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122 メリアローズ、不名誉な噂を立てられる(1)

 いつものように、恒例となったお茶会の場で。

 メリアローズは目の前の光景に内心首を傾げた。


 ――気のせい……じゃないわよね。参加者が減ってる……?


 一時は定員オーバーになるのではないかと危惧するほど、人が溢れていた定例のお茶会も、ここ最近は少しずつ空席が目立つようになっていた。

 別に強制参加の場ではないのだから、来ない者がいてもおかしくはない。

 仕事や私事で忙しいのかしら……と思案してみたが、それにしては不自然である。


 リネットやジュリアに聞いてもわからないと言うので、メリアローズは別の情報網を当たることにした。


「ねぇ、あなたなら何か知ってるでしょ? 普段意味もなくふらふらしてあちこちに顔を出してるみたいだし」


 相変わらず昼間から宮廷内をぶらぶらしているバートラムを捕まえて、メリアローズはストレートにそう問いかけた。

 するとバートラムは、ばつが悪そうに顔をしかめたのだ。


「あー……あんまり気にしなくてもいいんじゃね?」

「……ていうことは、原因を知ってるのね。いいから教えなさい」


 バートラムは何故だか言いにくそうにしているが、メリアローズとしては隠されては余計に気になるのだ。

 場合によっては、リネットの進退にも関わってくるかもしれない。

「さっさと白状しなさい」とバートラムを文字通り揺さぶっていると、彼は観念したようにため息をついた。


「わかった……じゃあついて来い」


 そう言うと、バートラムはすたすたと歩き始めた。

 ここは人通りも多い回廊の一角だ。

 誰かに聞かれてはまずいということなのだろう。


 ――そんなに……悪い話なのかしら……。


 嫌な予感を覚えつつ、メリアローズはバートラムと共に歩き出した。



 ◇◇◇



 バートラムがメリアローズを連れてきたのは、王宮の使用人区画の片隅にある一室だった。

 懐からじゃらりと鍵束を取り出すと、バートラムは何事もなかったかのようにその中の一つを鍵穴にさし、がちゃりと回す。

 すると、あっさりと扉が開いてしまった。


「……ちょっと」

「なんだ?」

「何であなたが、こんなところにある部屋の鍵を持ってるのよ!」


 バートラムの職務内容と、この部屋に関係があるとは思えない。

 しかも、先ほど見た鍵束にはかなりの数の鍵がついていた。きっとこの部屋だけでなく、王宮内のいくつもの部屋の鍵のスペアを彼は所持しているのだろう。

 よく考えなくても、怪しい匂いしかしないのである。


 メリアローズに問い詰められたバートラムは、余裕の笑みを浮かべてぱちんと片目を瞑り、人差し指を口元にあてて囁いた。


「メリアローズ、それは禁則事項だ」

「…………はぁ。あなた、叩けば恐ろしいほど埃が出てきそうね……」


 ここはあえて追求しない方がいいのかもしれない。

 バートラムの悪事が表に出た時に、メリアローズは彼の悪行を知っていながら黙っていた、なんて糾弾されては困る。

 聞くは気の毒、見るは目の毒。

「私は何も知らない。何も知らない……」と呟きながら、メリアローズはバートラムの後に続いて室内に足を踏み入れる。

 その部屋はどうやら物置のようになっているようで、あちこちに使われていない家具類が積まれていた。

 バートラムはメリアローズが室内に入ったことを確認すると、すぐに扉を閉め鍵をかけた。

 錠の落ちる重い音に、少しだけメリアローズの胸がざわめく。

 そんなメリアローズの心中を知ってか知らずか、バートラムはにやりと笑う。


「なんか、こうしてると俺とお前の密会みたいだな」

「はぁ? 冗談は顔だけにしてちょうだい」

「……お前は変わらないな。で、さっきの話だけど」


 いよいよ本題か……と、メリアローズは背筋を正した。

 バートラムはそんなメリアローズを見て目を細め、バートラムはゆっくりと口を開く。


「お前とリネットのお茶会なんだが……最近妙な噂が出回りつつある」

「妙な噂?」

「あのサロンは……メリアローズ。お前の男漁りの場になってて、いかがわしい行為が平然と行われる大変けしからんサロンであるとか」


 バートラムが静かに告げた内容を、しばらくの間メリアローズは理解できなかった。

 男漁りの場? あのお茶会が?? 

 メリアローズとリネットとジュリアが、苦労して立ち上げたあのお茶会が!??


「はあぁぁぁぁ!!?」

「いいか、落ち着け。気持ちはわかる。わかるから一旦落ち着くんだ」


 どうどう、とバートラムになだめられ、メリアローズははぁはぁと荒く息をつく。

 それでも、湧き上がる怒りと混乱と羞恥は到底収まりそうにない。


「いかっ、いかがわしい行為が平然と行われるって……どういう頭してたらそんな低俗なエロ小説みたいなことを思いつくのよ!!」


 まさかそんな噂が出回っているとは……。

 少し想像しただけで、怒りと羞恥で全身が燃えるように熱くなってしまう。


「もちろん、一から十まで信じてる奴ばかりじゃないとは思うが……。いろいろ派生バージョンもあってな。サロンに参加しお前のお眼鏡の敵った男は、後日こっそりと麗しの公爵令嬢から呼び出しの手紙を貰い、甘い一夜を過ごす栄誉を――」

「あぁぁぁぁぁぁ、もうやめて……!」


 思わず手で顔を覆って、メリアローズはずるずるとその場に座り込んだ。

 その噂を知る者に今までどんな目で見られていたかと想像すると、それだけでどうにかなってしまいそうだ。

 羞恥のあまり涙目になるメリアローズの傍にバートラムも屈みこみ、よしよしと頭を撫でてきた。

 普段だったら「ちょっと! 髪のセットが乱れるじゃない!」と怒るメリアローズも、今はそんな気力もなかった。

 打ちひしがれる心に、彼の優しさがじんわり染みていく。


「それで……最近参加者が減っていたのね」

「君子危うきに近寄らず、だな。後で問題になった時に関わりがあるとは思われたくないだろうからな。まぁ中には、その噂を聞いてわざわざ来た奴もいるみたいだが……」

「そう、そういうことだったのね……」


 そういえば最近、今まであまり関わりがなかった男性にやたらと馴れ馴れしく話しかけられると思ったら……。

 彼らは噂通りにメリアローズからの呼び出しがあるとでも思っていたのだろうか。

 そう考えると、どっと疲れが襲ってきた。


「私、どれだけ節操ない女だと思われてるのよ……」


 メリアローズはバートラムに聞かされた事実に多大なるショックを受けた。

 自分は今まで、噂のようにに男遊びに精を出したことなど一度もない。

 まぁ、悪役令嬢を演じている時に、多少は「男を手玉に取る悪女」のように振舞っていたことはあったが……。だが、それはあくまで「振り」でしかない。

 実際に噂されるようないかがわしい行動をとったことなどないのだ。

 しいて言えば、いきなりウィレムとデートしたことくらいか。

 だが、学生同士の休日デートなど今思えば可愛らしいものだ。


 ――はぁ……清く正しく生きてきたつもりなのに……。


 だが、いつまでもめそめそしてはいられない。

 考えなくてはならないのは、これからのことだ。


「……ありがとう、教えてくれて。最低最悪の気分だけど、自分がどんな風に見られているか知らないよりはマシね」


 きゅっとこぶしを握り、メリアローズは意を決して顔を上げる。

 するとバートラムは、まっすぐにメリアローズの目を見つめてしっかりと頷いた。


「そうだな、じゃあ作戦会議といくか」

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