119 イーディス・アップルトンという少女(1)
イーディス・アップルトンという少女は、瞬く間にメリアローズたちのお茶会に参加する男性陣を魅了していった。
今日も彼女の着くテーブルには、所狭しと男性陣が殺到している。
得も言われぬ美しさを秘めた、辺境生まれの男爵令嬢。
行儀見習いとして王宮に上がった途端に、高貴な貴公子たちから求愛が殺到して……なんて、まるでロマンス小説のヒロインが抜け出してきたかのようだ。
――あの「元祖ヒロイン」よりはよっぽど物語のヒロインらしいのよね……。
遠い目になりながら、メリアローズはせわしなく給仕に奔走する元祖ヒロイン――ジュリアに視線をやった。
ジュリアの野性味あふれる破天荒っぷりに比べたら、イーディスの優等生ヒロインっぷりはなんとも模範的だ。
「王子の恋を応援したい隊」の活動時にも、あんな子がヒロインだったらやりやすかったのに……! と、メリアローズはひっそりと乾いた笑いを浮かべる。
――まぁ、ジュリアはあれで可愛いんだけど……。
きゃんきゃんと子犬のように纏わりついてくるジュリアのことが、メリアローズは嫌いではない。
王宮という場にはどうもそぐわないような気がするが、彼女のひたむきな明るさが今も健在なことを、メリアローズは密かに喜ばしく思っていた。
――……でも、あんまり一極集中はよくないでしょうね……。
イーディスのテーブルに女性は一人。まさに紅一点の状態だ。
当然、多くの貴公子がイーディスの元に集うことを、よく思わない者もいるだろう。
うっかりその男性陣の中に思い人でもいれば、令嬢たちからイーディスが一気に反感を買ってもおかしくない。
――席次をこちらである程度コントロールしたほうがいいかしら……。皆が参加できるゲームでも催して、うまく男性陣がばらけるように――。
そんなことを考えながら、メリアローズは皆に声をかけつつ、ゆっくりとフロアの中を進む。
そして、件のイーディスのテーブルの傍を通りがかった瞬間だった。
「きゃっ! 熱っ……!」
小さな悲鳴が聞こえ、メリアローズは慌てて声の方へと振り返る。
見えたのは、ティーカップが倒れテーブルクロスに広がる紅茶と……驚いたように袖と胸元を押さえるイーディスだった。
カップが倒れた拍子に、中の紅茶が彼女にかかってしまったのだろう。
……熱々の、紅茶が。
「大変! ジュリア、すぐに手当てを!」
「はいっ!!」
メリアローズが声をかけると、ジュリアは瞬く間に勢いですっ飛んできた。
「も、申し訳ございません……私……」
「いいのよ。怪我はない? やけどを負っているかもしれないから、早く手当てしたほうがいいわ」
「はい……」
イーディスはよほど驚いたのか、蒼白な顔で震えている。
彼女をジュリアに任せ、メリアローズは他の侍女にこの場の処理を指示した。
――あの子、大丈夫かしら……。
やけどもそうだが、皆の前で失態を犯したことを引きずっていなければいいのだが。
サロンに残った者たちに騒動の謝罪をしつつ、メリアローズはイーディスのことが頭から離れなかった。
◇◇◇
「幸い、紅茶はある程度冷めてたので、やけどとまではいかなかったみたいです」
「そう、それはよかったわ」
リネットと共に、ジュリアからイーディスの様子について報告を受けつつ、メリアローズは嘆息した。
「ジュリア、一つ仕事を頼んでもいいかしら。私とリネットからということで、彼女のお見舞いの品を贈ろうと思うの」
「はい、喜んで引き受けます!」
「リネット、彼女に贈る手紙を頼めるかしら」
「お任せください、メリアローズ様!」
メリアローズがそう提案すると、ジュリアとリネットは即座に支度に取り掛かってくれた。
――これにめげないで、また参加してくれるといいのだけれど……。
そんなことを考えながら、メリアローズは見舞いの品を手配するために立ち上がった。
◇◇◇
メリアローズたちの見舞が功を奏したのか、イーディスはその後もお茶会に参加してくれている。
だが、よくよく彼女を観察すると……どうにもそそっかしい子だということに、メリアローズは気が付いた。
あの日のように紅茶を零すことは日常茶飯事だ。
メリアローズが近くを通りがかった時に、転倒する場面も何度か目にした。
更には、「あなた、生け垣を通り抜けてきたの?」と聞きたくなるくらい、あちこちがほつれたり破れたりするドレスを身に纏っていたこともある。
さすがにその時は「レディが人前でみっともない恰好をするものではないわ」と注意しておいた。
思えば初めて彼女を目撃した時も、彼女は廊下で派手にすっ転んでいたのだった。
きっと、元々そそっかしい気質の子なのだろう。
だが、もっと年配の貴族が多い畏まった場に出入りすることが増えれば、そそっかしいでは許されない。
同年代ばかりが集まるこのお茶会の場で、少しづつ落ち着いた振舞いを学んでくれればいいのだが。
どこかイーディスにジュリアの姿を重ねていたメリアローズは、イーディスが一つやらかすたびにそう思い、さりげなく注意を促していた。
だが、そんなメリアローズの気遣いは、メリアローズが気づかぬ間に……最悪の方向で裏目に出てしまうことになる。