138 時季外れの断罪イベント(11)
まるで夜逃げのような勢いで執務室を出たオーガスタスを見送り、メリアローズはふぅ、と息を吐く。
「あいつが国を出るまで追っ手をつけさせるように手筈は整えてる。万が一おかしな行動をとった場合は、その場で始末するようにとも」
「…………そう」
そう説明したバートラムを、メリアローズは軽く睨んだ。
「随分と、用意周到ですこと」
「……そんなに怒るなよ。お前に黙ってたのは悪いと思ってるって」
「だったらもっと早く教えてくれてもいいじゃない! 私抜きで話を進めようとしてたなんて酷いわ!」
バートラムとウィレムはメリアローズよりも早くに、一連の出来事の裏にいるのがオーガスタス卿だと気づいていた。
ここに来る途中でウィレムにそう聞かされて、メリアローズは随分と驚いたものだ。
しかもメリアローズが自分でその真実に気づかなければ、メリアローズには知らせずに彼を始末しようとしていたというではないか。
「しかもイーディスを暗殺してその罪を私に擦り付けようととしてたって何!? 私さっき聞いてびっくりしたんだけど!!」
「あ、そこまで気づいてたわけじゃないのか」
「そんなこと思いつきもしなかったわよ!」
「その割には迫真の演技で奴を追い詰めてましたが……。まるで悪役令嬢みたいに」
「何となくノリでやってやっただけよ! 『いつから、気づいていたのですか』って、全然気づかなかったわよ! 残念なことに!!」
オーガスタス卿はメリアローズがすべてを知ったうえでここに制裁を下しにやって来たと思っていたようだが、実際はそうではない。
メリアローズは「なんとなくオーガスタス卿が怪しい」というあやふやな疑いしか抱いてはいなかったのだ。
――しかも、それだって大臣の言葉がなければ気づかなかったわけだし……。
悔しいことに、完全に自力で真相にたどり着いたわけではないのだ。
ただオーガスタスがイーディスたちの裏にいるのではないか、という疑念をウィレムに話すと、ウィレムからその話がバートラムに伝った。
そこでバートラムがオーガスタスの周辺を集中的に洗ったところ、イーディスの香水の入れ替えを命じられた侍女がバートラムに泣きつき、彼の計画を突き止めることができたらしい。
バートラムはメリアローズには秘密裏にオーガスタスを始末したかったようだが、ウィレムはこの場にメリアローズも同席したほうがいいと判断してくれた。
そうでなければ、メリアローズはオーガスタスにやられっぱなしで、ずっともやもやした思いを抱えたままだったのかもしれない。
「……ずるいわ。私に知らせずに自分だけおいしい所を持っていこうなんて」
「今回は、本当に危険だったんだよ。一歩間違えば、俺もウィレムもあいつに殺されてた可能性もある。そんなところに、何も知らないお前を連れてくるわけにはいかないだろ」
「そういうあなたは、随分と裏で動いてたみたいね。……ずっと前から」
じとりとバートラムを睨むと、彼は苦笑した
「あいつ、ユリシーズ殿下の治世の為とか言って……笑えるよな。俺が誰の指示で動いてると思ってるんだっての」
「やっぱり……あなたの後ろにいるのはユリシーズ様なのね」
「王子に直接頼まれたんだよ。絶対にリネットやお前を陥れようとするやつが現れるだろうから、陰から守ってやってくれって。……それをお前は、ふらふらしてばっかで仕事しない宮廷内ニートだのなんだの好き勝手言ってくれたけどな」
「うっ……」
どうやらバートラムが昼間からあちこちをふらふらしていたのには、ちゃんと意味があったようだ。
王宮内の女性に声をかけて回ていたのも、情報収集の為だったのかもしれない。
まさかそんなことをしているとは露ほども思わなかったメリアローズは、会うたびに彼に小言を言ったものだ。
真相を知った今では、少し申し訳なかったかもしれない。
「……もっと早くに、話してくれてもよかったのに」
そう零すと、ウィレムが気遣わしげにメリアローズの肩に触れる。
「俺もバートラムも、できればあなたを危険な目に遭わせたくなかったんですよ。ただでさえ、あなたはあの噂のせいで憔悴してましたから」
「それはわかってるわ。でも……私は知りたかった」
真っすぐにそう告げると、ウィレムとバートラムは驚いたようにメリアローズを見つめた。
「私……確かに弱いかもしれない。あなたたちの足手まといになるかもしれないわ。でも、ユリシーズ様とリネットを支えるためにも強くなるって決めたの。だから、次にこういうことがあったら、ちゃんと私にも教えて欲しい」
メリアローズは、ユリシーズとリネットを支えるためにこの王宮に足を踏み入れたのだ。
いずれはオーガスタス卿やミルフォード大臣のような宮廷狸とも、渡り合えるようにならなくてはならない。
メリアローズの決意を聞いて、バートラムは笑った。
「……女王様は我儘だな」
「ちょっと! 私は真面目に話をしてるのよ!?」
「わかってるって。……聞いたかウィレム。メリアローズはお前が思うよりたくましいだろ」
メリアローズがウィレムの方へ視線を向けると、彼はどこか迷うような表情をしていた。
「メリアローズさん、俺は……できることなら、あなたを危険から遠ざけたいと思ってるんです。あなたのお父上と同じように」
「…………そう」
メリアローズは彼の思いを責めるつもりは毛頭なかった。
だが、メリアローズにも譲れないものはあるのだ。
「それでも、私は逃げるわけにはいかないの。この道を進むって決めたから」
「でも、それでもし危険な目に遭ったら――」
「あら、その時はあなたが守ってくれるでしょう?」
悪役令嬢を演じた時も、悪役令嬢をやめた時も、今だって……ウィレムはいつもメリアローズを守ってくれていた。
だから、きっと彼がいてくれれば……どんな困難にも立ち向かえる気がしてくるのだ。
ウィレムはメリアローズの言葉を聞くと、観念したように笑う。
「……あなたには敵いませんね」
「ふふん、どこまでも付き合ってもらうわよ」
――……大丈夫。私は負けないわ。
だってメリアローズの傍には、こんなにも頼りになる盾が二人もいるのだから。