118 波乱の予兆(3)
「随分と嬉しそうでしたね。そんなにバートラムと踊るのは楽しかったんですか?」
「だ、だから……仕方ないじゃない! 仏頂面でダンスなんて踊ってたら変に思われるもの……!」
「ふぅん」
ウィレムが喋るたびに、彼の吐息がメリアローズの耳元をくすぐる。
何とか距離を取ろうとしても、がっちりホールドされていて逃げようがない。
――ど、どうしてこうなったのかしら……!?
混乱する頭で必死に考えてみたが、やはりよくわからなかった。
ただメリアローズは先日の舞踏会でバートラムと踊った件を、(別にやましいことなど何もないが)弁解しておこうと思っただけだ。
使いをやり、いつぞやのように王宮の庭園の隅に位置する東屋にウィレムを呼び出した。
そこまでは、よかった。
だが今日のウィレムはどうにもおかしかった。
彼は珍しく先にベンチに腰掛けると、メリアローズを呼び寄せた。
……彼の隣にスペースにではなく、彼の膝の上に。
――私も……なんで座っちゃったのよっ……!
「ここにお座りできますよね、メリアローズさん?」と笑顔で威圧され、気がついたら彼の言葉に従ってしまっていたのだ。
ベンチに腰掛けるウィレムに背後から抱きかかえられるような体勢に、恥ずかしすぎて顔から火が出そうになってしまう。
「ねぇ……重いでしょ? 私、普通に座れるから……」
「別に重くない」
「ふゃっ……!」
背後のウィレムがメリアローズのうなじのあたりに顔を押し付ける。
不意の接触に、メリアローズの鼓動は破裂しそうなほどに高鳴った。
「……甘い香りがする」
「そそそ、そう!? きっと昨夜使ったアロマオイルの香りね!!」
動揺して自分が何を口にしているかもわからないまま、メリアローズは何とかそう告げた。
だがウィレムは、くすりと笑うとメリアローズの耳元で囁く。
「それもあるでしょうけど…………きっと、あなた元来の香りの方が……甘い」
そう言われた途端、メリアローズの思考は爆発した。
――私の香りが甘い!? 匂い嗅いだの!? ていうか絶対錯覚でしょそれ!!!
「しょんなことないわ!」
「あ、噛んだ」
「もう!!」
からかわれていることに気が付いて、メリアローズはウィレムの手の甲を軽く抓ってやった。
するとウィレムは、苦笑しながらメリアローズを抱き寄せる。
「……わかってるんです。あなたがバートラムと踊ったことに特に他意はないと。でも……あんなにあなたと接近して、あいつもこの香りを嗅いだと思うと……どうにもイラっときて」
――「あいつあんな爽やかそうな顔して、意外とねちっこいとこあるぞ」
先日のバートラムの言葉が蘇る。
……もしかして、ウィレムは嫉妬してくれているのだろうか。
そう思うと、不覚にも……メリアローズは嬉しく感じてしまうのだった。
「……言っとくけど」
きゅっとウィレムの手首のあたりを握りながら、メリアローズは小声でぼそぼそと呟いた。
「こんな風に近づいたり、触れたりするのを許すのは……あなただけよ」
その途端、背後のウィレムが息を飲んだ気配がした。
……かと思うと、首筋のあたりに顔をうずめられ、メリアローズの体がびくりと跳ねる。
「……それ、俺以外の奴にも言ってないですよね」
「あ、当たり前じゃない! 私をそんな尻軽だと思ってるの!?」
「まさか……。ただ、嬉しくて」
ぎゅうぅ、といっそう強く抱きしめられ、メリアローズは更にドキドキしてしまう。
「……しばらくこのままでいてもいいですか」
「仕方ないから、許してあげるわ」
ウィレムの手首のあたりを握っていた手を滑らせ、そっと彼の手に手を重ねる。
――……大きい。
彼の手の大きさと熱さに、どんどんと鼓動が高鳴っていく。
――……はぁ。いつか私、熱くなりすぎて溶けちゃわないかしら……。
もうすぐ、メリアローズはメリアローズの、ウィレムはウィレムの仕事に戻らなければならない。
それまでの間は……もう少し二人の時間を楽しもう。
そう決めて、メリアローズはそっと背後の青年に身を預けた。




