表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
134/174

112 波乱のお茶会(3)

「……っていうことがあってさ。もう参ったぜ」


 あのお茶会から数日。

 いつものように空き時間に庭園で読書をしていると、偶然バートラムがそばを通りがかり、絡んできた。

 べちゃくちゃとどうでもいい話をやめないバートラムの隣で、読書に集中できるはずがない。

 仕方なく本を閉じ、メリアローズはバートラムの無駄話に付き合ってやることにした。


「本当にあなたはいつも楽しそうね。史書編纂室っていうのはよほど楽しい所なんでしょうね」

「まぁ、茶でも飲みながら爺さんの長話に付き合ってればそれでいいからな。ちょろい仕事だぜ」

「……はぁ。今の発言、他の部署で死に物狂いで働いている人たちに聞かせてやりたいわ」


 財政や法律、政策に関わる者たちはいつも死にそうな顔をしているというのに、この男は呑気なものだ。

 メリアローズは思わず大きくため息をついてしまった。


「お前の方はどうなんだ。リネットはちゃんと王子の妃になれるんだろうな?」

「当り前じゃない。この前のお茶会も上手くいったし、風は私たちに吹いているわ」

「そういえばこの前、お前あの……誰だっけ、メガネかけたやつに熱心に話しかけられてたよな。ウィレムが舌打ちしながらすごい顔して睨んでたぞ。あいつでもキャラ被りとか気にするんだな」

「キャラ被りって……そろそろウィレムとメガネのイメージを引き離すべきだと思うの」


 まぁ、何かあればすぐ「メガネの癖に生意気よ!」などと口にする自分が言えたことではないのだが。


「それより、ちゃんと同級生の名前くらい覚えなさいよ。彼は学園の生徒会副会長も務めた……って、聞いてるの!?」


 メリアローズが真剣な話をしているというのに、バートラムは口笛を吹きながら渡り廊下を通っていく年若い侍女たちを眺めているではないか。


「あの子たちは新顔だな。声かけとくか」

「あなたねぇ……いつか刺されても知らないわよ」

「心配すんなよ、メリアローズ。俺は逃げ足には自信があるんだ」


 ぱちん、と苛つくようなウィンクを残して、バートラムはさっと立ち上がり先ほどの侍女たちの方へと歩いて行った。

 その無駄な行動力に、メリアローズは呆れて物も言えなかった。


 ――そういえば私、バートラムがまともに仕事してるところを見たことがないわ。今度、史書編纂室に行ってみようかしら……。


「きゃあ! バートラム様にお会いできるなんて!!」という嬉しそうな侍女たちの声を尻目に、馬鹿らしくなったメリアローズは本を抱えてその場を後にした。



 ◇◇◇



 メリアローズたちの開いたお茶会は好評を博した。

 考えていた通りにメリアローズが定例行事化を提案すると、ジュリアもリネットも即座に賛同した。


「わぁい! またデザートがたくさん食べれるなんて嬉しいです!」

「ジュリア、あなたのその認識をよぉくあらためる必要がありそうね」


 どうもジュリアはお茶会を「ただおいしいデザートと料理が食べられる場」と認識しているようだが、メリアローズにとってはそうではない。

 お茶会は社交の場。人脈を築き、味方を増やす大切な場である。

 だが和やかな雰囲気とは対照的に、気が抜けない場所でもあるのだ。


「少しずつ、参加者も増やしていきましょう。ジュリア、あなたにも――」


 これからの展望を語りながら、メリアローズは満ち足りた気分を覚えていた。


 ――そう、これが私の戦い方。私だって、皆の為に頑張るんだから……!


 ウィレムは騎士団に入り、日々ハードな鍛錬を積んでいる。

 彼は、どんどん自分の道を突き進んでいるのだ。

 だから、メリアローズも置いて行かれないように精進しなければ。

 彼が愛と忠義を捧げるにふさわしいであろう、淑女にならなければいけないのだ。

 メラメラと胸の内で炎を燃え滾らせるメリアローズは、勢いよく扇を広げ大声で宣言する。


「さぁ、そうとなったら修行よ修行! 私と一緒にカーテシー50回!!」

「ひゃあぁぁぁぁ」


 逃げようとするジュリアを追いかけながら、メリアローズはにんまりと口角を上げた。





 もう何度目かになるお茶会の場は盛況だ。

 サロンには若い貴族たちが集まり、あちこちから楽しそうな歓談の声が聞こえてくる。

 純粋に政治や文学に関する会話を楽しもうとする者もいれば、あからさまにユリシーズ王子やリネットに取り入ろうとする者もいる。

 どうやらここは若い男女の出会いの場としても機能しているようで、並んで座り仲睦まじく会話を交わすカップルの姿や、執拗に令嬢たちを口説こうとする貴公子の姿も見える。


 ――まぁ、あまり問題を起こすようなら出入り禁止にした方がいいかしら……。


 そんなことを思案しながら、メリアローズはぐるりと室内を見回した。

 このサロンには、既に招待された者の紹介があれば、招待状を受け取っていない者でも出入りすることができるようにした。

 今もメリアローズの視線の先には、見慣れない者たちの姿が見える。

 人脈を広げる場として見ればいい傾向だが、どんな粗忽者が入り込まないとも限らない。

 その分、メリアローズがしっかり目を光らせなければ。


 何かトラブルが起こればすぐに駆け付けられるように……と、メリアローズはあちこちに気を配りながら会場内を進む。

 すると、一人の青年がメリアローズの前へと立ちふさがった。


「久しいな、メリアローズ・マクスウェル」

「あら、あなたは……ジェフリー・ガーランド?」


 その瞬間、メリアローズは自分が「うげっ」と顔をしかめずに、笑顔を保てたことを全力で褒めてやりたくなった。

 落ち着いたアッシュブロンドの髪に、透き通るようなアイスブルーの瞳。

 端正な顔立ちの青年――ジェフリーは、メリアローズを見てにやりと笑う。


 彼の名はジェフリー・ガーランド。マクスウェル公爵家と親交が深いガーランド侯爵家の長男である。

 年はメリアローズと同じであるが、他国に留学していたためロージエ学園には通っていなかった。

 こうして会うのは実に数年ぶりになるのだろうか。


「あなた、この国に戻ってきていたのね。今はどうしてるの?」

「聞いて驚け。僕の実力をもってすれば当然だが……王立騎士団の近衛隊に勤めているんだ」

「近衛隊に? そうだったの……」


 まさかウィレムと同じ近衛隊にいたとは。メリアローズは全然気づいていなかった。

 記憶を反芻してみたが、やはりジェフリーが近衛隊にいたかどうかは思い出せなかった。

 それもそのはずだ。近衛隊の白服が目に入れば即座に、メリアローズはウィレムの姿を探してしまうのだから。

 例えその中にジェフリーがいたとしても、メリアローズから見れば背景と同化していて気づかなかったのだろう。


「それはすごいわ。頑張ってね」

「……それだけか?」

「えっ?」

「聞くところによると、君はユリシーズ王子に捨てられ……おっと失礼、事情があって婚約を解消したそうじゃないか」


 どこか優越感を漂わせた笑みを浮かべたまま、ジェフリーはそう口にする。

 その不躾ともいえる言葉に、メリアローズの笑顔はひきつりかけた。


 ――本っ当に全然変わってないのね……!


 メリアローズは、昔からジェフリーが苦手だった。

 彼はとにかく、今のようにカチンとくる言葉を言い放ち、人をイラつかせる天才なのだ!

 しかも、彼は昔からやたらとメリアローズに絡んでくることが多かった。

 彼の相手をするのは非常に面倒だ。ストレスで優雅な令嬢の仮面が剥がれ落ちそうになるくらいである。

 メリアローズは今すぐ逃げ出したくなったが、ここはリネットにとって大事なお茶会の場。

 ユリシーズとリネットのためにも、主催側として丁寧に相手をしなければ。


「立ち話もなんだから、ゆっくり座ってお話ししましょうか」


 二人していつまでも突っ立って話していては、余計に目立ってしまう。

 仕方なく、すぐ近くの二人掛けのソファに腰掛けるようにジェフリーを促す。


 ――いい、メリアローズ。とにかく落ち着くのよ。こいつはただの子供だと思って、怒らず、丁寧に……。


 必死に自分にそう言い聞かせ、メリアローズは顔に社交用の笑みを張り付けた。

そういえば少し前からコミカライズ版がニコニコ漫画でも公開されてます。

「この国大丈夫?」みたいなツッコミコメントを見ていると、連載初期を思い出して懐かしくなります…。

皆さまも是非覗いてみてください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ