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132 時季外れの断罪イベント(5)

 いよいよ、雌雄を決する夜会の日がやって来た。

 メリアローズは緊張する胸に手を当て、気を落ち着けるように息を吸う。


 ――やれることはやったわ。もう少し時間があれば、もっと根回しもできたんでしょうけど……今そんなことを気にしても無駄ね。


 不安に押しつぶされていては、できることもできなくなってしまう。

 鏡を覗き、身だしなみを確認し、メリアローズはにこりと笑って見せる。


 ――笑顔笑顔……よし! 


 調子は上々。少しでも印象を良くしようと選んだ清楚な雰囲気のドレスも、いつもよりも控えめな化粧もいい感じだ。

 今夜の立ち回りも重要だろうが、見た目にも気を抜けないのである。

 おそらく夜会の場で、ジェフリーとイーディスは捏造した証拠を披露し、メリアローズは嫉妬からイーディスを虐めた悪女である、と大々的に主張するはずだ。

 悪役令嬢時代のような派手な装いでメリアローズがそこに居れば、集まった人々はジェフリーのほら話を信じかねない。

 少しでも「悪女」の印象を払拭しようと、今夜のメリアローズは清楚な淑女スタイルを決め込んでいた。


「……大丈夫、いけるわ」


 自身を鼓舞するようにそう口にし、メリアローズは鏡に向かって慈愛の笑みを浮かべた。



 ◇◇◇



 今夜の夜会は、王宮の大ホールにて開かれている。

 緊張しつつ入場したメリアローズだが、見渡す限りジェフリーやイーディス、それにイーディスの取り巻きたちの姿はない。


 ――今夜の決行はやめたのかしら……? いえ、まだ油断はできないわ。


 姿が見えないのが逆に不気味だ。

 少し不安になりかけたが、その途端ホールの隅に控えるウィレムの姿が目に入り、メリアローズの胸は高鳴った。

 彼はじっとメリアローズの方を見ており、視線が合うと小さく頷いてくれる。

 その途端、メリアローズの胸はじんわりと熱くなる。


 ――ウィレム……ちゃんと見ていてくれるのね。


 彼には追加の頼みごとをしたこともあり、ここ数日ろくに会うこともできなかった。

 だが今日、使いの者から受け取ったばかりの交換日記には、「何も心配しなくていい」と短い走り書きが残されていた。


 ――えぇ、信じるわ。私は、絶対に負けない、


 気を抜かないように気を付けつつ、メリアローズは表情が硬くならないように意識して笑顔を浮かべる。


「今夜のメリアローズ嬢は、少し雰囲気が違いますね」

「あら、お気づきになりましたのね」


 あの不名誉な噂は撤回されていないが、父の派閥の者たちは今でもメリアローズに声をかけてくれる。

 彼らに微笑み返しながら、メリアローズは注意深く周囲の動向を探った。

 心なしかこの場には、メリアローズたちのような若い世代が多かった。

 いや……ジェフリーとイーディスはあえてこの場を選んだのだろう。

 自分たちと同年代の者が多ければ、イーディスの方に軍配が上がると踏んで。


 ――私も……舐められたものね。


 侯爵令息と男爵令嬢ごときが、公爵令嬢たるメリアローズに逆らうとは。

 ……などと、物語の中の悪役令嬢のようなことをちょっぴり考えてしまう。


 ――……ダメダメ。今日の私は清楚令嬢なんだから! 悪役令嬢は封印!!


 今夜のメリアローズは、「いわれなき罪で断罪されそうになる清楚で淑やかな公爵令嬢」でなければならないのだ。

 周囲からそのように見えるように意識して、メリアローズは声をかけてきた人々に応対していた。

 ユリシーズとリネットをはじめ、次々と王侯貴族たちが入場し、会場はにぎやかになっていく。

 だが、それでもジェフリーとイーディスは姿を現さない。


 ――まさか、私に恐れをなして敵前逃亡……?


 メリアローズがそう考え始めた時だった。

 会場の入り口の扉の向こうがにわかに騒がしくなったと思うと、いささか勢いよく扉が開いたのだ。

 その向こうに姿を現したのは……ジェフリーにイーディス、それにイーディスの取り巻きの貴公子たちだ。


 やっぱり、来てしまったか。

 メリアローズはすぅ、と息を吸い、体ごと彼らの方へと振り向く。

 何事だ、と慌てる周囲をものともせずに、ジェフリーたちはまっすぐにメリアローズの方へと突き進んでくる。

 そしてある程度の距離まで近づくと、彼らは足を止めた。


 今や、会場中の視線がこちらへ向いている。


 そう意識して、メリアローズは毅然と背筋を伸ばし、ジェフリー一同へ相対した。


「……メリアローズ・マクスウェル!」


 びしっと人差し指を突きつけ、ジェフリーがメリアローズの名を呼ぶ。


「なんでしょうか、ジェフリー様」

「今日ここで、貴様の罪を私が裁いてやる!」


 ……相変わらずの態度に、メリアローズは心の中でため息をついた。


「いきなりやって来て挨拶もなしに何を言うかと思えば……ジェフリー様。少しは場をわきまえてくださいませ」


 悪役令嬢の断罪イベントは、あくまで断罪側が王太子、もしくはそれに近い地位の高位貴族の者だから成り立つものなのだ。

 ジェフリーは侯爵家の嫡子。だが、ここにはそれ以上に地位が高い者が大勢出席している。

 夜会の途中でいきなりやって来て即断罪イベント開始とは、自殺行為に近いマナー違反だ。

 もっとそれらしい舞台を整えてくるかと思えば、それこそ物語の王子のように、いきなり公の場で断罪イベントを始めるとは。

 こいつ、かなりの命知らずである。


 毅然として、堂々と。

 何よりも皆に好印象を持たれるように。

 そう意識して、メリアローズは静かにジェフリーを諭そうとした。


「わたくしにお話があるのなら、別の場所で伺いますわ。ですから、これ以上皆さまを騒がせるような真似は――」

「黙れ、悪女め。そうやって逃げる気だな? 今日こそお前の悪事を白日の下に晒してやる!」


 ……取り付く島もなかった。

 もう事態を丸く収めるのは諦めた方がいいだろう。


 周囲の者たちは、なんだなんだと騒ぎながらもジェフリー一行を止める様子はない。

 なんだかんだで貴族という生き物は、こういったゴシップが大好きなのだろう。

 仕方なく、メリアローズは心の中で応戦の準備をした。


「メリアローズ・マクスウェル。貴様は今日まで、数々の嫌がらせを繰り返しイーディスを貶めようとしていたな」

「……おっしゃる意味が分かりかねますわ。わたくしは、一度もそのような悪事を働いたことはございません」

「あくまでしらを切るつもりか……! いいぞ、こっちには証人だっているんだ」


 ジェフリーはぐるりと周りを見回し、一人の青年の名を呼んだ。


「もう一度聞かせてくれ。あのサロンで見た非道な行いを!」


 ……なるほど、やはりサクラを動員していたようだ。

 名を呼ばれた青年は、人垣から一歩前へ進みでた。

 彼はメリアローズたちのサロンの参加者だ。イーディスの取り巻きではないが、この様子だとおそらくジェフリーの側に着いたのか。

 どうせ、メリアローズがイーディスに紅茶をひっかけ、口汚く罵っていた、などと証言するつもりなのだろう。


 メリアローズはきゅっとこぶしを握って、彼の言葉を待った。


「えぇ、確かに僕は見ました」


 周囲の人々も、彼の言葉に一心に耳を傾けている。

 メリアローズは覚悟を決め、応戦の言葉を考えていたが……次に彼が発した言葉に、思わず耳を疑ってしまった。


「メリアローズ嬢がイーディス嬢の横を通りがかった途端、イーディス嬢がわざと自分でティーカップをひっくり返し、紅茶を浴びるところを見たんです」


彼は確かに、そう告げた。

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