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128 時季外れの断罪イベント

 翌朝、メリアローズはいつも以上に念入りに鏡で自身の姿を確認していた。

 昨晩きちんとカモミールのアイパックで処置したおかげで、目が腫れるような事態にはならなかった。


 ――化粧よし、髪のセットよし、ドレスも……うん、大丈夫ね!


 鏡の前で挑戦的に笑って見せると、少しずつ自信が湧いてくる。

 両手で軽く頬を叩いて、メリアローズは気合を入れた。


「…………よし!」


 泣き寝入りなんてしてやるものか。

 必ずや犯人を引きずり出し、相応の制裁を加えてやらなければ。

 胸の内で怒りの炎を燃え上がらせながら、メリアローズは立ち上がる。


 メリアローズ・マクスウェルはこんなことくらいでは(くじ)けない。

 正々堂々、戦ってやろうではないか。



 ◇◇◇



 本日も、定例行事となったお茶会の日だ。

 相変わらず参加者は減っているが、それでも足げく通ってくれる者はいる。


 ――こういう所に、人間性って出るのよね……。


 ある意味、ユリシーズやリネットへの忠誠心を測るいい機会になったのかもしれない。

 今回は所用でユリシーズは不在だが、それでもリネットはしっかりと女主人としての役割を果たしている。

 リネットを囲む者たちの顔と名前を頭の中に書き留めながら、メリアローズはそっと紅茶を口に運んだ。


 ――まぁ、人間性って言えば、こっちもだけど……。


「それはそうと、中庭の薔薇がちょうど見頃でございまして……。もっとも、メリアローズ様の美しさには叶うはずもありませんが――」


 例の噂を信じ切っているのか、果敢にメリアローズにアタックを仕掛けてくる貴公子も後を絶たない。


「今日のメリアローズ様のピンヒールは一段と素晴らしく、一度踏まれればきっと天にも昇る心地でしょうね……」


 恍惚とした表情で、よくわからない褒め方をしてきた貴公子を軽くいなし、メリアローズはそっと周囲を見回す。

 昨夜のエドモンドの件もあり、メリアローズは注意深く彼らの出方を伺っていた。

 そのエドモンドといえば、さっそく姿を眩ませたようだ。

 ウィレムの脅しが効いたのかもしれない。


「メリアローズ様、是非そのおみ足で私を踏んでくださ――」

「申し訳ありません、お菓子の準備をして参りますわ」

「あぁ、そのそっけない態度がたまらないっ!!」


「やはりツンデレはツンの比率が高くなければ」などと盛り上がる貴公子数人を放置し、メリアローズはソファから立ち上がった。


 ――あの子も……来てるわね。それに……あれは、ジェフリー?


 ジュリアと同じく侍女見習いの少女――イーディスは、今日も何人かの貴公子に囲まれていた。

 その中にウィレムと同じ近衛騎士の青年ジェフリーの姿を見つけて、メリアローズは目を丸くした。

 どうやら彼も、イーディスを取り巻く貴公子たち――通称「イーディス親衛隊」の一員に加わったようだ。

 バートラムに言わせれば、ジェフリーはメリアローズに好意を抱いてるとのことだったが、どうやら大外れのようだ。


 ――でも正直……ひたすらイーディスをちやほやするだけなら他でやって欲しいわ……。


 彼女の着くテーブルはいつも、まるで舞台女優とそのファンの集いのようなやかましさだ。

 わざわざメリアローズたちのサロンに来なくとも、別の場所で好きなだけイーディスを愛でればいいものを……。

 イーディスとその取り巻きに関しては、サロンに参加する令嬢たちから少しずつ苦情も入ってきている。

 もう少し様子を見て、それとなく注意した方がいいかしら……と思案しながら、メリアローズはそれとなくイーディスの横を通り過ぎようとした。

 その瞬間――。


「きゃあっ!」


 イーディスが小さく悲鳴を上げ、メリアローズは慌ててそちらへと振り返る。

 見れば、いつかのように……彼女のティーカップが倒れ、零れた紅茶がイーディスのドレスへかかってしまったようだ。

 ……この光景を見るのは、これで何回目だろうか。

 これはジュリア以上のそそっかしさね……と少々呆れつつも、放っておくわけにはいかない。

 メリアローズはイーディスに声をかけようとしたが、それより早く行動した者がいた。

 イーディスのすぐ近くに座っていたジェフリーは、椅子を蹴倒す勢いで立ち上がると、強くメリアローズを睨みつけたのだ。


「いい加減にしろ、メリアローズ・マクスウェル! そんなにイーディスを虐めて楽しいのか!?」


 びしっとメリアローズを指さし、唾を飛ばす勢いでジェフリーはそう叫んだ。


 …………?

 メリアローズが、イーディスを虐めた……?


「あの、あなたが何を言ってるのかよくわからないのだけれど――」

「この期に及んで自分の罪を認めないのか。なんと恥知らずな女だ……!」


 ジェフリーはわざとらしい仕草で髪をかき上げると、得意げに口を開く。


「君は自分よりも注目を集めるイーディスに嫉妬し、彼女に嫌がらせを繰り返していたな!」


 ジェフリーがとんでもないことを口走った途端、イーディスは慌てたように彼に縋った。


「待ってください、ジェフリー様。きっと、何かの間違いです……!」

「いいんだ、イーディス。この際、はっきりさせておこう。……メリアローズ・マクスウェル」


 ジェフリーに名を呼ばれ、メリアローズはよく状況がわからないまま、返事を返す。


「何かしら」

「君はことあるごとに、今のようにイーディスに紅茶をかけ服を汚し、みっともないと笑っていただろう」

「はぁ? なんでそうな――」

「それだけじゃない! イーディスのドレスを引き裂き、皆の前で晒し物にしただろう!」

「何言ってるのよ。そんなこと一度も――」

「やはり罪を認めないか……。もういい! イーディス、怖かっただろう……。もう大丈夫だ」


 ジェフリーがちらりと目配せすると、イーディスと同じテーブルについていた親衛隊の面々が一斉に立ち上がる。


「我々は決して君の悪行を許さない! 公爵家の権威を盾にやりたい放題やっていたようだが……これ以上君の専横は見逃せない!」


 まるで正義の使者のような口ぶりで、ジェフリーはメリアローズを糾弾した。

 メリアローズとしては、まったく身に覚えのない悪行を並べられても納得できるわけがない。

 とっさに反論しようとしたその時、メリアローズははっと気が付いた。


 ――この光景、どこかで……。


 目に涙を浮かべて震える少女に、彼女を守ろうと立ちふさがる貴公子たち。

 それに、断罪される身分の高い令嬢。

 この構図は、まさか……。


 ――断罪イベント!? あの、悪役令嬢ものにはつきものの断罪イベントみたいじゃない! ちょっと待って、私、断罪されてるの!!?


 思い出すのは、なつかしき「王子の恋を応援したい隊」時代のことだ。

 そう、こんな感じでメリアローズはユリシーズ王子とジュリアに断罪されるはずであった。

 実際の結果はまったく想定とは違うものになったが……。


 ――「悪役令嬢」に「断罪」ときたら、待ち受けてるのは……破滅の未来。まさか、例の噂を流したのって……。


 メリアローズは信じられない思いでジェフリーとイーディスを見つめる。

 勝ち誇ったような笑みを浮かべて、メリアローズを見下ろすジェフリー。

 その背後で、震えるイーディス。

 だが弱弱しい表情を作る彼女の瞳に、抑えきれない愉悦の色が浮かんでいるのにメリアローズは気が付いてしまった。


 ……間違いない。

 メリアローズを陥れようとしているのは、この二人だったのだ。


☆お知らせ☆


本作のコミック一巻が5月15日に発売します!

電子版も同時発売なので、巣ごもりのお供に是非どうぞ!


漫画版はイタチサナ先生の美麗作画の元、メリアローズたちがいきいきと動き回ってます!

ぴょんぴょん跳ねまわるジュリアとか、ハブられて泣くバートラムとか、キレながら魚食べるウィレムなどなど非常に面白いシーン満載です。

漫画版はキャラクターのいろいろな表情が見えていつもニヤニヤしながら読んでいるのですが、私の中で一番印象が変わったのがユリシーズ王子です。

私が書くと心無いアンドロイドみたいになる王子ですが、漫画の彼はすっごく面白い人になってます!

がうがうモンスターで現在1~4話まで公開中なので、未読の方は是非読んでみてください!

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