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115 束の間の休息

 メリアローズがウィレムを呼び出したのは、王宮の庭園の端に位置する小さな東屋だ。

 メリアローズもよく余暇時間に読書をすることが多い場所であり、あまり人も通らない穴場である。

 いつものように――いや、いつもより念入りにおめかししたメリアローズがしずしずと庭園を進んでいくと、既にウィレムはそこで待っていた。

 今日は非番というわけではないようで、彼はいつもの近衛隊の制服を身に纏っている。

 眩い純白の衣装が、陽光を反射してきらめいており、まるで、そこだけスポットライトが当たっているかのようだ。


 ――はぁ、あんなに似合うなんて反則よ……!


 気が付くと頬がゆるゆると緩んでいて、メリアローズは慌てて表情を引き締めた。


「ご機嫌よう、ウィレム。来ていただけたようで嬉しいわ」


 どんな時も、公爵令嬢たる誇りと威厳を忘れずに。

 一目散に駆け寄りたいのをなんとか堪え、メリアローズは平静を装って声をかけた。

 メリアローズの声に反応しこちらを振り向いたウィレムは、その途端嬉しそうに笑う。


「メリアローズさん、お久しぶり……でもないですね」


 彼の眩い笑顔を目にした途端、メリアローズはくらりと眩暈に襲われた。


 ――だめ、眩しすぎるわっ……! 


 思わずふらついたメリアローズを、慌てたように近付いてきたウィレムがしっかりと支える。


「大丈夫ですか!?」

「え、えぇ……眩しくて少しくらっとしてしまっただけよ」

「今日は日差しが強いから……顔も赤いし、早く日陰に行きましょう」


 ――よしっ……不審には思われてないわね!


 まさか「あなたが眩しすぎてクラクラしてしまいました」などと悟られたら恥ずかしすぎる。

 何とか誤魔化せたことに、メリアローズはほっと息を吐いた。


 小さなベンチに二人で腰掛けて、メリアローズは簡単に先日のお茶会でジェフリーが絡んできたことを報告した。

 するとウィレムは、何やら思案するように眉を寄せた。


「バートラムからも聞きましたが……あなたが無事で何よりです」


 どうやらメリアローズよりも早く、バートラムが先日の出来事をウィレムに話していたらしい。


「ジェフリーもああ見えて、幼い頃から貴族社会には揉まれているはずよ。さすがにユリシーズ様もいらっしゃる場で、大きな騒動を起こすような馬鹿な真似はしなかったわ。最低限の引き際はわきまえていたようね」

「……バートラムが、あいつがあなたに絡むのは、あなたに好意を抱いているからではないかと――」

「ちょっと! そんな馬鹿な話を信じてるの!? あいつはただ単に私のことが嫌いなだけよ!」


 メリアローズは即座に否定したが、ウィレムは納得のいっていないような顔をしている。


「俺は現場を見たわけではないのでなんとも言えませんが……可能性としては十分考えられます」

「ないわよ。ジェフリーは昔から会うたびに嫌がらせばっかりしてきたんだもの。……ねぇ、あなたはあいつと同じ近衛隊所属じゃない。あいつの様子はどう?」

「やたらと態度がでかいので、しょっちゅうもめ事ばっかり起こしてますね」

「やっぱり……」


 ウィレムからもたらされた情報に、メリアローズは遠い目になった。

 やはりジェフリーの嫌な奴っぷりは、あちこちで発揮されているようである。


「ただ……実力の方は確かです」

「えっ、そうなの?」

「はい。今年入った新入隊員の中では間違いなくトップレベルですね。だから、周囲も表立って彼を批判はできない。なんだかんだで、実力が物をいう世界ですから」


 メリアローズはてっきり、ジェフリーは家柄と容姿で近衛隊に滑り込んだと思っていたので、ウィレムがそこまで評するほどの実力者だとは思っていなかった。


「あなたよりも……強いの……?」


 おそるおそるそう問いかけると、ウィレムはすっと目を細める。


「十回剣を合わせれば、六回は俺が勝つ。……もちろん負ける気はありませんが、確実に勝てる相手かというと……微妙なところです」


 ウィレムが重々しく口にした言葉に、メリアローズは驚いてしまった。

 メリアローズから見て、ウィレムはほぼ負けなしの剣士だ。

 その彼にそこまで言わせるということは、ジェフリーも並大抵の腕前ではないのだろう。

 ……自分は少し、彼を(あなど)っていたのかもしれない。

 そう考え、メリアローズは膝の上に置いた手をきゅっと握りしめた。


 ――この前のことで、彼が私に恨みを抱いたとしたら……。


 もしもまたパスカルのように、ジェフリーがメリアローズに害をなそうとしていたら……。

 そう考えてしまい、ぞくりと背筋に冷たいものが走る。

 握りしめた手が、かすかに震えている。

 だが、メリアローズの震える指先は、すぐに大きな手に包まれた。


「大丈夫、怖がらなくていい」


 自分のものよりも一回り大きな手に包まれ、彼のぬくもりが冷えた指先を暖めていく。


「さっきの話は、あくまで模擬戦として当たった時の仮定です。もしも、あなたの為にあいつと剣を交えるとしたら……俺は、絶対に負けるつもりはない」


 メリアローズを安心させるように、ウィレムは力強くそう告げた。

 その途端、メリアローズの胸の内からとめどない感情が溢れ出てしまう。


 ――私の為なら、負けないって…………もう!!


 泣きたいのか、笑いたいのか、怒りたいのか……それすらもわからなくて、メリアローズはとっさにウィレムの肩口に額を押し付けた。


「メリアローズさん!?」

「いいから、そのままで! これは命令よ!!」

「え……? あ、はい……」


 今の自分の顔を見られたくなくて、メリアローズは慌ててそう命ずる。

 ウィレムは戸惑いがちにだが、メリアローズの言うことを聞いてくれた。

 やがて彼の手がそっとメリアローズの背に回され、優しく抱き寄せられる。


「……もっと、甘えてくれてもいいんですよ」


 その言葉が、深く胸に染み入っていく。

 普段だったら「メガネの癖に生意気よ!」と怒ったふりをするところであるが……何故だが今日はそうする気にはなれなかったのだ。

 不安に、心が弱っていたのかもしれない。


「……じゃあ、いっぱい甘やかして」


 彼の肩口に顔をうずめたまま、メリアローズはもごもごとそう口にする。

 すると、ウィレムがくすりと笑う声が聞こえた。

 ……かと思うと、不意に力強く体を引き寄せられた。


「ひゃっ……!?」


 気が付けばメリアローズはウィレムの膝の上で、横抱きにされたような体勢になっていたのだ。


 ――……!? ……!!?!?


 あまりの早業(はやわざ)に、メリアローズは真っ赤になって、金魚のように口をぱくぱくさせることしかできなかった。


「な……なに、を…………」


 戸惑うメリアローズを見て、ウィレムは満足そうに目を細めた。


「いっぱい甘やかして、欲しいんですよね?」

「ふわあぁぁぁ……!」


 確かにそう言った。言ったのだが……。


 ――いっ、いきなりここまでやるなんて、予想外すぎるのよ!!」


「だ……誰かが通ったら、どうするのよ……!」


 片隅とはいえ、ここは王宮の庭園内の一部。

 いつ誰が通りがかってもおかしくはないのだ。

 だが慌てるメリアローズとは対照的に、ウィレムはどこまでも落ち着き払っていた。


「そうですね、誰かがここに来たら……」


 これでやめてくれる……とメリアローズはほっとしたが、甘かった。甘すぎた。

 ウィレムはぐい、とメリアローズの体を胸元に抱き寄せると、いつもより少し低めの声で囁く。


「見せつけてやればいい」

「ふぇっ!?」

「いいじゃないですか。何か問題でも?」


 どこか甘さを含んだ翡翠の瞳に見つめられ、耳元で囁かれるだけで……体も心も、とろとろに溶けそうになってしまう。

 難しいことは何も考えられなくなり、何もかもを彼に委ねてしまいそうになってしまう。

 冷静に考えればこの状況は問題しかないのだが……今のメリアローズにそんな判断力は残されていなかった。


「み、見せつけちゃうの……?」

「庭園での密会なんて、よくあることじゃないですか。何も気にする必要はありませんよ。あぁ、でも……」


 ウィレムはそこで一度言葉を切ると、メリアローズの頬を撫でながら呟いた。


「こんなに可愛いあなたを、他の奴にも見られるのは惜しいな」


 そう告げられた途端、メリアローズは一気に自分の体温が上がったのがわかった。


 ――か、可愛いって……誰が!? 私が!!?


 メリアローズはどちらかというと「美人」や「綺麗」という言葉で褒められることが多い。

 それゆえ家族以外の者に、特に想い人であるウィレムに「可愛い」などと言われると……たまらなく恥ずかしくなってしまう。


「かっ、可愛くないわよ。可愛いっていうのは、ジュリアやリネットみたいな子のことを言うのであって……」

「そうですか? 俺はあなたの方が可愛いと思いますけど」

「そそそ、そんなことないわ!」

「いや、あります。少なくとも俺にとっては、あなたが世界一かわいい」

「ひゃあぁぁぁぁ!!」


 もうたまらなくなって、メリアローズはなんとかウィレムの膝の上から離れようとした。

 だが彼の腕が腰のあたりにがっちり巻き付いており、わずかに身をよじることしかできなかった。


「ねぇ……もう、いいから……」

「いや、俺はまだ全然甘やかし足りませんから」


 ――駄目、もう無理ぃっ……!


 既にギブアップ寸前のメリアローズに対し、ウィレムの方は余裕綽綽(よゆうしゃくしゃく)といった表情だ。

 結局、メリアローズが解放されたのは、しばらく経って……ウィレムが近衛隊の業務に戻らなければならない時間になってからだった。

 その間、誰もここを通りがからなかったのが幸いだ。


 ――はぁ……。それなりに重要な話をしたはずだけど……吹っ飛んじゃったわ……。


 だが、気分は満ち足りている。

 久しぶりに、じっくり彼と話せたからかもしれない。

 メリアローズを送り届けるとすぐに、ウィレムは近衛隊の詰所の方へと戻っていった。

 その後姿を見送り、メリアローズはほぅ、と熱い吐息を漏らした。


 ――……よし! 英気も養えたことだし、バシバシ行くわよ!!


 気が付けばゆるゆると緩みかける表情を引き締めて、メリアローズは何事もなかったかのように颯爽と、大理石の回廊を進むのだった。


書籍2巻、今日明日くらいからぼちぼち店頭に並び始めるかと思います。

電子版も同時発売ですので、不要・不急の外出を控えていらっしゃる方も是非どうぞ!

というわけで、私の方から2巻の見どころを紹介します!


・とにかくイラストが素晴らしい

・結構ストーリーが変わっているので、2章既読の方も新鮮な気持ちで読めます

・告白シーンのイラストがやばい(見た瞬間昇天します)

・ウィレムとロベルト王子のライバル関係が強化。メリちゃんをはさんでバチバチします

・↑のイラストがやばい。イケメンパラダイスです

・ジュリアのわんこ度がUP(U・ω・)⊃

・イラストが尊い。私は毎日拝んでます

・全体的に糖度UP。WEB版と同じシーンでもいちゃいちゃ度がかなり上がってます!

・1巻と2巻の表紙を並べると非常にエモい

・書籍・電子版ともに書き下ろしの番外編付き。今日更新した話に負けないくらいの甘々っぷりです!


という感じでとにかくイラストの破壊力がとてつもないので、是非読んでみてください!


  挿絵(By みてみん)

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