110 波乱のお茶会(1)
「そろそろ、一度お茶会を開いてはどうかしら」
何度目かのマナー講座の折に、メリアローズはリネットにそう提案してみた。
貴族間の人脈作り――社交も、貴族令嬢としては避けては通れない仕事である。
それは王子妃であっても同じだ。
客人を招いてもてなす場でこそ、女主人の手腕が問われるのである。
早いうちから必要なあれこれを身に着けておいた方がいいだろう。
「そ、そうですよね……はい……」
リネットはメリアローズの言葉に同意してくれたが、その表情はどこか不安そうだった。
その気持ちはメリアローズにも痛いほどにわかった。
宮廷に出入りする者は、百戦錬磨の強者ばかりなのだ。メリアローズであっても、正面から彼らとやりあう自信はない。
新米王太子妃候補など、気が付かないうちに彼らの手の上でころころ転がされてしまうのがオチだろう。
もちろん、そのあたりはメリアローズとて重々承知の上である。
「いきなり上の方々をお招きするのは大変よね。だから、私考えたのだけど……最初は、私たちと同年代の、若い方々を中心に招待してはどうかしら」
最初から背伸びしすぎては、リネットが緊張のあまり普段はやらないような失敗をしてしまう危険がある。
その点同年代の者たちであれば、多くがロージエ学園での顔見知りだ。
リネットの緊張感も和らぐだろうし、ジュリアが多少不作法でもごまかしが効くだろう。
王子の婚約者であるリネットの誘いとあらば、権力大好きな貴族子女のこと。
釣り餌に引き寄せられる魚のごとく、ホイホイやってくるのは想像に難くない。
うまくいけばリネットの味方も増やせるだろうし、経験値にもなる。そう悪くはない試みだとメリアローズは考えていた。
「それいいですね! あとはデザートのメニューを考えれば終わりです!」
「……ジュリア。あなたのその認識を今一度、あらためる必要があるわね」
きらきらと目を輝かせるジュリアに、メリアローズは苦笑する。
学生同士の簡単なお茶会ならそんな程度でいいが、ここは王宮。それに、今のリネットは王子の婚約者なのだ。
リネットの一挙一動は、多くの貴族から注目されているのである。
顔見知りばかりのお茶会といえども、気を抜いてはいけない。
何か不備があれば、すぐさま宮廷中へと広まってしまうだろう。
「お茶会といっても、考えならなければならないことは山ほどあるのよ。あなたの言っていたデザートのメニューについてもそうだけど、招待客のリストアップに招待状に席次に時刻に場所のセッティングに……茶器にカトラリーにリネンに食卓花も、どんな物を用いるのか気を遣わないと。それに……って、聞いてるの、ジュリア? あなたはリネットの侍女になるのよ。もちろん、あなたにもマスターしてもらうから、そのつもりでね」
「わぁ、お空がとってもきれい……」
「現実逃避はやめなさい」
メリアローズがこまごまと、これから準備しなければならないことを伝えた。
するとジュリアの思考回路は、すぐさまショートしてしまったようだ。
むにむにとジュリアの頬をつつき、なんとか現実に帰還させる。
肝心のリネットについては、また青い顔になってぶつぶつと何事か言っている。
そんな二人を見て、メリアローズは嘆息した。
――はぁ、礼儀作法の授業を真面目に受けておいてよかったわ……。
メリアローズは将来王妃になる可能性が高い公爵令嬢として、一通りのマナーを叩きこまれて育ってきたのだ。
不安定なリネットにマナーについては壊滅的なジュリア――この二人を、メリアローズが何とか引っ張ってやらなければ。
そう決意を新たにし、メリアローズは燃え上がった。
◇◇◇
「では問題よ。お茶会の料理やお菓子はどの程度食べるのが礼儀かしら?」
「はい!」
威勢よく手を挙げたジュリアにメリアローズが目線だけで続きを促すと、彼女は元気よく答えてくれた。
「もちろん完食します!」
「気持ちはわかるけどアウトー! はい、罰としてカーテシー50回ね」
「そ、そんなぁ……」
涙目になって慈悲を請うジュリアに、メリアローズはにこりと笑って見せる。
「あら、お尻たたき50回の方がよかったかしら。わたくしが愛をこめて叩いて差し上げてもよくってよ?」
「誠心誠意を込めてカーテシーをやらせていただきます!」
慌てて立ち上がるジュリアに、メリアローズはくすりと笑う。
「いい、ジュリア。上流貴族同士のお茶会の場では、出された食事はある程度残すのがマナーなのよ。完食するのはむしろ失礼にあたるの」
「えー、私の実家では残す方が怒られましたけど」
「階級や地域や時代によってマナーは変わるものなのよ。面倒くさいけど、郷に入っては郷に従えということね。王宮でやっていく以上は、王宮のマナーに合わせないと」
「はーい」
ジュリアが反省のカーテシーを披露するのを眺めがら、メリアローズは優雅に紅茶を口に運んだ。
「リネット、招待客の方は大丈夫?」
「はい。ユリシーズ様も手伝ってくださったので、昨日までにあらかたリストアップは終わりました」
「どれどれ……」
少しずつお茶会の準備は進んでいる。
リネットの現在の状況は、ユリシーズも気にかけてくれているようだ。
いい傾向ね、とメリアローズは頬を緩ませる。
「いい? このお茶会、絶対に成功させるわよ!!」
「「はい!」」
三人は手を取り合い、固く勝利を誓い合った。