134 時季外れの断罪イベント(7)
「え、ストーカー集団…………?」
それは、いったいどういう意味なのだろう。
メリアローズは意味が分からずに首を傾げた。
「ストーカーとは人聞きが悪い! 我らには『メリアローズ様を密かに見守り隊』という正式名称が――」
「やってることはどう見てもストーカーだろ」
ストーカー呼ばわりに抗議する青年を冷たく一瞥し、ウィレムは呆れたように吐き捨てる。
「違う! 我らは『メリアローズ様を陰からお守りしたい』という崇高なる理念の元、日々メリアローズ様を密かに見守っているのであって、ストーカーなどという低俗な行為と一緒にしてもらっては困る!」
「そういうのをストーカーって言うんだよ!」
自称「メリアローズ様を密かに見守り隊」の一人の青年とウィレムは、ぎゃあぎゃあと口喧嘩を始めてしまった。
彼らの会話を聞いているうちに、メリアローズもじわじわと言葉の意味を理解し始めていた。
「あ、あの……」
おずおずと声をかけると、見守り隊の青年が慌てたように姿勢を正し、こちらへと向き直る。
「本来ならこのようにあなたの前に姿を現すべきではないのですが……、ご無礼をお許しください」
「い、いえ……その、あなたは……」
「メリアローズ様を密かに見守り隊、栄えある一番隊長を務めております、アルフレッド・アディントンと申します」
跪きそう名乗った青年を、メリアローズは知っていた。
「えぇ、存じております。アルフレッド様。学年末の舞踏会の際に、薔薇の花をくださいましたね」
ユリシーズ王子がリネットを選んだ、メリアローズにとっては忘れられない舞踏会の日。
目の前の青年は確か「踏みつけてください!」などという言葉と共にメリアローズに薔薇の花をくれたことを覚えている。
それ以降は他の貴公子のようにしつこく付き纏う……ということはなかったが、たまにサロンなどで会うと「今日もメリアローズ様のおみ足は素晴らしい」などとよくわからない褒め方をしてくる青年だ。
メリアローズがにっこり笑って声をかけると、彼の頬が一気に紅潮した。
「おい、聞いたか皆の者! メリアローズ様は僕の存在を認識していらっしゃるぞ!」
「あ、ずりぃ! メリアローズ様、俺は二番隊長を務めるバークス家の――」
「チェスターと申します! 三番隊長です!!」
途端に「見守り隊」のメンバーに囲まれてしまい、メリアローズはその熱気に圧倒されてしまう。
すぐに、ウィレムが慌てたように彼らとメリアローズの間に割って入ってくる。
「おい、それ以上近づくな! メリアローズさんが困ってるだろ!」
なんとか見守り隊の貴公子たちを押し戻し、ウィレムはそっとメリアローズに囁く。
「……細かい事情は後で説明しますので、今はジェフリーとイーディスに集中してください」
その言葉で、メリアローズははっと今の状況を思い出した。
そうだ、今は断罪イベントの真っ最中だったのだ。
見守り隊の存在が非常に気になるが……とにかく彼らのことは思考の端に押しやり、メリアローズはジェフリーたちの方へと向き直った。
「これで、わたくしのアリバイは証明できたかと思いますが。どうでしょうか、ジェフリー様?」
そう声をかけると、「見守り隊」の存在に呆気に取られていたジェフリーは、慌てたように口を開く。
「ふん、そいつらと口裏を合わせたのだろう! そんなものは何の証拠にもなりはしない! 他に証人がいないのなら――」
「ここにいます!!」
その時、突然聞こえてきた声に、メリアローズは慌てて声の方へ振り向く。
すると観衆をかき分けるようにして、侍女のお仕着せを身に纏うジュリアと、同じ格好の少女が数人、勢いよくこちらへ駆けてくるではないか。
メリアローズは訳が分からず呆気に取られてしまう。
「な、なんだ貴様は! 無礼だぞ、誰の許可を得てここにいる!?」
明らかに動揺したジェフリーに、ジュリアは胸を張って言い返した。
「ユリシーズ王子の許可は得ました! ね、王子?」
「あぁ、何も問題ないよ」
ひらひらとジュリアに手を振っていたユリシーズ王子は、メリアローズと目が合うとぱちん、と片目を瞑って見せた。
「彼女たちは僕が呼んだんだ。重要な証人としてね」
「証人……?」
「はい、我らメイド隊が、メリアローズ様の行動を残らず証明して見せます!」
胸を張って勇ましくそう告げるジュリアを見ていると、わけがわからなくて頭がくらくらしてくる。
…………もう「メイド隊」の存在に突っ込むのはやめておこう。いちいち考えていてはキリがない。
メリアローズは心の中で固くそう誓った。
大勢の「なんだこいつらは……」というような奇異の視線にもひるむことなく、ジュリアは堂々とジェフリーに向かい合った。
「メリアローズ様が足を引っかけて転ばせたというその日のその時間。メリアローズ様は薔薇庭園で読書をしてらっしゃいました。私がこっそり見に行きましたし、庭師のハンスさんに聞けば同じことを証言してくれるはずです」
え、あなたも見てたの!? しかも見に来てたって何!!?……という意味を込めてジュリアにアイコンタクトを送ると、彼女は可愛らしく「てへっ☆」と舌を出して見せた。
更にジュリアの隣に控える少女たちが、堂々とした態度で証言を続ける。
「イーディス・アップルトン嬢を物置小屋に閉じ込めたというその時は、中庭で子猫を愛でておられました。渡り廊下を横断する際に私が目撃しましたし、一緒にいたキッチンメイドのマーサも確かにメリアローズ様のお姿を拝見しております。二人で『まぁお可愛らしい』と会話を交わしたのを記憶しております」
「ドレスを汚したとされるその時は、ウィレム・ハーシェル様と一緒に北庭園の東屋にいらっしゃったのを、私とランドリーメイドのセーラが見ております。ウィレム様がメリアローズ様をお膝に乗せ――」
「あ、そこの証言は必要ないからいい」
ウィレムが慌てた様子で静止すると、その少女は一礼して下がった。
「他にも必要ならいくらでも証人を呼んできますよ? 私たちの情報網を辿れば、誰かしらがメリアローズ様のお姿を目撃しているはずです」
どや顔でそう告げるジュリアを見て、メリアローズはそっと額を押さえた。
――そう、私が一人だと思って気を抜いてた時も、本当は誰かに見られていたのね…………。
王宮という場所を甘く見ていた。
――「宮廷の壁という壁には目と耳が付いている」
かつて父が零した言葉の本当の意味を、メリアローズはやっと悟ったのであった。