107 恋する淑女と近衛騎士(1)
翌日、登城したメリアローズは早速行動を開始した。
リネットは現在、奏楽の授業中だ。ジュリアは侍女としての仕事に従事している。
二人とは昼食を共にする約束をしているが、それまでは時間がある。
この隙にウィレムに会いに行こうと、メリアローズはルンルン気分で歩き出した。
◇◇◇
近衛騎士隊の訓練場は、王宮の敷地の一角に位置している。
近づくにつれ、だんだんと白い騎士服を身に纏った者が増えてきた。
さすがはエリート貴公子の集団というべきか、通り過ぎるメリアローズにも丁寧に会釈してくれる。
そしていよいよ、目的の訓練場が見えてきた。
――ついに、来ちゃった……。
らしくもなく、胸がどきどきと高鳴っている。
メリアローズはたどり着いた訓練場に視線を走らせ、ウィレムの姿を探した。
訓練場では、若手の騎士たちが威勢のいい掛け声を上げ、模擬戦用の剣を打ち合っている。
――ウィレムは、どこなのかしら……。
ここまで来ればすぐに会えると思っていたが、中々ウィレムの姿は見つからない。
もしかしたら、彼は今ここではなく別の場所にいるのかもしれない。
メリアローズは裏を取らなかった自身の浅慮を実感せずにはいられなかった。
きょろきょろと必死にウィレムの姿を探していたからだろうか、メリアローズは自身の背後に近づいてくる気配に気づけなかったのだ。
「見学希望の方ですか?」
「ひゃっ!?」
突然、背後から声を掛けられ、メリアローズはぴゃっと小さく飛び上がってしまった。
慌てて振り返ると、白の騎士服を身に着けた若い青年が、驚いたようにメリアローズを見つめているではないか。
「マクスウェル家のメリアローズ様……!? 失礼、そこまで驚くとは露ほども思わずに……」
「い、いえ……私の方こそ失礼いたしました」
済まなさそうに頭を下げる騎士に、メリアローズは慌てて淑女の礼を返す。
今のは完全にメリアローズが悪い。おそらく親切心で声を掛けてくれた相手に、まるで夜道で不審者に出会ったかのような対応を取ってしまうとは……淑女失格である。
これではリネットの教育係などと、偉そうなことを言えないではないか。
なんとか挽回せねば……と、メリアローズは平静を装い、にこりと社交用の笑みを浮かべた。
「お声を掛けていただき感謝いたします、親切な騎士様。わたくし、ウィレム・ハーシェル様にお会いするために参りましたの」
淑女たるもの、いついかなる時も取り乱してはいけない。
品よく、愛想よく、そして要件は手短に。
メリアローズはそう心がけ目の前の若き騎士に微笑んで見せた。
すると、彼は少し悩むようなそぶりを見せた後、合点がいったように笑顔を浮かべた。
「ウィレム……あぁ、あいつなら今、別の場所で訓練している所なんです」
「まあ、そうでしたの……」
くっ、リサーチ不足か……!
心の中で盛大に舌打ちしながら、メリアローズは少しだけ残念そうに眉を寄せた。
近衛隊に配属されたと言っても、ウィレムはまだ新人。学ぶことや訓練すべきことは山ほどあるのだろう。 もっと新人騎士のスケジュールについて調査しておくべきだった。
メリアローズがそう考えた時、目の前の彼が急に一歩距離を詰めてきた。
「ですがご安心ください! 騎士たるもの、わざわざ足を運んでくださった乙女を手ぶらで帰らせたりはしません! ウィレムが戻ってくるまで、自分が貴女をお守りいたします!!」
「ぇ……?」
急に距離を詰めてきた青年に、メリアローズは驚きのあまり一歩足を引きそうになって……すんでのところでなんとか耐え抜いた。
その反応をどう勘違いしたのか、青年はさらにぐいぐいと迫ってくる。
「申し遅れました。自分はマーシャル家のハンフリーと申します。いやあ、まさかこんなところでメリアローズ様にお会いできるなんて思いませんでした!」
――マーシャル家……西部地方の伯爵家ね。嫡男は王宮で文官をやっているはずだから、この方は二男か三男か……それにしても近い!!
メリアローズはなんとか表情が引きつりそうになるのを堪えて、にこりと笑顔を維持した。
淑女たるもの、このくらいで動揺してはいけないのだ。
優雅に、華麗に、対応しなくては。
――ウィレムがいないなら、いったん出直した方がよさそうね……。
そう判断して、メリアローズはさりげなく青年から身を引こうとした。
「ご厚意感謝いたします。ですが、今日は出直して――」
「いえいえ、遠慮なさらないでください! あちらにカフェテラスがありますので、ご一緒しましょう!」
「ちょ……」
青年が無遠慮に肩に触れてきたので、メリアローズは面食らってしまった。
――断わりもなくレディの体に触れるなんてマナー違反よ! それでも騎士の端くれなの!?
メリアローズのイメージする騎士は、もっとクールでストイックな生き物だ。
それがこんな風にべたべたと……これでは恋愛小説に出てくる、当て馬ですらないナンパ野郎のようではないか。
メリアローズは怒りを押し殺し、笑顔でそして淑やかに、やんわり拒絶してみた。
だが、この失礼な騎士には通じていないようだ。
「ここで出会えたのも何かの運命なのでしょう。是非、この私に貴女と同じ時間を過ごす栄誉を……」
ぐいぐいと肩を抱くようにして歩き出そうとする青年に、メリアローズは再び心の中で盛大に舌打ちした。
――まさか近衛隊の騎士に、こんな人がいるなんて……。私の憧れを返してよ!!
もう我慢ならん!
こうなったらよろけたふりをして、思いっきりヒールで足を踏みつけてやろう……!
メリアローズはタイミングを見計らって、うっかりよろけた振りをしようとした。
だが……。
「おい」
その瞬間、背後から聞こえてきた声に、演技ではなく本当にバランスを崩してしまう。
「きゃっ」
「危ないっ!」
すんでのところで傍らの青年に抱き留められ、無様に転倒することは避けられた。
だが、メリアローズはそれどころではなく慌てて振り返る。
だって、今聞こえてきた声は……。
「……何をやってるんですか」
そこにいたのは、今は別の場所にいるはずの……少し不機嫌そうな表情をしたウィレムだったのだ。




