり、感動のあまりその場で倒れる親衛隊たちを放置し、メリアローズはジェフリーとイーディスの前まで足を進める。
傍らには、ウィレムとバートラムもいる。
「少しは反省したかしら? お二人とも」
優雅に声をかけると、ジェフリーはどこかふてくされたような顔で、イーディスは青ざめた表情で顔を上げる。
「ふん、僕も男だ。煮るなり焼くなり好きにするがいい」
この期に及んでそんなことを口にするジェフリーに、メリアローズはため息をつく。
「あなたを煮るくらいなら、季節の野菜でも煮た方がよっぽど時間の有効活用だわ」
「なんだと!? ラタトゥイユでも作るつもりか? 僕は野菜以下だと言いたいのか!?」
「あら、まさか自分が野菜に勝ってるとでも思っていたの? ひどい思い上がりね」
「メリアローズ! 君は僕よりラタトゥイユを選ぶというのか!? そんなに庶民の味が好きなのか!!」
「まず食べ物から離れろ」
いきり立つジェフリーとメリアローズの間に、どこか不機嫌そうなウィレムが割って入ってくる。
そのままウィレムとジェフリーは、至近距離で睨み合った。
「……ウィレム・ハーシェル。お前はまた――」
「文句があるなら後日受けて立つ。もちろん、剣で。今はおとなしくしてろ」
ウィレムがそう告げると、ジェフリーは悔しそうにウィレムを睨みつけたが、それっきり大人しくなった。
その反応を不思議に思いつつ、メリアローズは今度はイーディスに声をかける。
「あなたはどうなの、イーディス?」
メリアローズが声をかけると、イーディスはきゅっと唇を噛んで顔を上げた。
「……なによ、やるなら好きにしなさいよ。国外追放でも断頭台でも持ってくればいいんだわ……!」
――……やっぱり、悪役令嬢物の小説を読み込んでるわね。全部終わったら、おすすめ作品を聞いておかないと。
そんなことを考えつつ、メリアローズは扇で口元を隠しながら、優雅に微笑んで見せた。
「あら、わたくしがそんなことをするとお思いで? 宮廷狸の手の上で踊らされていただけの可哀そうな子ウサギちゃんに、そこまでの罰を求めてはいないわ」
「手の上で踊らされていた子ウサギって……まさか、私のこと……?」
イーディスは呆然とそう呟いた。
どうやら彼女は自分がオーガスタスの駒として操られていたことも、そのせいであと一歩で殺されるところだったということにも気づいていないようだ。
「バートラム、説明してあげて」
「仕方ねぇな」
一歩進み出たバートラムが、簡潔にイーディスに事のあらましを告げた。
話を聞いていくうちに、どんどんとイーディスの顔色が悪くなっていく。
「そんな、嘘……」
「残念ながら本当だ。よかったな、うっかり利用されて殺されなくて。メリアローズに感謝するんだぞ」
バートラムの言葉に、イーディスはおずおずとメリアローズの方へ視線を向けた。
そのおどおどした様子は、本当に小さな子ウサギのようだ。
「イーディス、一応言っておくと。私は怒ってるの。ものすごぉく、怒ってるの! 仕組まれていたとはいえ、あなたのしたことを簡単に許すつもりは無いわ。国外追放や断頭台はないにしても、あなたにはそれ相応の罰は受けてもらうわよ」
そう告げると、イーディスは明らかに怯えたように息を飲んだ。
きっと今頃彼女の頭の中では、悪役令嬢の悲惨な末路の数々が渦巻いていることだろう。
ちょうどタイミングのいいことに、その時コンコンと扉を叩く音が聞こえた。
どうやらジュリアたちが戻ってきたようだ。
「お待たせいたしました、メリアローズ様!」
ガラガラとジュリアが運んできたワゴンの上には、メリアローズが指示した通りクリームのたっぷり塗られたパイが鎮座していた。