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129 時季外れの断罪イベント(2)

 ――……焦っては駄目。ここで焦ったら負けるわ。


 悪役令嬢時代に、散々断罪イベントのイメージトレーニングをしていたおかげだろうか。

 こんな状況でも、メリアローズは比較的冷静でいられたのだ。


 ――この二人が、私を陥れようとしたのね。主犯は……私を嫌ってるジェフリーかしら。


 はらわたが煮えくり返りそうになるのを堪えて、メリアローズは冷たい視線で二人を見据える。

 するとジェフリーは、何故か苛ついたように喚き始めた。


「なんだ、その目は……! 何か言ったらどうなんだ、メリアローズ・マクスウェル!」


 ビシッとメリアローズを指さし、ジェフリーはキーキーと喚いている。

 そのあまりの小物っぷりにメリアローズは乾いた笑いが出そうになってしまう。

 だがジェフリーとは対照的に、イーディスは落ち着いていた。

 何人かの貴公子に守られるようにして震える……ふりをしている彼女は、じっと憎悪の籠った視線でメリアローズを睨みつけている。


 ――この様子だとむしろ……イーディスの方が主犯なのかしら。少なくとも、ジェフリーよりは頭が働きそうね。


 何故イーディスがメリアローズを陥れようとするのかはわからない。

 だが、その理由を考えるのは後でいいだろう。

 今はまず、この状況を何とかせねば。


「……つまり、あなた方は私がイーディスさんに嫉妬し、低俗な嫌がらせを繰り返していた、とおっしゃりたいのですね?」

「ふん、やっと自分の罪を認める気になったか」


 得意げに腕を組むジェフリーに、メリアローズはぴしゃりと言い放つ。



「いいえ、わたくしは一度たりともそんなことはしておりません。あなた方の勘違いでしょう」



 決して焦らず、毅然とした態度でいなければ。

 ここには宮廷に出入りする多くの貴族子女が集まっているのだ。

 少しでも下手を打てば、あっという間に宮廷中に広まってしまう。


 ――私がジェフリーやイーディスより下だと思われたら終わりね。なんとしてでも、この場を切り抜けないと……!


 メリアローズは内心の動揺を押し隠し、余裕の笑みを浮かべてジェフリーたちに対峙した。


「まだ罪を認めないのか、見苦しいぞ!」

「あら、酷い言い方ね。認めるも何も、わたくしは何もしていないんですもの。認めようがないわ」

「小癪な女め……!」

「……ジェフリー様。そこまでおっしゃるのなら、もちろん証拠があるのですよね?」


 にこりと笑みを浮かべて、メリアローズはジェフリーにそう問いかける。

 するとジェフリーは、勝ち誇ったように笑う。


「当り前だ! 私たちは何度も、貴様がイーディスに嫌がらせを仕掛ける場面を目にしている。さっきだってそうだ。この女はイーディスのカップを倒し彼女に紅茶をぶちまけたんだ! なぁ!」


 ジェフリーが呼びかけると、イーディスの取り巻きの貴公子たちがそうだそうだと一斉に同意した。

 その様子を見て、メリアローズはくすりと笑う。


「証拠というのは、イーディスさんと同じテーブルについていたあなた方の目撃証言だけ、ということですか?」

「……何がおかしい。立派な証拠じゃないか」

「失礼ですが、あなた方は普段からイーディスさんと親しくされてらっしゃる方ばかりですよね。イーディスさんの肩を持つために、ありもしない目撃証言をでっちあげている可能性もありますわ。ここは公正な第三者の目で見てもらわなければ」


 ジェフリーが反論する前に、メリアローズはぐるりと室内を見回し、戦々恐々と状況を見守る者たちに呼びかけた。


「この中で、わたくしがイーディスさんに嫌がらせをしている場面を目撃された方はいらっしゃいますか?」


 勿論、目撃証言は上がってこなかった。

 それも当然だ。メリアローズはジェフリーが言うようにイーディスに辛く当たったことなど、一度もないのだから。

 集まった者たちは皆、顔を見合わせ、小さく首を振っている。


「……貴様がそうやって、権威を盾に皆を脅しているのだろう!」

「そうおっしゃるのなら、あなたがその証拠を提示してくださいな、ジェフリー様。わたくしは存在しない罪を認めることはできませんので」


 メリアローズがそう告げると、ジェフリーは怒りをあらわにするようにテーブルを叩いた。


「いいだろう。すぐに貴様の罪を白日の下に晒してやる。首を洗って待っていろ、メリアローズ・マクスウェル!」


 威勢よくそれだけ言うと、ジェフリーはイーディスや彼女の取り巻きたちを引き連れてサロンを出て行った。

 彼らの姿が完全に見えなくなるまで、メリアローズはじっとその背中を睨みつける。


 ――まったく……とんでもないことをしてくれたわね!


 だがこれではっきりした。

 ここ最近の騒動の原因となっていたのは、あの二人だったのだ。


 ――いいわ、そっちがその気なら、受けて立とうじゃない……!


 サロンに残った者たちに騒がせてしまったことを謝罪しつつ、メリアローズは胸の内で怒りの炎を燃え上がらせていた。



 ◇◇◇



「さぁ、作戦会議といきましょうか」


 ぐるりと見回すと集まった三人――ウィレムとバートラムとジュリアは深く頷いた。

 議題はもちろん、いかにしてジェフリーとイーディスに立ち向かうかだ。


「何とかしてあの二人を血祭りにあげればいいんですよね? 闇討ちなら任せてください!」

「ジュリア、あなたはもう少し淑女として言葉に気を付けたほうがいいわ」


 止めなければ今すぐ槍でも手にして二人に突撃しそうなジュリアを、メリアローズは「まぁまぁ」と(いさ)めた。

 ここ最近メリアローズの身に起こった一連の出来事を知ったジュリアは、怒り狂うイノシシのように荒れていた。

 三人がかりでひたすら(なだ)め、おやつのワッフルを口に詰め込みミルクティーを飲ませ、何とか落ち着かせたところなのである。

 だが、ジュリアが怒ったおかげで、メリアローズ自身は冷静さを取り戻していた。


「不用意に手を出せば、逆に私たちが本当に悪役にされるわ。ここは堪えて、確実に勝てる手段を取っていきましょう」


 いくら不名誉な噂をまき散らされたからと言って、実力行使に出たことが明るみになれば、糾弾されるのはメリアローズの側になる。

 確実に、痕跡一つ残さず葬り去るくらいの覚悟でなければ、あまりいい手段とはいえないだろう。


 ――ジェフリーのアホはともかく、イーディスはどんな手段を用意しているかわからないわ。挑発に乗っては駄目よ……!


 ここでメリアローズが怒り、本当にイーディスを害するような行動に出ることこそ、彼女の狙いなのかもしれない。

 あらゆる可能性を考慮し、最善の手段を考えていかなければ。

 きゅっと唇を引き締め、メリアローズは頭を回転させた。



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