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136 時季外れの断罪イベント(9)

「今晩は、オーガスタス卿」


 王宮内の塔の一つ、その上階の執務室にて。

 突然の来客に、宰相補佐――オーガスタス・ラティマーは目を丸くした。


「これはこれはバートラム殿。一体こんな時間にどうしたのです?」


 やって来たのはメイヤール侯爵家の子息だった。

 一体何の用なのだろうか。

 オーガスタスと彼は別に親しいわけではない。彼がわざわざ夜半に自分を訪ねてくる理由など特にないはずなのだが……。


「確か今夜は、若者たちが大勢出席する舞踏会が開かれているのでは?」

「あぁ、俺も招待されてますよ」

「おやおや、あなたをお待ちのご婦人方も多いことでしょう」

「例えば、マクスウェル公爵家のメリアローズ嬢とか?」


 バートラムがにやりと笑って口に出した名前に、オーガスタスは苦笑した。


「宰相閣下にはそのように仰らない方が良さそうですね、バートラム殿。彼はメリアローズ嬢のことに関しては厳しいですからな」

「そのメリアローズ嬢ですが、最近はどうやらよくない噂に苦労しているようで……。なんでも男たちの注目を集める男爵令嬢に嫉妬して、くだらない嫌がらせを繰り返しているとか」

「まさしく、くだらない噂ですな。メリアローズ嬢がそのようなことをなさるはずがない」

「ですが、中には本気にする者もいるようです。ちょうど今、下のホールでアップルトン男爵令嬢を慕う者たちが、メリアローズ嬢を糾弾しているそうですよ」

「そんなことが……。でしたらバートラム殿、あなたはメリアローズ嬢を庇いに行かなくてもよろしいのですか?」

「俺が行かなくても、彼女には立派な騎士と下僕共がいるんで。なんとかなるでしょう。それより……」


 バートラムはごそごそと懐を漁ると、リンゴの形を模した小瓶を取り出した。


「これに見覚えは?」

「……さぁ、申し訳ありませんが、そういった方面には疎いもので――」

「これは、アップルトン男爵令嬢が愛用する香水です。…………あんたがすり替えた物だけどな」


 低い声でそう告げるバートラムに、オーガスタスはすっと目を細めた。


「……いったい、何のことですかな」

「最初はただ単にメリアローズの評判を落とそうとしてるのかと思った。だが、所詮は小娘同士の男の取り合いだ。周りは喜んで(はや)し立てるだろうが、大きく宮廷内の情勢を揺るがす事態にはならないだろうな。でも……」


 バートラムが小瓶を持ち上げ、窓から入る月明かりにかざす。

 リンゴの形を模した小瓶の中の液体が、不気味に揺らめいた。


「そんな状況で、イーディスがリンゴの毒に倒れたら……悪い魔女に仕立て上げられるのは誰だろうな?」


 何もかもお見通しだとでも言いたげに、バートラムは意地悪く笑ってそう告げた。

 その言葉を聞いて、オーガスタスはふぅ、と小さく息を吐く。


 ……どうやら、どこかの誰かから内情が漏れていたようだ。

 大方、香水瓶の中身のすり替えを指示した侍女あたりだろう。

 後で……処分をしなくては。


「さすがはバートラム殿。明晰な頭脳をお持ちですな!」


 これ以上しらばっくれても無駄だろうと踏んで、オーガスタスはにこやかな笑みを浮かべた。

 これは裁判ではない。いかに有利に駒を進めるかのゲームなのだから。


「聡明なあなたならわかってくださるとは思いますが……誓って、私は常にこの国の未来の為に動いております。マクスウェル公を中心とした一派は、王家を裏から操りこの国の私物化を目論んでいるのです! 正攻法では、もうその流れは止められない。だから……こうするしかなかったのです」


 重々しい口調で、オーガスタスは続ける。


「国を蝕む腐敗はこの代で終わらせ、新たなユリシーズ殿下の治世では、明るい未来を切り開いていただきたい……! そのためなら、私は悪魔に魂を売る覚悟です。それが、王家に仕える貴族の真にあるべき姿ではないでしょうか? バートラム殿、あなたなら、わかってくださるでしょう……?」


 オーガスタスの言葉を聞いて、バートラムはくすりと笑う。


「それで、俺にメリアローズを裏切れと?」

「あなたとメリアローズ嬢が親しいことは存じております。もちろん、何の罪もないメリアローズ嬢には可哀そうなことをしたと思っております。だが、彼女の父の暴走を止めるにはこうするしかなかったのです……! 必ず、メリアローズ嬢の命は救って見せましょう。ですから……私と共に来ていただきたい」


 オーガスタスはバートラムに手を差し出した。

 だがバートラムは……冷たい視線で見下ろすだけだ。


「悪いけど、俺は一応あいつの盾に任命されてるんで。裏切れないんだよなぁ」


 にやにや笑うバートラムに、オーガスタスは心の中で舌打ちした。

 計画を突き止めたところまでは褒めてやってもいいが、この状況でどちらにつくべきかもわからないとは……所詮は猿の浅知恵だ。


 ここで、始末するしかないだろう。


「残念ですよ、バートラム殿」


 侯爵家の跡継ぎの不審死となれば、それなりに騒がれるだろう。

 だが問題ない。間髪入れずにイーディスを殺し、二人の死の責任をメリアローズに押し付けてしまえばいい。


 ――自分を裏切った男と、その男の寵愛を受けた男爵令嬢を殺害した、嫉妬に狂った公爵令嬢。


 そう思われるように仕向ければいい。宮廷雀がさぞかし喜ぶ筋書きだ。

 マクスウェル公爵がどう動こうと、破滅の運命は免れないだろう。


「あなたなら、見込みがあると思ったのですが……」


 右足の踵でカツカツと2回、床を叩く。

 バートラムは丸腰でたったの一人。すぐに方はつくだろう。


「来世では、もう少し賢く生まれつくことですな」


 性急に石造りの階段を駆け上がる足音が聞こえてくる。すぐに、オーガスタスの私兵がここにやってくる。

 バートラムは焦るでもなく、ただ部屋の扉の方へ視線をやった。


「主役のお出ましだ」


 何を言ってるのか、とオーガスタスは眉をひそめた。

 だが、次の瞬間扉が開き、現れた人物に彼は凍り付く。


「あら、こんなに楽しいパーティーに招待してくださらないなんて、酷いのではなくって?」


 白の騎士に手を取られ、ゆっくりと室内に足を踏み入れる乙女。


「今晩は、オーガスタス卿。いい夜ですこと」


 それは、ここにいるはずのない――今まさにイーディスとその取り巻きに断罪されているはずの、メリアローズ・マクスウェルその人だったのだ。

コミックシーモアにてコミカライズ6話が配信開始されました!

いよいよメリアローズとウィレムのデート(仮)開始となりました。

端から端まで尊みしかないにやにや回です!!

浮かれまくるウィレム君が非常におもしろいので是非読んでみてください!

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