130 時季外れの断罪イベント(3)
「お前が証拠を出せって言ったのに対して、ジェフリーはお前の罪を白日の下に晒すとか言ってたよな。たぶん適当な証拠を捏造してくるぞ、あいつ」
バートラムがやれやれとった調子で口にした言葉に、メリアローズは頷いた。
メリアローズは彼が言うような嫌がらせは一度もしたことがないのだから、証拠などあるわけがない。
考えられるのは、イーディスの取り巻きがジェフリーの言葉に同意したように、適当な目撃者をでっちあげることだ。
「ただでさえあいつの流した噂で、私の立場は悪くなってるもの。これでまた追い打ちをかけられれば、私の社会的な立場は死ぬわ」
たとえメリアローズの有罪が立証できなかったところで、ジェフリーとイーディスがそれらしく喚きたてれば、メリアローズの周囲からの評判は今以上に地に落ちるだろう。
宮廷ではその評判こそが何よりも大事なものなのだ。
――男漁りに熱心な公爵令嬢メリアローズ・マクスウェルは、ユリシーズ王子やリネットの名前を使って開いたサロンで好みの貴公子を物色する日々を送っていた。
――だがそのサロンに若く美しい男爵令嬢イーディス・アップルトンが出入りするようになり、貴公子たちの関心はメリアローズからイーディスへと移っていった。イーディスに激しく嫉妬したメリアローズは、彼女を陥れようと低俗な嫌がらせを繰り返す。
――だが悪事が裁かれる時が来た。ジェフリーを中心とした貴公子たちが立ち上がり、イーディスを守るためにメリアローズを断罪したのだ。
「そして哀れな公爵令嬢は宮廷から追放され、その行方は誰も知らない……」
「変なナレーションをつけるのはやめて頂戴。でもまぁ、ジェフリーの筋書きはそんなところでしょうね……」
バートラムが芝居がかった声色で告げたシナリオに、メリアローズは大きくため息をついた。
ジェフリーたちの告げた嫌がらせの内容は、まさに物語の中の悪役令嬢がやりそうなことだ。
もしかしたら彼らも、悪役令嬢物の小説を読んで予習をしていたのかもしれない。
「メリアローズ様を追放なんて……そんなの許せません! やっぱり闇討ちで行きましょう!!」
プンプンと再び怒りを露にするジュリアに対し、今までじっと黙っていたウィレムが静かに口を開く。
「いや、その必要はない。俺が正面から殺る」
「ちょっとちょっと、物騒なこと言わないの!」
ヒートアップする二人を、メリアローズは慌てて静止した。
あからさまに「怒ってます」というジュリアはともかく、比較的冷静に話を聞いていたウィレムも随分と怒りのボルテージは上がっていたようだ。
よく見れば、彼の背後に燃え盛る業火が見える……ような気がした。
――ウィレム……私の為に怒ってくれてるのね……。
そんな彼の態度を、不謹慎にも嬉しく感じてしまう。
だが今は感動してばかりもいられないのだ。
コホンと咳払いし、メリアローズは慌てて話を戻す。
「いい? 私たちは正々堂々とジェフリーとイーディスと戦って、完膚なきまでに叩きのめしてやるのよ! そのためには、とにかく味方を増やさないといけないわ。ジェフリーたちに取り込まれないようにね……!」
宮廷のような場所では、結局は多数派が物を言うことになる。
ただでさえ不名誉な噂のせいでメリアローズの味方は減りつつあるのだ。
少しでも、有利になるように味方を増やさなければ。
そう告げると、ジュリアが目を輝かせて勢いよく立ち上がった。
「メリアローズ様の素晴らしさをバンバン布教していけばいいんですよね! 任せてください! 行ってきます!!」
それだけ告げると、ジュリアは勢いよく部屋の扉を開け走り去ってしまった。
あまりに素早い動きに、メリアローズは止めるどころか一体何を布教するのかすら聞くことができなかった。
……これはかなり心配である。あの田舎娘は変な方向に暴走したりはしないだろうか。
「……大丈夫かしら」
「まぁ、あいつあれでも人望はあるから大丈夫だろ。あいつだって、お前の役に立ちたいと思ってるんだよ。それはわかってやってくれ」
「……ちゃんとわかってるわ」
優しくそう言ったバートラムに、メリアローズはくすりと笑う。
「なんていうか、あなた……ジュリアの母親みたいね」
「はぁ!? せめて父親にしろよ!」
「いいじゃないどっちでも。大丈夫よ、私はちゃんと、ジュリアのことはわかっているから」
馬鹿が付くほど正直で真っすぐなところが、ジュリアのいいところだ。
メリアローズも、それはちゃんと理解している。
「じゃあ俺もいろんなところに話付けてくるから。メリアローズ、お前はあんまり派手に動くなよ」
「えぇ、わかってるわ」
「……そこまで心配すんなよ。俺たちが必ず何とかする。……ウィレム、メリアローズを頼むぞ」
「あぁ、任せろ」
「あと……お前は不本意かもしれないが、あいつらにも協力を要請する」
「……わかった」
二人の会話の意味がわからずメリアローズは首をかしげたが、バートラムはウィレムが了承したことを確認すると、そのまま部屋を出て行ってしまった。
「ねぇ、今のは――ひゃっ!」
言葉の途中で、傍らのウィレムに強く抱き寄せられ、メリアローズの鼓動が大きく音を立てる。
「どどど、どうし――」
「……すみません。あなたが大変な時に、傍に居られなくて」
押し殺すような声でそう囁かれ、メリアローズははっと息を飲む。
ウィレムが言っているのは、メリアローズがジェフリーとイーディスに糾弾されたその時のことだろう。
その日、ユリシーズ王子は公務がありお茶会には出席していなかった。彼の近衛であるウィレムも、同じようにその場にはいなかったのだ。
「……何を言ってるのよ。あなたはユリシーズ様の護衛でしょう? きちんと自分の仕事をこなしていたのに、何を謝ることがあるのよ」
「俺はいつも、あなたが大変な時に守ってあげられないんだと思うと……自分が情けなくて」
いつになく落ち込んだ様子のウィレムに、メリアローズは驚いてしまった。
どうやらメリアローズが思うよりもずっと、ウィレムは今回の事態を気にしているようだ。
「……ねぇ、ウィレム、聞いて」
そっとウィレムの手を握り、メリアローズは優しく囁く。
「私、騎士として真っすぐに進み続けるあなたが……ううん、そんなあなただからこそ…………好き、なの。それに、あなたはいつも、大事な時にはちゃんと私のことを守ってくれたわ」
悪役令嬢を演じていた頃も、パスカルに追い詰められた時も、この前の夜会の時だってそうだ。
ウィレムはいつも、肝心な時にはちゃんとメリアローズの傍に居てくれた。
彼の存在に、何度励まされたことだろう。
「ヒーローは遅れてやって来るのがセオリーなのよ。何も問題はないわ」
悪戯っぽくそう言うと、ウィレムは耳元でくすりと笑い、ぎゅっとメリアローズを抱きしめた。
「あなたらしい言い方ですね」
「そうよ! 伊達に大臣がくれた本の山を読破したわけじゃないのよ!」
ジェフリーたちの思い通りに断罪などされてやるものか。
メリアローズには知識と経験が、それに……頼れる友人たちがいる。
不安にならないと言えば嘘になるが、メリアローズは燃えていた。
なんとしてでもジェフリーとイーディスを打ち負かし、ぎゃふんと言わせてやるのだ。
「悪役令嬢の本気、見せてあげるわ」
がうがうモンスターにてコミカライズの5話が更新されました!
最後の2ページがズギュゥンッ!っと来る感じなので是非ご覧になってください(*^-^*)