123 メリアローズ、不名誉な噂を立てられる(2)
「それで、噂の出所は?」
一体誰が、こんな事実無根のデマをばらまいているのか……!
今すぐ犯人を捕まえて、血祭りにあげたい気分だ。
いきり立つメリアローズに、バートラムは静かに首を横に振った。
「今調査中だが……簡単には辿れないようにしてあるな。誰かが面白半分で言い出したんじゃなく、確実にお前を貶めようと策を練った奴がいるってことだ」
バートラムの告げた言葉に、メリアローズはぐっとこぶしを握った。
噂を出所となった犯人は、悪意を持ってメリアローズを貶めようとしている。
あらためてそう思い知らされ、ぞくりと背筋が寒くなる。
――私に恨みを持つ者の仕業……? 特に思い当たる節はないけど……ルシンダみたいに、どこに私に敵意を持っている人が潜んでいるかわからないものね。
メリアローズが直接何かしたわけではなくとも、無意識のうちに恨みを買ってしまった可能性はある。
必死に記憶を辿ったが、それらしい出来事は思い出せなかった。
「でも、私の評判を貶めようとする目的はなに……?」
以前のルシンダのような者であれば、メリアローズを王子の婚約者の座から引きずり落としたいという明確な目的があった。
だが、今のメリアローズはリネットの教育係の一人でしかない。
メリアローズの評判を落として、一体どうしようというのか。
「私の評判を落とすことで、間接的にリネットの婚約辞退を狙ってるのかしら……」
「その可能性はあるな。お前がリネットの後ろ盾になってるってことは周知の事実だ。将を射んとする者はまず馬を射よってことで、先にお前を狙ったのかもな」
「私はリネットの馬扱いなのね……」
ヒヒン! と馬の鳴きまねをしてみたが、バートラムは笑わなかった。
ノリが悪い奴め……と毒づきつつ、メリアローズも思考を真面目な方向へと引き戻す。
噂をばらまいた犯人は、メリアローズが倒れれば、リネットも巻き添えになると踏んだのだろうか。
だとすると犯人は、リネットの次に王子の婚約者の座を狙う令嬢、もしくはその関係者なのだろうか……。
――でも、それにしては引っかかるのよね……。
相手の真の狙いがリネットなら、リネットに関する悪評もついでにばらまくくらいのことをしてもよさそうなものだが……。
少なくともバートラムに確認した限りでは、ふしだらな令嬢と名指しされているのはメリアローズだけのようだ。
それが、少し不自然な気はした。
「とにかく、用心するに越したことはないからな。お前も気をつけろよ。あのお茶会については――」
「もちろん、続けるわ。ここで押し負けたら、噂を肯定するようなものでしょう。私は何も悪いことはしていないのだから、堂々とさせてもらうわ」
敵の狙い通りになんて動いてやるものか。
メリアローズはこんな低俗な嫌がらせに屈するつもりはない。
勢いよくそう宣言すると、バートラムはなだめるようにポンポンとメリアローズの肩を叩く。
「確かに、この程度で引っ込んでやる義理はないだろうな。だが……熱くなりすぎるなよ。しっかり周りを見て、付け入る隙を与えるな。後はマクスウェル家にも相談して――」
バートラムがそう言いかけた時、メリアローズの肩がぴくりと跳ねた。
「……いいえ、これは『私』の問題よ。家の力は借りずに解決して見せるわ」
「はぁ? なんでそんな――」
「いいから! あなたもお父様やお兄様に余計なこと言わないでよ!!」
父や兄を頼れば、マクスウェル家の力を使ってうまく解決できるのかもしれない。
だが、メリアローズはその手は使いたくはなかった。
使えない、理由があるのだ。
「このくらいの問題、自分で解決できなきゃ、リネットの教育係失格よ」
「……わかった。無理だけはするなよ。俺にできることがあったら何でも言ってくれ」
「えぇ、ぼろ雑巾のように使い倒してやるわ!」
「それは勘弁だな……」
困ったように笑うバートラムを見ていると、メリアローズの心も次第に立ち直ってきた。
喧嘩上等。相手がその気なら、迎え撃ってやろうではないか!
「このメリアローズ・マクスウェルに喧嘩を売ったこと、必ず後悔させてやるわ……!」
◇◇◇
とは言ったものの……。
――はぁ……やっぱり遠巻きにされてるわよね……。
とある侯爵主催の夜会の場にて、メリアローズは扇で口元を隠しつつ小さくため息をついた。
王宮の大ホールの一つであるこの会場は、目が眩みそうなほどの照明がきらめいている。それが余計にメリアローズの心を苛立たせていた。
華やかな会場に、色とりどりのドレスやきらめく宝飾。楽しげな笑い声や耳触りの良い音楽。
いつもだったら多少なりとも心が躍るものだが、残念ながら今日はメリアローズの心は沈んだままだった。
どうやら例の噂は確実に広まっているようだ。
今のところメリアローズに正面から苦言を呈するようなものはいないが、今まで事あるごとにメリアローズにおべっかを使っていた者たちが、今日は遠くからちらちらとこちらの様子を伺うのみだ。
その気持ちはわからないでもない。
メリアローズも「ある女性がいかがわしいサロンを開いているようだ」などと話を聞いたならば、同じように近づくことをためらうだろう。
――でも……私がそんなことをやりかねない女だって思われてるってことなのか……。
少なくとも彼らにとっては、メリアローズは怪しげなパーティーを開きかねない人物だと思われているのだ。
中には、「あんな噂なんてまったく信じていません!」と言ってくれる者もいる。
だが、大多数はそうではない。
くるくると向く方向を変える風見鶏のように、あっさりと手のひらを返したのだ。
――まぁ、ある意味賢い選択ね……。
貴族社会では、未婚の淑女にとって「身持ちが悪い」とレッテルを貼られることほど不名誉なことはない。
メリアローズの凋落の気配を感じ取った途端、彼らもささっとネズミのように逃げ出したのだ。
世渡りが上手いというかなんというか……。
賞賛すべきか呆れるべきか迷うメリアローズに、そんな時声をかける者がいた。
「今宵は随分と憂い顔ですな、メリアローズ嬢」
「……ご機嫌麗しゅう、オーガスタス閣下」
やって来たのは父の側近の男だ。
バートラムの「あいつは意外と女関係が派手だ」という情報を思い出し、メリアローズは笑顔のまま気を引き締めた。
「どうやらよからぬ噂を立てられているようで……辟易しているところですの」
「それはそれはお気の毒に……。この私めでよければ、お力になりましょう」
オーガスタス卿の告げた言葉に、メリアローズの心に迷いが生じた。
彼はメリアローズよりはよほど貴族社会に通じているはずだ。
彼を味方に引き入れることができれば心強いだろう。
だが……。
――閣下はお父様の側近なのよ。それって結局、お父様の力を借りるってことにはならないかしら……?
これは、メリアローズが立ち向かうべき試練のようなものだ。
自分だけの力で解決すべき物事なのだ。
だが、このまま事態が悪化すれば……。
逡巡するメリアローズの元に降ってきたのは、まったく空気を読まない声だった。
「おぉ、お久しぶりですな、メリアローズ嬢!!」
うげっ、その声は……!
ぎぎぎ……とぎこちなく振り返るメリアローズの視界に映ったのは、ミルフォード侯爵――もともとメリアローズが悪役令嬢になるきっかけを作った大臣、その人だったのだ。
がうがうモンスターにてコミカライズの4話が公開されました!
今回はチャミの誕生日会あたりのお話です。
本編開始前のメリアローズとリネットのエピソードがめちゃくちゃ可愛いので必見です!
あと27ページ1コマ目のメリアローズの顔が笑えるので見てみてください!
現在1~4話公開中なので未読の方はぜひぜひ今のうちにどうぞ!