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135 時季外れの断罪イベント(8)

「と、とにかく! 皆様のおっしゃる通り、私はイーディスさんへの嫌がらせなどは断じて行っておりません。きっと、少し思い違いがあったのでしょう」


 あくまでこの場を収めようと、メリアローズは「まぁ勘違いなら仕方ない」という空気を醸し出しつつそう告げた。

 ここで二人が退くのなら、(表面上は)丸く収めよう。

 そう気を遣っての言葉だったのだが……。


「……なんで、……っかり」

「ぇ?」


 ぽつりとイーディスの呟いた声が聞こえ、メリアローズは思わず彼女の方へ視線を向けた。

 そして、思わずひっと息を飲んでしまった。

 イーディス・アップルトンは、これ以上ないというほど怨嗟の籠った瞳で、メリアローズを睨みつけていたのだ。


「なんでいつも、あなたばっかり! なによ、公爵令嬢だっていうのがそんなに偉いの!? そうやって上から目線で偉そうにぺらぺらと……私のことを馬鹿にしてるんでしょ!」

「な、なにを……」


 豹変したイーディスの気迫に、メリアローズは思わず一歩足を引きかけてしまった。

 だが、大勢の前でそんな気弱な態度は見せられない。

 何とかその場に踏みとどまると、傍らのウィレムがメリアローズをかばうように一歩前に出る。

 その様子を見て、イーディスは意地悪く口角を上げて吐き捨てた。


「いいわね、あなたは。そうやって生まれついた身分とお綺麗な顔で周りを(たぶら)かして、今まで苦労したことなんてないんでしょ?」


 イーディスの甲高い声が、鋭いナイフのようにメリアローズの心に突き刺さった。


 ――「公爵家に生まれたことだけが取り柄の癖に」


 かつて、ルシンダ・カルヴァートに言われた言葉が蘇る。

 そう思われないように、努力していたつもりだった。

 公爵令嬢という立場を最大限に利用して、ユリシーズやリネットを支えようと頑張っていた。

 けれど……結局は何もできていなかったのかもしれない。


 イーディスは今度はウィレムの方へ視線を向けると、嘲るように笑う。


「そこのあなたも……いいように騙されて馬鹿みたい! どうせあなたなんて、大勢侍らせてる男のうちの一人に過ぎないのよ。恥ずかしいと思わないの?」


 そんなイーディスの挑発にも、ウィレムは動じなかった。

 ただ彼は冷めた目でイーディスを見つめ、ぼそりと吐き捨てる。


「君は哀れだな」

「なっ!?」

「物事の本質がまったく捕らえられていない。自分の見たい物しか見えていない。ただの子供の癇癪だ」

「なんですって……?」


 怒りからか、イーディスの頬がぱっと紅潮する。

 彼女は憎悪の籠った目つきでウィレムを、そしてメリアローズを睨むと、おとなしい令嬢の仮面を叩き割る勢いで叫んだ。


「人の婚約者を誑かすようなクズの癖に! その綺麗な顔の裏でどんな汚い手を――」

「いい加減にしてくれませんか」


 その時、喚き散らすイーディスの言葉を遮るように、ひやりと冷たい声がその場に響き渡った。

 コツコツと小さな靴音を鳴らしながら彼女が進み出ると、観衆はぱっと道を開けた。

 メリアローズは信じられない思いで、現れた人物の名を呼ぶ。


「リネット……?」


 やって来たのは、メリアローズの親友であり王子の婚約者でもある伯爵令嬢――リネットだった。

 だが、今のリネットはいつものリネットではなかった。

 彼女はぞっとするほど冷たい瞳でイーディスを見据えている。

 ぎゃんぎゃんと喚いていたイーディスもその気迫に押されたのか、ぴたりと黙り込んでしまった。


「あなたの言葉はただの言いがかりです。メリアローズ様の周りに人が絶えないのは、彼女が公爵令嬢だからではなく、彼女の人徳故です。メリアローズ様は常にその地位に恥じぬようにと努力されています。ずっと……側で見ていた私にはわかるのです。それなのに……何も知らないあなたが、わかったような口を利くのはやめてもらえませんか」


 リネットが一言発するたびに、周囲の温度が一度ずつ下がっていくような気がした。

 さっきまでリンゴのように真っ赤だったイーディスの顔色も、今は哀れなほどに青ざめている。

 それもそのはずだ。

 今イーディスが対峙しているリネットは、ユリシーズ王子の婚約者――未来の王妃なのだから。

 さすがのイーディスも、敵に回してはいけない人物を敵に回してしまったと理解したのだろう。


「メリアローズ様の評判を貶めるような噂をばらまいたのも、あなた方ですね。そのうえ、こんな風に吊るし上げるような真似をするなんて……愚かにもほどがありますわ。もしもこれ以上、メリアローズ様を陥れるようなことを続けるのなら……」


 リネットはそこで一度息を吸うと、静かに告げた。



「わたくしは……絶対にあなた方を許しません」



 その瞬間、戦々恐々と状況を見守る者たちの間に極寒の風が吹き抜けた……ような気がした。

 いつもは春風のように穏やかな空気を纏うリネットだが、今の彼女はまるで絶対零度の氷河だ。

 見守るメリアローズですら、背筋が寒くなったのだ。

 リネットのブリザードを真正面から浴びたイーディスとジェフリーなどは、きっと生きた心地がしないであろう。


「違う、私は悪くない……。だって、だって……」


 イーディスは真っ青な顔で、それでもぶつぶつと呟いている。

 その声を聴いて、リネットは不快そうに眉をひそめた。


「だったら、あなたはメリアローズ様が悪いとおっしゃるつもりですか」

「だって! あの人が――」

「やめろ、イーディス」


 愚かにもリネットに食って掛かろうとしたイーディスを引き止めたのは、意外にも彼女の傍らのジェフリーだった。


「……諦めろ。俺たちの負けだ」

「そんな、嘘――」


 ジェフリーの言葉を聞いて、イーディスは絶望したようにその場に膝をつく。

 リネットは冷たい瞳でその様子を見下ろしていた。

 ……そろそろ、潮時だろう。

 メリアローズは緊張を紛らわすようにすぅ、と息を吸うと、一歩足を踏み出した。


「ありがとう、リネット。もう大丈夫よ」


 そう声をかけると、リネットがはっとしたようにこちらを振り返る。


「メリアローズ様、私――!」

「ありがとう、私を信じてくれて。嬉しかったわ」

「メリアローズ様……!」


 感極まったのか泣きそうな表情になるリネットは、メリアローズのよく知っているリネットだった。

 その顔を見て、メリアローズはほっと安堵した。


 ――さて、後はうまくこの場を収めないと……。


 ここでこれ以上リネットに弱い者いじめのような真似をさせては、今度はリネットの評判が落ちてしまう。

 メリアローズは静かにイーディスに近づき、彼女に声をかけた。


「さて……ちょっとした『誤解』も解けたようですし、後は私たちだけでお話をしましょうか」


 顔を上げたイーディスは、恐ろしい者でも見るような目でメリアローズを見ている。

 怒り狂ったメリアローズに粛清されるとでも思っているのだろうか。


「ジェフリー、あなたも……」

「あぁ、わかっている」


 ジェフリーは意外なことに、驚くほど潔かった。

 彼は呆然自失状態のイーディスを支えて立たせると、まっすぐにメリアローズの方を見つめた。


「メリアローズ、僕は――」

「おい、後にしろ」


 ジェフリーは何か言いかけたが、メリアローズをかばうように間に入ってきたウィレムに遮られてしまった。


「そこのストーカー集団。頼みたいことがあるから手を貸せ」


 ウィレムが「メリアローズ様を密かに見守り隊」の面々に声をかけると、彼らはいっせいにブーイングした。


「メガネの癖に偉そうに! どの口で我らに頼み事など――」

「ごめんなさい、私からもお願いするわ、手を貸していただけないかしら」

「はいっ、喜んで♡♡♡」


 ……ちょろい。

 メリアローズが口添えすると、見守り隊の面々はあっさりと寝返ってくれた。

 ちらり、と振り返ると、気遣わし気にリネットを支えるユリシーズが、メリアローズに向かって小さく頷いた。

 どうやら、この場は彼に任せてもよさそうだ。


「皆さま、お騒がせして申し訳ございませんでした。どうぞ、楽しい時間を続けてくださいませ」


 観衆に向かってそう告げ、一礼する。

 その間に、ウィレムは見守り隊を動員してジェフリーとイーディスを包囲するように会場から出ていかせた。

 すぐにユリシーズ王子が観衆に何事か語り掛け、皆の注意はそちらへと向かったようだ。


「……メリアローズさん。この後は――」

「まだ、問い詰めなきゃいけない人がいる。そうでしょう?」


 そっと近寄ってきたウィレムにそう問いかけると、彼は一瞬驚いたような顔をした後……深く頷いた。


「あなたの想像通りです」

「やっぱりね。どうせバートラムが先に行ってるんでしょうけど、私は自分の口で問い詰めたいの」

「……危険な目に遭うかもしれませんよ」

「あら、その時はあなたがちゃんと守ってくれるでしょう?」


 悪戯っぽくそう言うと、ウィレムは優しく笑った。


「えぇ、勿論です。この命にかけて」

「それじゃあ、行きましょう」


 ジェフリーやイーディスを駒として操っていた、この騒動の「黒幕」へ鉄槌を下さなければ。


「ゲームマスター気取りのお馬鹿さんを、盤上に引きずり出してやるわ」



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