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127 メリアローズ、不名誉な噂を立てられる(6)

「……止まって」


 ウィレムに小声でそう指示され、メリアローズはぴたりと足を止める。

 安心させるようにメリアローズを軽く抱き寄せ、ウィレムは物陰に身を潜める。

 そのすぐ後に、近くの回廊を巡回中の衛兵が通り過ぎて行った。


「よし、行きましょう」

「あなた、衛兵の巡回のルートも把握してるの?」

「王子の近衛としては当然です」


 さも当り前だとでも言うようにそう答えたウィレムに、メリアローズは感心してしまう。

「誰にも見られたくない」というメリアローズの望み通り、ウィレムは本当に誰にも……城内の衛兵や使用人にも遭遇しないように、メリアローズを誘導してくれている。

 まさかここまでしてくれるとは思わなかったので、メリアローズは驚いてしまった。


 ――すごい……本に出てくる魔法使いみたい……。


 ウィレムに手を引かれ、二人で王宮を駆け抜けていくと……あっという間に馬車までついてしまった。

 本当に、ウィレムは誰にも見つからないようにメリアローズを連れて来てくれたのだ。


「あなたって、なんでもできるのね!」


 嬉しくなってそう声をかけると、ウィレムは困ったように笑う。


「いえ、俺にもっと力があれば……いや、何でもありません。行きましょう」


 ウィレムに手を取られ、メリアローズは馬車に乗り込む。

 馬車の扉が閉まり、メリアローズはほっと息を吐いた。


 ――はぁ、危なかったわ……。


 まさか、誇り高きマクスウェル公爵家の娘であるメリアローズが、泣きはらしたみっともない顔を大勢の前に晒すわけにはいかない。

 何とかマクスウェル家の威信と自身のプライドを守ることができて、メリアローズはぐったりと力を抜いた。


「大丈夫ですか、メリアローズさん?」

「なんとかね……って、やだっ……あんまり見ないで!!」


 ウィレムが心配そうに顔を覗き込んできたので、メリアローズは慌てて顔をそむけた。

 今更かもしれないが、ウィレムに――恋い慕う相手にみっともない素顔は見せたくない。

 だがウィレムはくすりと笑うと、そっとメリアローズを抱き寄せた。


「……いいんですよ。俺の前では、そんなに取り繕わなくても」


 優しく囁かれ、メリアローズの体から力が抜ける。


「……がっかりしない?」

「するわけないじゃないですか。それよりももっと、素のあなたを知りたい」


 彼の言葉が、ゆっくりとメリアローズの心を溶かしていく。

 メリアローズは生まれたその瞬間から、「マクスウェル公爵家の娘」だった。物心ついた時から、それ相応の振舞いを求められていた。

 いつしか意識せずとも息を吐くように、公爵令嬢としてふさわしい、気高く優雅な言動が身についていった。

 それは、メリアローズを守る堅牢な鎧のようなものだった。

 それなのに、ウィレムの前だと……その鎧が剥がれてしまうのだ。


「もっと見せてください。あなたの弱い所も、全部……」


 肩を抱き寄せられ、素直に彼に身を預ける。


「前にも言ったけど……もっと、甘えていいんですよ」


 その言葉に従うように、メリアローズはきゅっとウィレムの服を掴んで、そっと口を開く。


「…………本当はね、お父様に反対されてたの。リネットの教育係として、宮廷に出仕すること」


 リネットはもちろん、ウィレムやバートラムにも黙っているつもりだった。

 それでも、どうしても今……彼には話したくなったのだ。

 ウィレムはそっとメリアローズの髪を梳きながら、優しく続きを促した。


「……その、理由は?」

「宮廷は私が思う以上に危険な場所だから、必要以上に近づかない方がいいって……。私を陥れようとする人が現れるかもしれないって……こういうことだったのね……」


 ここ最近の出来事で、メリアローズは嫌というほど父の忠告の意味を思い知った。

 どこかの誰かが、メリアローズを陥れようとしている。

 そのせいで、今夜も危うい目に遭ったばかりなのだ。


「きっと、お父様に助けを求めれば……今の状況も何とかしてくれるわ。でも、そうしたら……間違いなく私はリネットの教育係を降ろされる」


 助力を請えば、父は助けてくれるだろう。だから言っただろうと優しくメリアローズを慰め、そして……危険な場所からは遠ざけさせられる。

 それだけは、嫌だった。


「リネットもユリシーズ様も、それにあなたも……危険な場所で頑張っているのに、私だけ安全な場所にいるのは嫌だったの」


 皆それぞれ、新たな環境で戦っている。

 メリアローズ一人だけ置いて行かれたくはなかった。

 だから、降りかかる火の粉は自分の手で払わなければならない。


「このくらいの状況を何とかできないようなら、お父様は認めてはくださらないわ」


 そう告げると、ウィレムはどこか辛そうに呟く。


「でも、それでも俺は……今日のように、あなたが危険な目に遭ったらと思うと――」

「その時は、あなたが守ってくれるでしょう?」


 間髪入れずにそう問いかけると、ウィレムは驚いたように目を丸くした後……強くメリアローズを抱きしめた。


「えぇ、絶対に……必ず」

「ふふ、期待してるわ、私の騎士様」


 体の震えを誤魔化すように、メリアローズはぎゅっとウィレムの服を掴んだ。


 本当は、また今日のような目に遭ったらと思うと、震えが止まらないほど怖い。

 公の場に出るたびに周囲から侮蔑の視線を向けられるのは、心が引き裂かれるように辛い。

 だが今の立ち位置を守るためにも、ここで引くわけにはいかない。

 それに、やられっぱなしというのは性に合わない。

 湧き上がる恐怖を怒りの炎で追い払い、メリアローズは覚悟を決めた。


 ――見てなさい。私は、絶対に負けないわ……!



 ◇◇◇



 メリアローズを無事に屋敷に送り届け、ウィレムはマクスウェル邸を後にした。

 ウィレムの仕事はまだ終わらない。

 まずはユリシーズに今晩のことを報告しなければならない。

 それに、一分一秒でも早くメリアローズを陥れようとする犯人を見つけ出し、始末しなければならないのだ。


 ――『ふふ、期待してるわ、私の騎士様』


 気丈に振舞ってはいたが、抱きしめた彼女の体は震えていた。

 メリアローズは非の打ちどころのない公爵令嬢であろうと日々努力し、実際に彼女をよく知らない者からはそう思われているようだ。

 だが実際のメリアローズは、(もろ)く傷つきやすい繊細な心を持つ少女なのだ。

 あんな目に遭って、怯えないはずがない。傷つかないはずがない。


 それでも、彼女は戦おうとしている。立ち向かおうとしている。

 だったらウィレムは彼女の騎士として、剣となり盾となるまでだ。


 必ずや黒幕を粉砕することを誓い、ウィレムは宵闇へと駆け出した。

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