表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
139/174

117 波乱の予兆(2)

「メリアローズ嬢、探しましたよ。俺を置いていくなんて酷いな」


 置いてったも何も、今日あなたと会ったのはこれが初めてよ。……という言葉を、メリアローズは何とか飲み込んだ。

 べたべた纏わりつかれるのは鬱陶しいが、バートラムはいい所にやって来た。

 ここは彼の芝居に付き合ってやろう。


「まぁ、バートラム様! 申し訳ございません、わたくしもあなたを探していたところですの。こうして会えて嬉しいわ」


 親しげな笑顔を浮かべて、メリアローズはバートラムに身を寄せた。

 きっと傍から見れば、親密な仲に見えることだろう。


「おやおや、これはこれは……年寄りは馬に蹴られないうちに退散するとしましょうかね」


 メリアローズの狙い通り、オーガスタス卿は意味深な笑みを浮かべて退散していった。

 ふぅ、と息を吐いて、メリアローズはバートラムから一歩距離を取る。


「ありがとう、サブ盾。助かったわ」

「なんだその言い草は。ちなみにメイン盾は」

「ウィレムよ」

「そうだと思ったぜ」


 やれやれと肩をすくめたバートラムを見て、メリアローズはくすりと笑う。


「……で、あなたはこんなところに何しに来たの?」

「なんだよ。お前が困ってそうだから助けてやったのに、酷いな」

「まぁ、困ってるって状況は変わらないんだけど。どこかに、無難なダンスパートナーがいれば……」


 そこまで言いかけて、メリアローズははたと気が付いた。

 最初にダンスを踊っても困ったことにはならない「無難な相手」――目の前にいるではないか。


「ちょうどよかったわ。一曲でいいから私と踊ってくださらない?」


 メリアローズがそう声をかけると、バートラムは驚いたように目を丸くした。


「え、マジで俺に言ってんの? どういう風の吹き回しなんだ」

「せめて一曲は誰かと踊らないと、周りに示しがつかないじゃない。『こいつ何しに舞踏会に来たの?』って感じになるのよ。だから、踊っても厄介なことにならない相手を探してたの」


 メリアローズが事情を説明すると、バートラムは苦笑した。


「それで俺をご指名頂いたわけか」

「ね? 私とあなたの仲じゃない」


 甘えるように頼んでみたが、バートラムは渋い顔をしていた。

 大抵の相手はメリアローズがこうして頼めば、速攻で了承してくれるものだが……さすがは百戦錬磨の色男。一筋縄ではいかないようだ。


「別にお前と踊ること自体はいいんだが……後でウィレムに理不尽にキレられるのは俺なんだよ」

「あら、ちゃんと理由があればウィレムだってわかってくれるわ」

「いいや、お前はあのメガネを舐めてるね。あいつあんな爽やかそうな顔して、意外とねちっこいとこあるぞ」

「そうかしら……」


 メリアローズにはバートラムの言葉がうまく実感できなかった。

 バートラムはメリアローズの知らないウィレムを知っているのだろうか。

 そう考えると、少し悔しい。


「まぁでも……そんなに困ってるなら相手になってやるよ。お前が変な男に引っかかったら、それこそウィレムが荒れそうだしな。俺が尊い犠牲になってやるか」


 仕方ない、といった様子でバートラムが差し出した手に、メリアローズは嬉々として自身の手を重ねた。


「でも、俺とお前の仲が噂になったらどうすんだよ」

「あなたと噂になる女の子なんて腐るほどいるじゃない。私一人追加されたところで大したことはないわ」


 にやりと笑ってそう告げると、バートラムは気まずそうに目を逸らした。

 バートラムは女性を口説くことを日課としている。むしろ女性に出会ったら、口説かなければ失礼だと思っているようなのだ。

 彼に口説かれまんざらでもない女性――通称「バートラムの女」は、この王宮に出入りする者の中だけでも、相当な人数が存在する。

 今更メリアローズがそのうちの一人に加わったとしても、周囲はいつものことだと流してくれるだろう。


「はいはい、今日は気高いお姫様の言うとおりにしますかね」

「ふふ、頼むわよ、サブ盾」


 メリアローズとバートラムが連れ立ってホールの中央へと進み出ると、周囲から痛いほどの視線が突き刺さる。


「見ろよ、ウィレムがすごい顔してこっち見てる。やばい泣きそう」

「目の錯覚よ。我慢なさい」


 ここで彼に逃げられては元も子もない。

 バートラムが逃げないように確保しつつ、メリアローズはちらりとウィレムの方へと視線をやる。

 ユリシーズ王子とリネットの傍ら、護衛騎士として控える彼は……怖いほどに、無表情だった。

 だがその表情を見た途端、何故かぞくりと背筋に冷たいものが走ったような気がした。


 ――き、気のせいよ。そうよね……?


 この舞踏会が終わったら、真っ先にウィレムに事情を説明しておこう。

 メリアローズは静かにそう誓った。


 ゆっくりと曲が始まり、メリアローズはバートラムの手を取ってそっとステップを踏む。

 ダンスが始まるまでは散々泣き言を呟いていたバートラムだが、さすが色男と名をはせる貴公子だけはある。

 リードの腕は見事なものだ。

 二人の距離が近づくと、バートラムが笑顔のまま小声で囁いた。


「……なぁ。さっきのおっさんと何話してたんだ?」

「おっさんって……失礼よ。彼は宰相補佐なのよ」

「知ってるって。でもおっさんはおっさんだろ」

「あなたねぇ……」


 不躾な言葉に、メリアローズは笑顔が引きつりそうになるのを何とかこらえた。

 傍から見れば、笑顔でダンスに興じる美男美女。

 まさか周囲も、こんなくだらないことを話しているとは思わないだろう。


「別に、久しぶりに会ったから声をかけてくださっただけよ。まぁ、あなたが来なかったら彼とダンスを踊ってたかもしれないわね」

「まじかよ。あいつ、あの穏やかな見かけに似合わず女関係は派手だって話だぜ」

「え゛…………」


 それは初耳だ。

 あの人畜無害な羊のようなオーガスタス卿に、そんな裏の顔があったとは……。


「……それって本当なの?」

「まぁな。でも本人は隠してるし、知ってる奴もごく少数だ。お前もべらべら外で喋るなよ? お前の父親に解任されないってことは、それなりに有能なんだろ」

「ま、まぁ……私生活と職務遂行能力は別の話ですものね……」


 どれだけ彼の私生活が乱れていようと、それを覆すだけの才を彼は持っているのだろう。

 メリアローズとしてはいい気はしないが、表立って彼を糾弾できるような立場でもない。

 今後も、知らないふりをしておくべきだ。


「お前も気をつけろよ。自己保身に長けたあのおっさんなら、上司の娘に手を出すような馬鹿な真似はしないと思いたいけどな」

「……そうね。念のため、気を付けておくわ」


 先ほど彼がメリアローズをダンスに誘ったのは、ただの社交辞令……だったと思いたい。

 しかし、これからは彼を見る目が変わりそうだ。

 メリアローズは少しだけバートラムの忠告に感謝した。


 やがて曲が終わり、メリアローズはにっこり笑ってバートラムに礼を言う。


「ふぅ、付き合ってくれてありがと。これで義務は果たせたわ」

「それはよかったな。これからどうするんだ?」

「これ以上ここにいても、また誘われたら困るし……挨拶して今夜は帰ろうと思うの」

「なら送ってやるよ」

「え、別にいいわよ」

「いいからいいから。万が一帰りに何かあったら、やっぱりウィレムにキレられるのは俺なんだよ。ここで点数稼ぎさせてくれ」


 ウィレムはそんなに短気だったかしら……とメリアローズは思案したが、確かにウィレムはバートラムに対してはやたらとあたりが強かった気がする。

 メリアローズは時折、その気安い関係を少しだけ羨ましく思ったものだ。


「ふふ、じゃあお願いしようかしら」

「仰せのままに、姫」


 気取ったように胸に手を当ててお辞儀をしたバートラムに、メリアローズはくすりと笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ