133 時季外れの断罪イベント(6)
今、彼はなんと言った……?
メリアローズは聞き間違いではないか、と聞こえてきた言葉を反芻してみた。
『メリアローズ嬢がイーディス嬢の横を通りがかった途端、イーディス嬢がわざと自分でティーカップをひっくり返し、紅茶を浴びるところを見たんです』
……おかしい。彼はジェフリーの仕込んだサクラのはずである。
なのにこれではまるで、ジェフリーが口にするメリアローズの悪事とは、イーディスの自作自演のような印象を――
「おいっ! 何を言っている!? 訂正しろ!」
「悪いな、ジェフリー。冷静に考えればどっちに着くのが得かなんて、わかりきってるだろ」
「なっ!?」
絶句するジェフリーを一瞥すると、証言をした青年はメリアローズに向かって優雅に礼をした。
「メリアローズ嬢。僕が先ほどの場面を目撃したのは事実です。必要とあらば何度でも証言する準備はできておりますので、いつでもお呼びいただければ」
「……あなたのご厚意に感謝いたしますわ」
わけがわからないままに、メリアローズは反射的に彼に微笑んで見せる。
――なになに、どういうこと!? 彼はジェフリーの協力者じゃないの!? まさか……!
――『それで、あなたの方の首尾はどうなの?』
――『上々だな。ジェフリーやイーディスはあれで結構詰めが甘いとこあるからな。こっちに着いた方が得だって説得したら、みんなホイホイなびいてくれたぜ』
そういうことか……!
メリアローズはやっと、今の状況を断片的に理解した。
おそらく先ほど証言した彼は、バートラムが説得してこちら側に引き入れたのだろう。
ジェフリーやイーディスには、そうと悟らせないままに。
――まったく、そうならそうで事前に教えてくれてもいいじゃない……!
内心で憤るメリアローズだったが、ジェフリーが一歩こちらに足を踏み出したのを見て、慌てて彼に意識を戻す。
「でたらめだ! メリアローズ・マクスウェル! 貴様が脅して、嘘の証言をさせているのだろう!?」
それはあなたの方じゃない!……と言いたくなるのを堪え、メリアローズはまっすぐにジェフリーを見つめる。
「いいえ、ジェフリー様。私はそのようなことは致しておりません」
――「私は」……ね。バートラムやウィレムがどうしたのかは知らないけど。
メリアローズがはっきりそう答えると、ジェフリーは明らかにたじろいだ。
だがすぐに、格好つけるように前髪をかき上げ、彼は余裕たっぷりに告げる。
「……ふん。まだまだ他にも証言者はいるんだ。さあ!」
彼が一人の青年の名を呼ぶと、人垣から一人の青年が進み出た。
そして、メリアローズが想定していたような「メリアローズ嬢がイーディス嬢に嫌味を言うついでに紅茶をひっかけていた」というような証言をした。
だが、見守っている観衆の反応は鈍い。
先ほどメリアローズ側に着いた青年の件もあり、ジェフリー側の主張を信じ切れないようだ。
人々は顔を見合わせ、一体何が真実なのか、と囁き合っている。
「ジェフリー様、何度も申し上げている通り、わたくしはイーディスさんにそのように振舞ったことは一度もございません」
メリアローズはただ毅然とそう言い放つ。
ここで動揺すれば負けだ。
メリアローズには後ろ暗いことなどないのだから、堂々としていればいい。
「もちろんその一件だけじゃない! お前は廊下の掃除に従事していたイーディスに足を引っかけて転ばせ、さらに彼女を嘲笑しただろう!」
もちろん、メリアローズはそのようなことはしていない。
冷ややかな視線を向けるメリアローズの前で、ジェフリーは傍らのイーディスに呼びかける。
「ほら、イーディス。言いにくいかもしれないが……メリアローズにされたことをもう一度教えて欲しい」
「は、はい……ジェフリー様」
イーディスは瞳に涙をためて、震える声でメリアローズの悪事を挙げた。
曰く、廊下を掃除中に足を引っかけられた。物置小屋に閉じ込められた。男爵令嬢風情が生意気だとドレスを破られた……など。
――悪役令嬢欲張りセットね……。やっぱりこの二人、悪役令嬢物の小説を読み込んでいるに違いないわ。
こんな時でなかったら、おすすめの作品について語り合いたいくらいだ。
……などと現実逃避している場合ではない。
「記憶にございませんが……それは一体いつの出来事なのかお伺いしても?」
そこまで綿密に嘘の設定を作りこんではいないだろう、と踏んでメリアローズはそう問いかけた。
だが、イーディスは泣きそうな声で、それぞれの悪事について日付と時間を告げて見せた。
なるほど、やはり彼女はジェフリーよりよほど用意周到なようだ。
――しかもこの日付と時間帯って……私が一人で読書してる時間じゃない!
まさか、彼女はメリアローズのアリバイを証言する者がいないことを知ったうえで、被害をでっちあげたのだろうか。
その狡猾さに、メリアローズは舌を巻いた。
「答えろ、メリアローズ・マクスウェル。お前はその時間、どこで何をしていた」
「……庭園で、読書をしておりました」
「それを証明する者は?」
「途中で通りがかった方などはいらっしゃったはずですが、なにぶん数週間前のことですので――」
どこの誰が通りがかったかまでは、残念ながら覚えてはいない。
メリアローズが答えに窮している気配を察知したのだろう。
ジェフリーは意地悪く口角を上げた。
「ふん、きちんとお前の行動を証明できる奴は誰もいないじゃないか! やはりお前がイーディスを陥れ――」
「ちょぉーと待ったああぁぁぁ!!!」
ジェフリーが嬉々としてメリアローズを糾弾しようとした、その瞬間。
何人かの貴公子が、どどど……と勢いよく躍り出てきたのである。
これは予想外の展開だ。
メリアローズだけでなく、ジェフリーやイーディスも驚いたように目を丸くしている。
「その時のメリアローズ様の行動なら、我らが証明して見せましょう!」
「先にイーディス嬢が挙げたメリアローズ様に足を引っかけられたというその日、その時間……メリアローズ様は間違いなく薔薇庭園で読書をしておられた! 私が目撃者だ!」
「物置小屋に閉じ込められたというその日は、メリアローズ様はいつものように庭園で読書……と見せかけて、中庭で猫と遊んでおられた!」
「なっ!?」
いきなりしゃしゃり出てきた青年たちの告げた言葉に、メリアローズは絶句した。
この城では、ネズミ捕りの為に何匹かの猫が放し飼いにされている。
メリアローズは彼らを見かけるたびに、誰も見ていないのを用意周到に確認して「可愛いでちゅね~、今はお仕事はお休み中かニャ~?」などと話しかけ可愛がっていたのだ。
そう、誰も見ていないのを確認した、はずなのに。
「なっ、ななな……どういうこと!?」
まさかあの場面を誰かに見られていたかと思うと、断罪イベントどころではない。
混乱するメリアローズの傍らに、ふと誰かが進み出た気配を感じた。
顔を上げて、メリアローズはどきりとしてしまう。
そこにいたのは、何故か若干不機嫌そうに……メリアローズの行動を証明する貴公子たちを眺める、ウィレムだったのだ。
「……大丈夫です。彼らなら、きちんとあなたの行動を証明してくれることでしょう」
「ぇ…………?」
戸惑うメリアローズの前で、彼らは声高らかにメリアローズの、本人ですらもあやふやな過去の行動を読み上げていく。
「そしてイーディス嬢がドレスを引き裂かれたと主張するその日、その時間にメリアローズ様は……そこの騎士気取りのイキリクソメガネと北庭園の東屋におられた!」
「えっ!?」
そういえば……確かにその日はウィレムの待ち合わせ、バートラムと舞踏会で踊ったことについての釈明をしたはずだ。
しかし何故、目の前の貴公子たちはそんなことを知っているのか……。
「メリアローズさん、落ち着いて聞いてください」
ウィレムが静かに囁いた言葉に、メリアローズは小さく頷く。
「彼らは…………あなたのストーカー集団です」




