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131 時季外れの断罪イベント(4)

 日が落ちかけ、西日が差し込む王宮の一室にて――。


「一週間後の夜会の場で、奴らは仕掛けてくるようです」


 おとなしく読書にいそしんでいたところ、突然やって来たウィレムのもたらした情報に、メリアローズはごくりと唾をのんだ。

 ウィレムもバートラムやジュリアと同じように、メリアローズの為にいろいろと動いてくれている。

 奴らというのは……間違いなくジェフリーとイーディスの二人のことだろう。


「いよいよ、公の場で私を断罪するつもりかしら」

「間違いなくそうするでしょう。逆に言えば、あなたを断罪するだけの材料を揃えたってことなんでしょうけど……」


 ウィレムが不快そうに吐き捨てる。

 ジェフリーとイーディスはメリアローズに罪を着せるに足りる、偽の証拠をでっちあげたのだろう。


「そうね……ねぇ、ウィレム」


 ここ数日、メリアローズはずっと考えていた。

 今後の自身の、身の振り方についてを。

 絶対に負けたくはない。

 だがもし、メリアローズが汚名を払拭できなかった場合は――。


「もし断罪の場で、ジェフリーやイーディスの方に勝利の女神が微笑むようなことがあったら……私は、宮廷を辞して領地に戻ろうと思うの」


 意を決してそう告げると、ウィレムは驚いたように目を見開いた。

 その反応を見ていられなくて、メリアローズは視線を床へと落とす。


「どういう、ことですか……」

「バートラムが教えてくれたのだけれど、最近はユリシーズ様が私を追放なさる……なんて噂も流れているみたいなの。もちろん、ユリシーズ様は根拠もなくそんなことをされる方ではないわ。でも……」


 ぎゅっと膝の上で手を握り、メリアローズは続ける。


「私を庇い続ければ、ユリシーズ様やリネットへの風当たりも強くなるはずよ。だから、私が自分で身を退くの」

「だからって――!」

「私……ユリシーズ様やリネットの足を引っ張りたくはないの!」


 怒鳴る勢いでそう告げると、ウィレムははっと息を飲んだ。


「ただでさえ、二人は大変な立場にいるのよ。だから、これ以上私のせいで負担はかけたくないの」


 駄目だ、声が震えてしまう。

 本当は、こんなことは言いたくなかった。

 必ず勝って見せると、堂々と宣言したかった。

 だが、どうしても……怖くなってしまうのだ。


「ねぇウィレム、その時は……あなたが私の分も、二人を支えてくれないかしら」


 なんとか笑顔を作り、メリアローズはウィレムにそう頼み込んでみた。

 ウィレムはユリシーズの近衛騎士で、リネットとも親しい友人だ。

 武芸の才だけでなく、頭もキレる。きっとこれから、ユリシーズとリネットを支えてくれることだろう。


「……あなたは、それでいいんですか」


 感情を押し殺したような声で、ウィレムがそう呟くのが耳に入る。

 その声を聴いた途端、メリアローズはかっと頭に血が上ってしまった。


「いいわけ、ないじゃない……! でも、そうするしかないのよ!」


 メリアローズのせいで、ユリシーズやリネットが窮地に陥るようなことがあってはならない。

 だから、これが最善の方法なのだ。


「私、私だって……本当は…………」


 一人で惨めに領地に逃げ帰りたくなんてない。

 これからもユリシーズやリネットを傍で支えていきたい。

 それに、ウィレムやバートラムやジュリア……大好きな皆と離れたくなんてない。

 胸の奥から熱いものがこみ上げて、メリアローズはぎゅっと目をつぶった。

 次の瞬間――強く引き寄せられ暖かなぬくもりに包まれる。


「大丈夫、俺が絶対にそんなことはさせません」


 耳元で強くそう告げられ、メリアローズは自分がウィレムの腕の中にいるのだと理解した。


「でも、でも……」


 顔を上げると、至近距離でウィレムと目が合う。

 彼は少しも不安など抱いていないような、自身に満ちた瞳をしていた。


「あなたの名誉も、必ず俺が守って見せます」

「ウィレム……」


 ウィレムがそっと顔を近づけ、こつんと二人の額がぶつかる。

 思わずメリアローズが目をつぶると、ウィレムはくすりと笑った。


「だから、そんなに泣かなくていいんですよ」

「な、泣いてないわっ……!」

「へぇ、これでも?」


 ウィレムの指先がそっとメリアローズの目元を拭う。

 どうやら泣きそうになって、目元に涙が溜まっていたのがばれていたようだ。

 その途端恥ずかしくなり、メリアローズは慌ててウィレムの腕の中から逃げようとした。


「これはただの目汗よ!」

「……メリアローズさんって、恋愛小説を読み込んでいる割にはムードブレイカーですよね」

「何よ、文句あるの!?」


 虚勢を張る子犬のようにきゃんきゃんと噛みつくと、ウィレムはくすくすと笑う。


「いえ……元気が出たようならよかった」


 そう言われ、メリアローズははっとする。

 いつの間にか、先ほどまで感じていた胸を押しつぶすほどの不安は、随分と小さくなっていた。

 自分でも驚くほどの変化に、メリアローズはそっと口元を緩めた。


 ――これも、ウィレムのおかげなのかしら……。


 ――『大丈夫、俺が絶対にそんなことはさせません』

 ――『あなたの名誉も、必ず俺が守って見せます』


 彼の力強い声が、メリアローズの心をじんわりと熱くする。


「そうね……いつまでも暗い部屋でめそめそするだけなんて、悪役令嬢の名が泣くわ」


 負けた時のことではなく、いかに勝つかを考えなければ。


「ねぇ、あなたは今回の件……誰が首謀者だと思ってる?」

「……? ジェフリーとイーディスのどちらが司令塔か、ということですか?」

「そうなのだけど……どうも引っかかるのよ」


 メリアローズの知るジェフリーは、そこまで頭の切れる人物ではなかった。

 他国に留学している間に劇的に成長した可能性もなくはないが……お茶会の場で証拠もなくメリアローズを断罪しようとしたところを見るに、あまり変わってはなさそうだ。

 そうなると考えられるのは、イーディスが裏からジェフリーや他の貴公子たちを操っているという線だが……どうにも不可解なのだ。


「イーディスは少し前に行儀見習いとして王宮に上がったばかりの子なのよ。それなのに……こんなにうまく、私を追い込むなんて……」


 果たしてまだ年若い男爵令嬢に、それだけの力があるのだろうか。


「まさか……他に首謀者がいると?」

「そう考えればしっくりくるの。でも誰が、どうしてこんなことをしたのかってところが問題なのよ」


 どこかの誰かが、イーディスに入れ知恵をしたのだろうか。

 イーディスはメリアローズに恨みを持っている。メリアローズを陥れるためならば、嬉々として企みに乗るだろう。


「なるほど、ジェフリーだけでなくイーディスも誰かの駒だってことですか」

「駒…………」


 その言葉に、メリアローズははっとあることを思い出した。


 ――『この王宮に集う人々は、駒となる者と駒を動かす者に別れます。本人にその自覚がなかったとしても』


 以前あの食えない大臣――ミルフォード侯に言われた言葉が蘇る。

 ジェフリーもイーディスも、本人の自覚はともかく誰かの駒として動かされているのだろうか。


 ――『ならば、勝者におなりなさい、メリアローズ嬢。ここでは一番うまく駒を動かした者が勝者となり、勝者の言葉が真実となる。うまく踊らされないようにお気を付けを』


「うまく、踊らされないように……?」


 その言葉が、妙に引っかかる。

 このままジェフリーとイーディスとの対決に突き進んで大丈夫なのだろうか。

 もしかしたら自分の今の行動も、誰かにいいように動かされているのでは……?


「私は、踊らされてるのかしら」

「踊り? 舞踏会のダンスのことですか?」

「いや、そうじゃなくて…………ダンス?」


 その言葉を聞いた瞬間、メリアローズの頭にとある人物の顔が思い浮かぶ。


「ねぇ、至急調べて欲しいことがあるの。お願いできるかしら」


 そう頼むと、ウィレムはなにも聞き返すことなく応えてくれた。


「仰せのままに、マイレディ」


イタチサナ先生による本作のコミック1巻が本日発売です!電子版も同時発売です!!

私は早速買ってきました!一緒に買おうと思ってた鬼滅の刃は売ってませんでした!無念!!


コミック版は「私の脳内イメージが動いてる!?」というくらいイメージぴったりで、登場人物だけでなく背景や衣装や小物もとっても素敵なので是非チェックしてみてください!

とりあえず5話のバートラム君がかっこよすぎて読むたびに死んでます。

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